↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
波の音が消える前に  作者: 音香(Otoca )


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/83

40話

翌日、黒川は自宅のリビングでノートパソコンを開き、仕事をしていた。


管理局の部下と電話を繋ぎ、報告を受けながら必要な指示を出していく。


「その件は午後までにまとめて送ってくれ」


『承知しました』


通話を切り時計を見ると昼を過ぎていた。


朝様子を見た時には一花の熱は下がっていた。


しかし、それでも一花はまだ部屋から出てこない。


( ……少し長いな)


黒川は立ち上がり寝室へ向かった。


ゆっくり扉を開けると、一花は目を開けて天井を見つめていた。


「起きてたか」


黒川はベッドの横まで歩いて行く。


「調子はどうだ」


一花はゆっくり黒川へ視線を向けた。


「大丈夫……です……」


その返事に黒川は眉を寄せる。


声に力がなかった。


「起きられるか」


「はい」


黒川は背中へ手を回し、ゆっくり身体を起こそうとする。


すると、一花の表情が歪み小さく息を呑む。


「……っ」


「痛いか?」


一花は首を横に振ろうとするが痛みでぎこちなくなる。


「……だい、じょうぶです」


黒川は心配になり、首元へ落ちていた髪をそっと片側へ流した。


その瞬間、黒川の表情が険しくなる。


白い首筋から肩にかけて、痛々しい青あざが広がっていた。


何度も叩かれた痕。


「これは……愛菜にやられたやつか」


一花は視線を伏せ、身体を引いた。


「寝てれば……治りますから」


黒川の声が少しだけ低くなる。


「そういう問題じゃないだろ」


部屋が静まり返る。


一花の胸がどくんと脈を打った。


怒らせてしまったとそう思った。


「……すみません」


一花はか細い声で謝った。


黒川はその言葉を聞くと、小さく息を吐いた。


自分が怒っている相手は違う。


それなのに、この子はまた自分を責めている。


黒川は額に手を当て、静かに目を閉じた。


「悪い。一花に怒ったわけじゃない。ちょっと待ってろ」


そう言うと黒川は部屋を出て、自室から湿布を持って戻ってきた。


「少し冷えるぞ」


首元の髪をそっと避け、青あざの残る首から肩にかけて湿布を貼っていく。


一枚、また一枚と丁寧に貼り終える頃、一花の肩が小さく震えた。


「……っ」


「痛いか」


「冷たくて……」


その答えに黒川は少しだけ表情を緩める。


「なら効いてるな」


湿布を貼り終えると、一花の顔を覗き込んだ。


「食事は食べられそうか?」


一花は少しだけ考えてから答えた。


「少しだけなら。下で……食べます」


「分かった」


黒川は一花へ手を差し出した。


一花はその手を取り、ゆっくり立ち上がる。


まだ身体に力は入りきらず、ふらついたところを黒川が支えた。


そのままゆっくりリビングへ向かい、ダイニングチェアへ座らせる。


黒川は冷蔵庫から作り置きのお粥を温め、一花の前へ置いた。


「食べられる分だけでいいからな」


「……いただきます」


一花はゆっくりとスプーンを口へ運ぶ。


昨日からほとんど食べていなかった身体に沁みわたる感じがした。


黒川は向かいに座り、一花が食べ終わるまで静かに見守っていた。


その時だった。


――ピンポーン。


玄関のチャイムが鳴る。


黒川は立ち上がり、モニターを確認した。


「ああ、来たか」


玄関へ向かい扉を開けるとそこにはヒロとレイが立っていた。


「合鍵渡してあるだろ」


そう言うとヒロは苦笑いを浮かべる。


「いや……合鍵はアランさんから預かってるんですけど、さすがに初めてのお宅だったので」


レイも横で頷いた。


「勝手に入るのは気が引けました」


黒川はそんな二人を見て小さく笑う。


「律儀だな。どうぞ」


「お邪魔します」


二人は軽く頭を下げ、黒川の家へ足を踏み入れた。


リビングに入ったヒロは、一花の姿を見つけると表情を和らげる。


「一花、大丈夫か?」


しかし、その笑顔は一花の首元に貼られた湿布を見た瞬間、静かに消えていった。


ヒロは何も言わず黒川に目を向けると一度頷くだけだった。


そのやり取りだけで二人は察し、あえて何も口にしなかった。


レイはゆっくり一花の前まで歩く。


「一花ちゃん、遅くなってごめんね」


その優しい声に一花が顔を上げる。


レイはそっと一花を抱きしめた。


「ゲートに入ってたんだ。さっき戻ってきてすぐ来たんだよ」


「レイさん」


ヒロも隣へ来ると、いつものように優しく頭を撫でる。


「心配したんだぞ」


短い一言だった。


その温もりに、一花の目からぽろりと涙が零れ落ちる。


レイは何も聞かず、一花の背中をゆっくり撫でた。


「大丈夫。俺たちがいるだろ」


優しくなだめながら、一花をソファーへ連れて行き隣に座る。


しばらくするとヒロが部屋を見回した。


「あれ?猫はいないのか」


すると窓際から小さな鳴き声が聞こえた。


「ニャー」


「そんなところにいたのか」


クロは窓辺に座ったまま、外をじっと見つめていた。


黒川はその姿を見ながら静かに口を開く。


「昨日からずっとあそこにいる。外ばかり見てる」


レイはクロを見つめ、呟いた。


「何かを感じ取ってるんですかね」


「そうだな。気がかりではあるんだ」


黒川がそう告げると部屋には静かな空気が流れた。


男性陣はソファーに腰掛け、ゲートの話や最近の出来事など他愛もない会話をしていた。


一花はそのやり取りを静かに聞いている。


黒川の表情が突然険しくなり、窓の外へ視線を向けた。


「シャーッ!」


クロが低く威嚇するように鳴き、窓の外を睨みつける。


三人もつられて外を見た。


さっきまで晴れていた空が、まるで何かに飲み込まれるように黒い雲に覆われ始めていた。


ゴロゴロ……。


重い雷鳴が空を震わせる。


黒川は立ち上がり、窓の近くに寄る。


「これは……」


小さく呟くと携帯電話が鳴った。


画面を確認すると部下からだった。


黒川はすぐに電話に出る。


「もしもし。ああ」


部下の報告を黙って聞く。


「分かった。では私が行く」


それだけ告げて電話を切るとヒロとレイへ視線を向けた。


「ゲートが開いた」


短い一言に二人の表情が引き締まる。


「今回は私が向かう。一花を頼めるか」


ヒロが少し驚いたように黒川を見る。


「黒川さんが向かうんですか?」


「ああ。今回のゲートは少し厄介みたいだ。私が行った方が早い」


その言葉にレイも納得したように頷いた。


「分かりました。こっちは任せてください」


黒川はそのまま自室へ向かい、着替えを済ませて部屋から出てきた。


黒いTシャツに黒いパンツ。


余計な装飾のない実戦用の服装だった。


黒川の纏う空気まで変わったように見える。


一花はその姿を心配そうな顔で見つめた。


管理局で見た姿とも、家で見せる穏やかな姿とも違うSSランクとしてゲートへ向かうエスパーだった。


黒川は玄関でブーツを履き終えると振り返る。


「行ってくる」


「気をつけてください……」


黒川は見送ってくれた一花にいつものようにぽんっと頭を撫でる。


「すぐ戻る」


その一言に一花は安心したように微笑んだ。


「はい」


黒川が玄関の扉を開けると外では再び大きな雷鳴が轟いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。