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波の音が消える前に  作者: 音香(Otoca )


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43話

一花は朝早くに目を覚ます。


黒川に背中側から抱きしめられているのに気づくとその体温に安心した。


そしてガイディングとはいえ体の関係を持ってしまった。


アランの時は必要としてほしくて、でも拒否された怖さで拒否反応が出てしまったのに、黒川の時は出なかった。


(黒川さんのこと、好きだな……)


一花は心の中で実感する。


身体には倦怠感が残っていたけど起きられそうだった。


黒川を起こさないように横にずれてゆっくりと起き上がろうとすると、目の前の景色が大きく歪んだ。


「……っ!」


慌てて目を閉じ、咄嗟に腕で身体を支える。


ベッドが小さく揺れ、その振動で黒川はすぐに目を開けた。


目の前には俯いたまま動けなくなっている一花の姿があった。


「一花、大丈夫か?」


黒川はすぐに身体を起こし、心配そうに一花の肩へ手を添える。


「目眩が……酷くて……」


か細い声だった。


「当たり前だ。俺の身体をガイディングしたんだ。とりあえず横になれ」


「でも、服……」


一花は恥ずかしそうに胸元を隠くしながら俯く。


「待ってろ」


黒川はそう言うとベッドを降りて、クローゼットから大きめのTシャツを取り出した。


「腕、通せるか」


「はい」


黒川は無理のないようゆっくりTシャツを着せると、乱れた髪を耳へそっと掛けた。


「今はこれで我慢してくれ」


「ありがとうございます」


一花はベッドに横になった。


黒川は掛け布団を肩まで引き上げてから一花の隣へ横になった。


「もう少し休め」


一花をそっと腕の中へ引き寄せる。


規則正しく聞こえる黒川の鼓動に耳を澄ませていると不思議と目眩も少しずつ落ち着いていく気がした。


「黒川さん……」


一花が小さく名前を呼んだ。


「ん?どうした」


すぐに返ってきた声に一花は黒川を見上げる。


『好きです』と言葉にしてしまえば簡単なのに声が出なかった。


今の関係を壊したくない。


傍にいてくれて、頭を撫でてくれて、こうして抱きしめてくれる。


もし気持ちを口にして黒川が自分から離れてしまったらと思うと言えなかった。


「……何でもありません。すみません」


黒川は何も言わず一花を見つめていたが、無理に聞こうとはしなかった。


「首と肩は痛いか?」


「少し重いけど……大丈夫です」


「そうか」


黒川は一花の頭へ手を置くとゆっくり撫でる。


「昨日は無理させて悪かった」


「私が望んだことなので」


一花の答えに黒川の手が一瞬止まった。


それ以上二人は何も話さなかった。


静かな寝室に穏やかな時間だけが流れていく。


夕方になる頃には一花も起き上がれるようになり、二人はリビングで過ごしていた。


黒川はソファーでノートパソコンを開き、管理局から届いたメールに目を通している。


その隣では一花がぼんやりとテレビを眺めていた。


身体にはまだ重い倦怠感が残っていて、ソファーの背もたれに身体を預けたまま時折小さく息を吐いていた。


すると隣に座っていたクロが一花を見上げる。


「ニャッ」


クロの鳴き声に一花が視線を向けた。


一花は優しく微笑むとクロの背中を撫でる。


クロはじっと一花を見つめたまま、ゆっくり前足を持ち上げた。


小さな前足を一花の膝に置くとクロの瞳の輪郭が金色に光った。


黒川は感じ慣れない力の気配に指を止め、すぐにクロへ視線を向けた。


「クロ」


黒川が名前を呼ぶと一瞬だけちらっと黒川を見た。


「ニャー」


クロが鳴くと一花の身体が軽くなった感じがした。


一花はゆっくり首を動かし、自分の肩へ触れた。


「身体が……辛くないです」


「どうゆうことだ」


黒川は驚いた顔をして持っていたパソコンを横に置いた。


一花は朝まで残っていた倦怠感も、首から肩にかけて感じていた重さも全て消えていた。


「痛くないです……」


「治癒もできるのか」


クロは黒川の問いに答えず、一花の膝の上へ移動するとそのまま何事もなかったように丸くなる。


「クロ……ありがとう」


優しく声をかけると尻尾をゆっくり左右に動かしてくれた。


「すごいな……」


黒川はクロを眺めていた。


神獣ならどんな能力を持っていても不思議ではない。


だがその計り知れない力は黒川の想像を遥かに超えていた。


一花のガイド能力と神獣クロの力。


この二つの存在を他国や他のエスパーに知られれば、悪用しようとする者は必ず現れる。


だからこそ守らなければならない。


ガイディングの訓練も終わりでいいだろう。


本来ならもうアランたちの元へ返すべきだ。


あそこが一花の居場所であり、仲間も待っている。


それが一番だと頭では分かっている。


でも昨日、ガイディングだけでは足りないと初めて自分が求めてしまった。


あれは毒素に呑まれた本能だけではない。


途中からは自分自身の意思だった。


一花を誰にも渡したくないと思ってしまった。


管理局のトップでも、ギルドマスターでもない。


ただ一人の男として、自分の傍にいてほしいと願ってしまった。


その想いに気付いた瞬間、黒川は目を瞑り息を吐いた。


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