42話
「クロはここで待ってて」
寝室の近くに折り畳んだタオルを敷くとクロは静かにその上へ座る。
一花は微笑みかけ立ち上がると静かに寝室のドアを開けた。
部屋の中は静まり返っていた。
黒川はベッドへ横になったまま荒い息を繰り返していた。
上半身は裸のままズボンだけを履き、力を使い果たしたように身体を横たえている。
物音に気付いた黒川が顔を向けた。
「一花……」
その姿に一花は思わずドキッとした。
いつも隙なく整えられている黒川とは違い、苦しそうに呼吸を繰り返す姿は今にも限界を迎えそうなのに、窓からの月明かりに照らされて色気を纏っていた。
一花はゆっくりと部屋に入る。
「黒川さん……」
黒川は起き上がり鋭く一花を睨む。
「帰れと言っただろ」
低く掠れた声と威圧感に一花は息を呑んだ。
「あの……私にガイディングさせてください」
「今は加減してやれない。帰れ」
黒川は一花の甘い匂いに苦しそうに眉を寄せる。
一花はぎゅっと拳を握り黒川の傍へ近寄った。
すると黒川の手が一花の腕を掴み、強い力に引き寄せられた一花はそのままベッドに倒れ込んだ。
黒川は覆いかぶさるように身を乗り出す。
肩で大きく息をしながら一花を見下ろした。
漆黒に染まった瞳は普段の理性を宿したものとは違っていた。
「死ぬ覚悟があるのか」
低く押し殺した声が落ちる。
一花は恐怖を感じながらもその瞳を見つめ返す。
「私なら……できます」
黒川の瞳には怒りが滲んでいるように見えた。
「まだ完璧に扱えるわけじゃないのによく言えるな」
一花はゆっくり手を伸ばすとそっと黒川の頬へ触れた。
「私が……楽にしてあげます」
一花が微笑んだ瞬間、ふわりと甘い香りが強くなった。
黒川の呼吸が一瞬止まる。
理性ではなく本能がその香りを求めていた。
黒川は奥歯を噛み締め、震えるように息を吐いた。
「……っ」
今にも理性が切れそうだった。
一花はすぐに接触ガイディングを始めた。
すると黒川の毒素が凄まじい勢いで流れ込んでくる。
圧倒的な強さと底知れない量に胸が苦しくなる。
黒川は苦しそうに目を閉じ、拳を強く握り締めていた。
少しでも気を抜けば自分を保てなくなりそうだった。
一花はさらに浄化を強めるために黒川の顔を引き寄せ口づけた。
すると黒川は練習の時の優しい感じではなく荒々しく反応した。
舌が絡み合う音が部屋に響く。
粘膜ガイディングによって黒川に返せる量が増えた。
急激に浄化出力を上げた反動で一花の身体から力が抜け、全身を体内から撫でられているような快感に変わっていく。
黒川は唇を離すと一花の額に自分の額を寄せる。
「無理をするな……」
苦しそうな声だったが先ほどまでとは違い、瞳には少しずつ理性の色が戻り始めていた。
「大丈夫……です。黒川さんが楽になるまでしてください」
黒川は一花を見つめると首元に口づけた。
そしてゆっくり下に降りていく。
「んっ……」
一花の声が漏れる。
「黒…川…さん……」
一花の甘えた声に黒川は耐えきれず逆ガイディングをしながら抱いた。
止められない衝動に駆られる。
ガイディングが終わっても何度も一花を抱き続けた。
「……んっ、あっ……もう……無理……」
黒川は激しく追い詰める。
「……あっ……ん……イっ……」
最後は二人一緒に果てた。
黒川は深く息を吐き、その場でしばらく動けなかった。
身体を蝕んでいた重い毒素は嘘のように消え、今まで感じたことのないほど頭の中が澄み渡っていた。
下に視線を落とすと一花はぐったりと力を抜いたまま目を閉じていた。
いつの間にか呼吸は穏やかで規則正しい寝息が聞こえてくる。
ガイディングと行為で限界まで力を使い切ったのだとすぐに分かった。
「寝たのか」
黒川は一花の乱れた汗ばんだ額の髪をそっと手でどけた。
一花の寝顔に安堵した。
「こんなにしたのに生きてるなんてな。無茶をする……」
そう呟くと一花の身体が冷えないように整え、乱れていた掛け布団を掛ける。
黒川は浴室へ向かい熱いシャワーを浴びるとようやく落ち着いた。
胸に残るのは一花が自分を救おうとしてくれた温もりだった。
寝室へ戻るとドアの前でクロがちょこんと座って待っていた。
「待ってたのか」
黒川はクロを抱き上げ寝室の隅に敷かれた寝床にそっと下ろす。
クロはその場で丸くなると安心したように目を閉じた。
黒川もベッドに横になると一花を起こさないよう抱き寄せる。
頭を撫でると一花が無意識にすり寄ってきた。
黒川はふっと微笑んだ。
「ありがとな」
小さな声で囁くと温もりを確かめるように目を閉じた。
一日がようやく終わりを迎え、部屋には二人と一匹の穏やかな寝息だけが静かに響いていた。




