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波の音が消える前に  作者: 音香(Otoca )


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47話

三人がゲートへ入ると、そこは薄暗い岩肌が続く空間だった。


雨上がりの森を思わせるような湿った空気が肌にまとわりつく。


「魔物の気配がないな」


アランが周囲を見渡す。


サーシャも辺りを見渡し頷いた。


「ここまで静かなゲートも珍しいですね」


三人は慎重に奥へ進む。


しかし歩いても歩いても核は見つからない。


分岐を調べても、広間を確認しても何もない。


「なぜだ……」


アランが怪訝そうに眉を寄せる。


その時、一花が足を止めた。


「……何か、匂いませんか」


「匂い?」


アランが振り返る。


「何も匂いませんね」


サーシャも首を横に振った。


一花だけが微かに甘酸っぱい匂いを感じていた。


進むほどその香りは濃くなっていく。


やがて一花の呼吸が少しずつ浅くなる。


「一花ちゃん、大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫です……」


笑おうとするがその声に力はなく、額には汗が浮かび始めていた。


アランは一花の異変に気づくと休めそうな場所を探した。


「少し休もう」


近くの洞窟へ入る。


「すみません……」


「気にするな」


アランは一花の身体をそっと抱き寄せた。


少しでも楽に休めるように、そのまま自分の足の間へ座らせ、一花の身体を胸へもたれ掛からせた。


久しぶりに感じるアランの体温。


安心するようなその温もりに一花は身体の力を抜いた。


アランは額に張り付いた髪を指先でそっと払う。


「汗かいてるので……」


「気にしなくていい」


そう言うと、もう一度額へ触れる。


「熱があるな」


サーシャはすぐに空間ポーチから冷たいペットボトルを取り出し蓋を開けて渡した。


「一花ちゃん、お水です」


「ありがとうございます……」


震える手で受け取り、少しずつ喉へ流し込む。


それでも呼吸はまだ浅く辛そうだった。


アランは一花を見下ろした。


「少し寝ろ」


「でも……」


「無理をするな」


一花は小さく頷くとアランにもたれ掛かったまま、ゆっくりと目を閉じた。


アランは一花の顔色を見つめ、このまま探索を続けるべきではないと判断した。


「少し寝かせたら戻ろう」


サーシャは眠る一花を見つめながら話し始めた。


「一花ちゃん、さっき体調が悪くなる前に匂うって言ってましたよね」


「そうだったな」


アランもその時のことを思い返す。


「もしかして、ガイドだけに作用する植物とかですか?」


「確か……昔、一度だけオルンも似たようなことがあったな」


「匂いということは、胞子の可能性がありますね」


アランは眠る一花へ視線を落とした。


「ああ。戻ったら管理局で解毒薬を貰おう」


「そうですね」


サーシャも一花の顔色を心配そうに見つめた。


洞窟の中には一花の荒い呼吸だけが響いていた。


額には汗が滲み、苦しそうに眉を寄せている。


サーシャは濡らした布をそっと額へ当てた。


「まだ苦しそうですね……」


「ああ」


アランは一花の呼吸を見つめたまま短く返す。


しばらくして、一花の瞼がゆっくりと開いた。


息は荒く、身体にも力が入らず、ぼんやりとアランを見上げる。


「目が覚めたか」


一花は力なく頷いた。


「顔色が悪いですね」


サーシャはそう言うとゆっくり水を飲ませた。


「歩けそうか」


アランが声をかける。


「大丈夫……です」


そう答えて立ち上がるが、わずかによろめいた。


クロがすぐに一花の足元へ寄り添い、小さく鳴いた。


「ニャー」


「大丈夫だよ、クロ」


一花は力なく微笑んだ。


すると洞窟の外から何かが岩を擦るような音が響いた。


アランとサーシャの顔色が変わり目が鋭くなる。


アランが洞窟を出ると、シューッ……と低い威嚇音が響く。


巨大な蛇が通路を塞ぐように鎌首をもたげ、洞窟を見据えていた。


「サーシャ」


「こちらは任せてください」


サーシャは一花の前に出て庇う。


巨大な蛇は鎌首を高く持ち上げ大きく口を開いた。


鋭い牙を剥き、勢いよくアランへ襲い掛かった瞬間、蛇の動きが止まった。


アランの瞳が金色に光を帯びる。


蛇は見えない力に押さえつけられたように、巨体が地面へ沈み込んだ。


蛇はもがくことすらできない。


アランは静かに歩み寄ると、動けない蛇の首を迷いなく切り裂いた。


鈍い音を立てて、蛇の首が地面へ落ちる。


巨大な身体は粒子となって消えていった。


その場に小さく硬い結晶が転がった。


アランは結晶を拾い上げる。


「核を飲み込んでいたのか」


核を取り込んだことで、あの蛇はゲート内の魔力を独占していたのだ。


本来、核から生み出されるはずの魔物は現れず、核の魔力はすべて巨大な蛇一体へと注がれていた。


「だから魔物が一体もいなかったんですね」


「そうだな」


三人は出口を目指して歩き出した。


一花は歩き出すと視界がぐらりと揺れる。


目眩で足元がふらつき、そのまま倒れそうになる。


「一花ちゃん!」


すぐ隣にいたサーシャが咄嗟に身体を支えた。


怪我はしなかったものの、立っていることさえ辛そうだった。


その様子を見たアランは一花の前へしゃがみ込む。


「乗れ」


「すみません……」


一花はもう遠慮する余裕もなく、そっとアランの背へ身体を預ける。


深く息を吸い込んでも、苦しくて苦しくて仕方がなかった。


それほどまでに体調が悪くなっていた。


クロもサーシャの肩へ軽やかに飛び乗る。


「クロも疲れましたか」


「ニャッ」


小さく鳴き、サーシャの肩に身を寄せた。


ゲートの外へ出た瞬間、湿った空気は消え、涼しい風が頬を撫でる。


それでも一花の身体に残る熱は引かず、荒い呼吸も収まらない。


アランは背中越しに声を掛けた。


「もう少しだ。頑張れ」


「……はい」


返事は力なく掠れていた。


一花はアランの背中にもたれたまま、苦しそうに荒い息を繰り返していた。


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