49話
翌日、管理局の黒川の執務室にはルーフェスのメンバー全員が集まっていた。
「急な呼び出しになってしまい悪かったな」
黒川が落ち着いた口調で話し出すとアランが尋ねた。
「いや、一花ちゃんの具合はどうだ」
「容態は落ち着いている。今は眠っているが、あとで様子を見に行ってやってくれ」
「そうだな」
その時、執務室の扉がノックされた。
「失礼します」
扉が開き、橘が資料を抱えて入ってくる。
「お待たせしました」
黒川は軽く頷いた。
「始めてくれ」
橘は応接机へ資料を並べると、全員を見渡して口を開いた。
「先日、黒川さんが入ったゲートと、ルーフェスの皆さんが調査したゲートから、微量ですがエスパーに似た力を検出しました。魔力量自体は多くありません。しかし、突然変異を起こした可能性のあるゲートが複数確認されています」
橘は資料へ目を落とした。
「他のSランク、Aランクエスパーたちにも同様の調査を依頼しましたが現在も数組と連絡が取れていません」
その報告にルーフェスの面々の表情が険しくなる。
ヒロが腕を組んだまま呟いた。
「苦戦してるのか……それとも戻って来られない状況なのか……」
「どちらにしても安心はできませんね」
サーシャも静かに続ける。
「私たちの時は一花ちゃんが胞子の被害を受けました。ヒロさんたちも、能力をほとんど使い果たして戻ってきましたよね」
「ああ、あれはやばかったな」
ヒロは苦い表情で答えた。
アランは橘へ視線を向ける。
「さっき言っていた"エスパーに似た力"っていうのは、どういう意味だ」
橘は資料を一枚めくる。
「"似ている"というのは、回収した核から検出された成分で解析したところ、異能力に極めて近い反応が確認されました。これまでのゲートでは、魔力以外の成分が検出されることはまずありません」
その言葉にアランが考え込むと黒川が話し出した。
「私が入ったゲートでも核を回収した直後に何かの気配を感じ、一瞬だったが正体不明の攻撃を受けた。まだ戻って来ていない能力者たちもいる」
黒川は全員を見渡した。
「そこで提案だ」
執務室の空気がさらに張り詰める。
「これ以上の被害を出さないためにも、管理局とルーフェスによる合同調査を行いたい。異変の原因を突き止める」
「そうだな」
アランは迷いなく頷いた。
「俺たちも賛成です」
ヒロたちも続いて賛同した。
するとレイが口を開いた。
「ガイドはどうするんです?」
全員の視線がレイへ向く。
「オルネアだけじゃ、この間みたいにガイディングを続けたら枯渇して身体がもたないだろ。一花ちゃんはSSランクの力を持ってても、接触ガイディングじゃBランク程度しか力を発揮できないんだろ。それにガイドとは相性もあるからなるべく初対面の人は避けたい。何が起きるか予想つかない状況の中、数人のガイドを守りながら戦うのは厳しくないか?」
もっともな指摘だった。
黒川は腕を組み、少し考えてから話し出す。
「確かにその通りだ。だが、エスパーだけでゲートへ入り暴走が起きた場合、ガイドなしでは対応できない。今回参加するエスパーは、ルーフェス全員と私と橘、もう一人、管理局所属のAランクを一名呼んである。ガイドはオルネア、一花、それから橘のパートナー。この三人で対応してもらうしかない」
アランは腕を組みながら答えた。
「そうだな。相性を考えても、無理にガイドを増やすよりその方がいい」
誰も異論はなかった。
こうして合同調査のメンバーが正式に決まり、その後は互いにゲート内で起きた出来事や異変について、細かな情報を共有していった。
その頃。
病室で眠る一花は苦しそうに眉を寄せていた。
夢を見ていた。
一人の女性が静かに湯飲みを並べている。
その手には小さな包み紙を持っていた。
中から白い粉を取り出すと一つの湯飲みへそっと流し入れた。
場面が切り替わるとそこは黒川の執務室だった。
ルーフェスのメンバーと黒川たちがソファーへ腰掛け、話し合いをしていた。
そこへ先ほどの女性がお茶と茶菓子を乗せた盆を持って入ってくる。
「失礼します」
丁寧に一礼すると、一人ひとりの前へ湯飲みを置いていく。
そして最後に、粉を入れた湯飲みをアランの前へ静かに置いた。
女性は一瞬だけ口元を歪める。
ニヤリ。
すぐに何事もなかったような表情へ戻ると、静かに頭を下げ執務室を後にした。
一花は勢いよく飛び起きた。
「……っ!」
肩で荒く息をし、額には汗が滲んでいる。
鼓動だけが激しく鳴り響いていた。
(今の……夢……?)
いや、違う。
胸の奥がざわつく。
あれはただの夢じゃない。
理由は分からないが、このままでは取り返しのつかないことになる。
そんな確信だけが胸を締めつけていた。
「行かなきゃ……!」
一花は患者衣のままベッドを降りるとスリッパを履き、そのまま病室を飛び出した。
廊下を駆け抜け、ギルド棟のエレベーターへ飛び乗る。
最上階へ着くと、息も整えないまま執務室へ向かった。
勢いよく扉を開け放つ。
バンッ!
話し合いを続けていた全員の視線が一斉に一花へ向けられる。
一花の視線の先でアランが湯飲みへ手を伸ばしていた。
「飲まないでください!」
叫ぶと同時に駆け寄り、アランの手から湯飲みを弾き取るとそのまま床へ放り投げた。
パリン!
乾いた音が執務室に響き渡る。
熱いお茶が床へ飛び散り、割れた湯飲みの破片が転がった。
「一花ちゃん!?」
オルネアが驚いたように呼んだ。
一花は青ざめた顔のままアランへ詰め寄った。
「アランさん、お茶飲んでませんか!? 体調は!? どこか苦しくないですか!?」
息を切らしながら必死に問いかける。
アランは静かに立ち上がると、一花の肩へそっと手を添えた。
「大丈夫だ」
落ち着かせるようにゆっくりと目を合わせる。
「まだ飲んでない」
その言葉を聞いた瞬間、一花の張りつめていた糸が切れた。
「……よかった」
全身から力が抜け、その場へ崩れ落ちそうになる。
アランはすぐに身体を支え、自分が座っていたソファーへ座らせた。
「震えてるじゃないか」
一花の肩は小刻みに震えていた。
「何があったか、話せるか」
一花は呼吸を整えながら説明し始めた。
「夢で……皆さんがここで話しているのが見えて……」
震える声で続ける。
「女性がお茶に粉を入れて……その湯飲みをアランさんの前へ置いたんです……。止めなくちゃって思って……」
そこまで聞くと黒川は静かに席を立った。
スーツのジャケットを脱ぐと一花の後ろへ回る。
何も言わず、肩へそっと掛けた。
黒川の温もりとほのかに香る匂いに包まれ、震えていた身体が少しずつ落ち着いていく。
黒川は橘へ視線を向けた。
「橘、頼む」
「はい」
橘はすぐに空間ポーチから採取用の袋を取り出す。
割れた湯飲みの破片を丁寧に回収し、床へこぼれた茶も専用のペーパーで採取した。
「至急、成分と先程の女性を調べます」
そう告げると、橘は足早に執務室を後にした。




