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波の音が消える前に  作者: 音香(Otoca )


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48話

ゲートを出ると待機していた管理局職員が一花を背負ったアランの姿を見るなり駆け寄ってきた。


「どうかされましたか?」


「ガイドがゲート内の胞子を吸ったみたいなんだ。管理局へ転移を頼む」


一花の苦しそうな呼吸に気づいた職員の表情が引き締まる。


「承知しました」


転移能力者の職員が能力を発動すると、淡い光が四人を包み込んだ。


景色が歪み、次の瞬間には管理局医務室の搬送エリアへ転移していた。


「緊急患者です!」


管理局職員の言葉に、待機していた医療スタッフがすぐに駆け寄り、一花はストレッチャーに寝かされる。


「何があったか教えてください」


医師がアランに問いかけた。


「ゲート内で匂いに反応した後、苦しみだして熱が出たんだ。どんどん呼吸が浅くなってる」


「匂いということは胞子ですね。分かりました」


アランの報告を聞いた医師はすぐに処置の指示を飛ばした。


「解毒用吸入器を準備。点滴も用意して」


透明なマスクが一花の口元へ装着される。


薬剤を含んだ空気がゆっくりと送り込まれ、腕には点滴の針が刺された。


「熱が高いですが処置が間に合ってよかった。遅ければ肺がやられ窒息の可能性もありますから」


医師は説明しながら瞳孔や脈を確認する。


「胞子による中毒症状です。解毒薬が効けば呼吸も安定します。命に別状はありませんので安心してください」


その言葉を聞いて、アランはほっとした。


「ありがとうございます」


医療スタッフに一花を任せると、廊下へ出てアランはサーシャとクロに視線を向けた。


「処置が終わるまでここで待っててくれ。黒川には俺から連絡する」


「分かりました」


サーシャは静かに頷き、クロは閉ざされた処置室の扉をじっと見つめていた。


アランは携帯を取り出す。


数回の呼び出し音の後、黒川が応答した。


「どうした」


「一花がゲート内で胞子を吸った。今医務室で処置中だ」


その言葉を聞いた瞬間、黒川は椅子から立ち上がった。


「すぐ行く」


短く告げると通話が切れた。



それから数分後。


医務室の扉が勢いよく開く。


入ってきた人物を見た職員たちの動きが止まった。


「……え?」

「どうして黒川さんが……」


小さなどよめきが広がる。


黒川はその空気を気にすることなく、真っ直ぐ一花の眠るベッドへ向かった。


吸入マスクをつけ、点滴を受けながら眠る一花。


黒川はベッドの横に立ち、その寝顔を静かに見つめた。


一花の穏やかな寝息を確認すると、張りつめていた表情がわずかに和らいだ。


黒川は乱れた前髪を指先でそっと整え、壊れ物に触れるような優しい手つきで一花の頬に触れた。


「よく頑張ったな」


その声は眠る一花には届かない。


後ろからアランが歩み寄る。


「医師の話だともう心配はいらないそうだ」


「そうか」


アランは眠る一花へ視線を向ける。


「目が覚めるまで傍にいてやれ」


黒川は一瞬だけ黙り込んだ。


「……俺は……」


言葉が続かない。


あの日、自分の口で一花を突き放した。


期待を持たせないために。


これ以上傷つけないために。


今さら傍にいる資格などない。


そう思っていた。


そんな黒川を見て、アランは静かに口を開いた。


「一花ちゃんが目覚めた時、一番傍にいてほしいのはお前だろ」


黒川は一花を見つめる。


「それがお前の答えなんじゃないのか」


アランの問いかけに黒川は沈黙すると、眠る一花を見つめながら息を吐いた。


「そうだな……」


二人の会話が落ち着いた様子を見て、医師が近づいてきた。


「容態も安定してきていますので、このまま個室へ移します」


黒川はベッドから離れ軽く頭を下げた。


「お願いします」

医療スタッフがベッドを押し、静かな個室病棟へと移動して行く。


黒川はアランたちと別れた後、個室病棟へ向かった。




夜中に一花はゆっくりと目を覚ました。


まだ身体は少しだるい。


腕には点滴が繋がれ、頭もぼんやりしている。


それでも息苦しさはすっかり消えていた。


ぼんやりと部屋を見回し、ふと視線を横へ向ける。


そこにはベッド横の椅子に腰掛け、スーツの上着を脱いだまま腕を組み、静かに眠っている黒川の姿があった。


一花はゆっくりと手を伸ばす。


ずっと会いたくて、触れたかった。


手を伸ばせば届く場所に黒川がいる。


それだけで胸がいっぱいになった。


震える指先が黒川のシャツへ触れるとそっと掴んだ。


その瞬間、張りつめていた気持ちがほどけるように一筋の涙が頬を伝った。


傍にいてくれる。


ただそれだけで十分だった。


安心したように目を閉じると、一花は黒川のシャツを握ったまま再び眠りへ落ちていった。



程なくして、黒川ははっとして目を覚ます。


何気なく視線を落とすと、小さな手が自分のシャツを力なく掴んでいた。


黒川はその小さな手をそっと包み込むように握り返した。


僅かに微笑み、一花の指先からそっとシャツを外し、手をベッドの上に戻すと優しく頭を撫でた。


その温もりに導かれるように一花が目を覚ます。


「……ん……」


かすかに声を漏らしながら目を開けると、視界に映ったのは黒川だった。


「黒…川……さん……」


掠れた声で名前を呼ぶ。


黒川は安堵したように表情を緩め、一花の顔を覗き込んだ。


「体調はどうだ?」


その声はいつもの冷静なものではなく、心配を隠しきれないほど優しかった。


一花はその優しさに胸がいっぱいになった。


「……っ」


気づけば涙が溢れ、止めようとしても止まらない。


そんな一花を見て黒川は胸が痛くなった。


「ごめんな……」


黒川は苦しそうな顔をしながら、一花が落ち着くまで背中をそっと擦り続けた。


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