44話
管理局のギルドマスター執務室。
黒川、アラン、サーシャ、そして補佐官の橘がテーブルを囲んでいた。
部屋にはどこか張り詰めた緊張感が漂っている。
橘は数枚の資料を一人一人に渡していく。
「見てください。これは先日、黒川さんが持ち帰った核の分析データです」
アランは資料を受け取り、ゆっくり目を通していく。
だが読み進めるにつれ表情が険しくなった。
「これは……」
黒川も黙ったまま資料へ視線を落とす。
橘は説明を続けた。
「通常、核から検出される魔力反応は一種類だけです。しかし今回の核からは、相反する二つの属性反応が検出されました」
サーシャが驚いたように顔を上げる。
「二つ……ですか?」
「はい。灼熱系と氷雪系です。さらに不可解なのはここです」
資料の一ページをめくる。
「核の内部組成が、途中で何度も書き換えられたような痕跡が残っています」
「書き換え?」
アランが眉をひそめる。
「はい。自然に発生した核とは考えにくい状態です」
「そんなことができるんですか?」
サーシャは驚いたように橘へ視線を向ける。
「現時点では何とも言えません。しかし、少なくともこれまでそのような核が発見された記録はありません」
橘は資料へ目を落とした。
「何者かが意図的に手を加えたのか、それとも別の要因があるのか……。今はその可能性も含めて調べています」
黒川は先日の戦闘を思い返しながら口を開く。
「橘。力を使う度に吸い取られるような感覚があった件はどうだ」
「申し訳ありません。核からはその原因を特定できませんでした」
「吸い取られるとはどういうことだ」
アランが真剣な表情で黒川を見る。
「あのゲート自体はAランク程度だった。だが、能力を使う度に体内の力を持っていかれるような感覚があった。結果的に戻ってきた頃には暴走寸前だったんだ」
部屋の空気が重くなる。
サーシャは心配そうに黒川を見る。
「それが先日、ヒロたちが話していたことですね。一花ちゃんは大丈夫だったんですか?」
黒川は短く頷いた。
「目眩が少し残った程度だ。体調は回復している」
そう答えながら、一花とクロの顔が頭をよぎる。
黒川は小さく息を吐くと、アランへ視線を向けた。
「アラン」
「なんだ」
「一花の訓練だが、もう終了でいいだろう」
アランは驚いたように黒川を見たがすぐに頷いた。
「そうか。なら連れて帰る」
黒川は真剣な眼差しでアランを見据えた。
「一つ頼みがある。一花の能力は、粘膜ガイディングならSSランクにも届く。だが、接触ガイディングではまだBランク程度だ。それに神獣まで従えている。今後、狙われる可能性はいくらでもある。一花を守ってくれ」
黒川は真っ直ぐアランを見つめた。
その言葉には管理局のトップとしてではなく、一人の男としての想いが滲んでいた。
アランはしばらく黒川を見つめ返す。
その表情から何かを察したようだった。
「約束する。……お前は、それでいいのか」
黒川はただ静かに目を伏せる。
その沈黙だけでアランには十分伝わっていた。
「俺は傍にいてやれない」
それだけ言うと、再び資料へ視線を落とす。
アランは呆れたように呟いた。
「相変わらず、不器用なやつだな」
サーシャと橘は二人のやり取りを静かに見守っていた。
アランは椅子から立ち上がる。
「今夜、一花を迎えに行く」
「ああ。本人には俺から話す」
二人の間に静かな空気が流れる。
「泣かせるなよ」
「分かっている」
黒川の返事は短かったが、その声には普段にはない硬さが滲んでいた。
アランはそれ以上何も言わず執務室を出ていく。
サーシャと橘も後に続き、扉が静かに閉まった。
執務室には黒川だけが残る。
黒川は一花の訓練記録に目を落とすとそっと手に取った。
訓練初日、不安そうに俯き、怯えたように視線を泳がせていた一花。
それでも何度失敗しても諦めず、必死に前を向こうとしていた。
そして自分を暴走寸前から救ってくれた。
震えながらも懸命にガイディングする姿が脳裏によみがえる。
黒川は静かに目を閉じた。
「これでいい……」
誰に言うでもなく呟いたその言葉は、広い執務室に静かに溶けていった。




