46話
ルーフェスへ戻ってから数日が経った。
一花は以前と変わらない生活を送っていた。
書類仕事をこなし、皆のガイディングをオルネアと行う。
エスパーのメンバーは調査やゲートで朝から晩まで忙しく飛び回っていた。
部屋も以前と同じように、アランとヒロの部屋がある階に用意されていた。
皆は何も変わらず接してくれた。
オルネアは相変わらず明るく笑い、ヒロとレイは体調を気遣い、サーシャはさりげなく仕事を手伝ってくれる。
その優しさに救われながら、一花も少しずつ笑顔を見せるようになっていた。
それでも心だけは、どこかに置き去りのままだった。
ルーフェスへ戻ってから一つだけ習慣になったことがある。
仕事を終えるとクロと浜辺へ向かう。
静かな波の音を聞きながら、沈んでいく夕日を眺める。
何をするわけでもない。
ただそうしていると少しだけ心が落ち着いた。
初めて知った恋は叶わないまま終わった。
忘れようとしても、胸の奥に残る想いは消えてくれない。
どうしたらいいのか分からない。
心だけが、あの日のまま取り残されているようだった。
「一花ちゃん」
優しい声が聞こえ、一花はゆっくりと振り返る。
「やっぱりここにいた」
夕日に照らされながら、オルネアが穏やかに微笑んでいた。
「オルンさん……」
オルネアは一花の隣へ腰を下ろすと寄り添うように海を見つめる。
「ここ、夕日が綺麗だよね」
「そうですね……」
波の音だけが静かに響く。
二人はしばらく何も話さなかった。
やがてオルネアがぽつりと口を開く。
「一花ちゃん……諦めるの?」
「えっ……」
「黒川さんのこと」
優しい声だった。
「好きなんでしょ?戻ってきた日、あんなに泣いてたじゃない」
その言葉に一花は俯くと指先をぎゅっと握り締めた。
「私には……どうすることもできなくて……好きになっちゃいけなかったんです」
声を震わせ、涙を堪えながら話した。
「いけないって、誰が決めたの?」
「えっ……?」
一花は顔を上げる。
「一花ちゃんが本気で好きになった人が、たまたま黒川さんってだけじゃない。今は無理でも、人の気持ちは時間と共に動くことだってあるよ」
一花は言葉を失い俯いた。
「でも……会えないのにどうやって……」
「協力してくれそうな人がいるじゃない。アランなら話くらいは聞いてくれると思う。私からアランに相談してみるよ」
オルネアは一花を見つめたまま優しく微笑んだ。
「まだ何も始まってないんだから終わってないよ」
その言葉は、一花の胸に小さな灯火をともした。
数日後。
オルネアから一花の話を聞いたアランは考え込んでいた。
黒川に会うこと自体は難しくない。
幼い頃からの付き合いであり、用がなくても顔を出せる間柄だ。
だが一花は違う。
国家特務保安管理局のギルドマスター。
そんな人物に一花が私情で会いに行ける相手ではない。
一花にとって黒川は、それほど遠い存在だった。
「仕事を理由にするしかないか……」
アランは静かに呟く。
ちょうど明日、ゲート任務後に管理局へ報告を行う予定がある。
比較的危険度も低い。
その任務に一花とクロを同行させれば不自然ではない。
報告も任務の一環になる。
黒川と顔を合わせることになっても、それはあくまで仕事の延長だと言える。
同行者はサーシャだけに決めた。
余計な気遣いや混乱を避けるためだった。
ヒロとレイには別のゲート任務を任せることにした。
一花のことになると二人とも周りが見えず冷静ではいられなくなる。
特にレイは一花を放っておけない性格だ。
今は静かに見守る方がいい。
「これなら、一花も余計な気負いはしないだろ」
そう呟くとアランは机の上に置かれた書類を手に取った。
「サーシャ」
近くで仕事をしていたサーシャが顔を上げる。
「はい」
「明日のゲート任務、お前に同行を頼みたい」
「一花ちゃんですね」
察したようにサーシャは穏やかに微笑む。
「ああ。危険度は高くない。ガイディングだけ頼むことにする」
「そうですね」
アランは頷いた。
「ヒロとレイには別のゲート任務を振る」
「二人とも付いて行くって言いそうですしね」
サーシャが苦笑するとアランも肩をすくめた。
「特にレイはな。だから内緒にしてくれ」
「分かりました」
サーシャは静かに頷く。
「私が一花ちゃんに付き添います」
「頼んだ」
翌日。
早朝からヒロとレイは別任務のゲートに向かった。
事務所はいつもより静かだった。
一花は準備を終えるとクロと一緒に事務所へ入る。
「おはようございます」
「おはようございます、一花ちゃん」
サーシャが穏やかに声を掛ける。
クロも一花の隣を歩き、サーシャの足元まで来ると小さく鳴いた。
「ニャッ」
「クロも今日はよろしくお願いしますね」
サーシャが優しく背中を撫でるとクロは嬉しそうに目を細めた。
アランは机の上の資料へ目を落としたまま口を開く。
「準備はいいか」
「はい」
「なら出発しよう」
短く告げると立ち上がる。
三人はクロと共に事務所を後にし、ゲートへ向かった。




