36話
リビングで少し休んだ後、二人は寝室へ移動した。
黒川はベッドの端に座ると一花へ手を差し出す。
「いつも通りでいい。まずは俺の毒素部分を探して」
「はい」
一花は目を閉じ黒川の力に触れた瞬間すぐに分かった。
今まで触れてきた誰よりも深い場所に力がある感じがした。
(やっぱり黒川さんの力はすごいな…… )
一花は心の中でそんな事を思いながら、ゆっくり毒素部分だけを掬い上げる。
浄化して、整えて、黒川へ戻す。
黒川は数年前から愛菜のガイディングを受けてきた。
比較的相性がよかったこともありパートナー契約を結んだ。
でもどこかで必ず自分が調整していた。
なぜなら相手に渡しすぎれば殺してしまうから。
それだけ黒川の力は強すぎるのだ。
自分で制御して、ガイドが触れられる範囲だけを預けていた。
けれど一花は触れてくる力が違った。
無理に削るでも、押さえ込むわけでもなく、ただ毒された部分だけを見つけて整えていく。
浄化スピードは早いが圧倒的に量が少ない。
黒川はしばらく様子を見る。
だが、しばらくすると一花の呼吸が乱れ始めた。
「っ……はぁ……はぁ……」
浄化はできているが一花自身の負担が現れていた。
「そこまで」
黒川はゆっくり手を離し一花を見る。
「接触だと力の出入口が狭そうだな」
「出入口……?」
「一花の力に対して接触ガイディングじゃ通せる量が少なすぎるんだ」
能力が低いわけじゃないが一花は扱いが特殊だった。
「少し休憩にしよう」
一花が水を飲み少し休んだあと黒川が口を開いた。
「次に進めそうか」
その意味はすぐに分かった。
粘膜ガイディング。
一花は手をぎゅっと握った。
「……頑張ります」
「無理してないか」
一花は黒川を見る。
「大丈夫です」
その言葉に黒川は頷いた。
「分かった。始めよう」
黒川の手が一花の頬に触れ、ゆっくり距離が近づくと黒川の動きが止まった。
一花はぎゅっと目を閉じて肩にも力が入っている。
拒絶ではないが明らかに緊張していた。
「一花」
黒川に呼ばれ、恐る恐る目を開ける。
「少し聞いていいか」
「はい……」
「今まで交際相手は何人くらいいる?」
突然の質問に一花は驚く。
「……いない…です」
黒川の表情が変わる。
「一度も?」
「はい」
「なら、こういうこともほとんど経験がないのか」
一花は迷ってから頷いた。
「オルンギルドで……少し……くらいです」
黒川はその答えに驚いた。
一花の年齢なら経験が少ないこと自体はおかしいわけではないがあまりにも慣れていなかった。
相手に触れられ受け入れること。
全部どうしていいか分からないという、そんな反応だった。
「なるほどな」
黒川は一花を見て考えた。
粘膜ガイディングまで進めることはできるが、今の一花に必要なのは力の扱いだけではないと感じた。
「少し訓練を変える」
「すみません……」
黒川はベッドに入り横になると腕を広げた。
「おいで」
一花は戸惑いながらも近づき、腕の中に入ると黒川は抱きしめて頭を撫でた。
「まず人に慣れるところからだな。力は心と繋がる。身体が強張った状態で無理にやっても意味がない」
一花はそう言われ目を伏せた。
「今日は何してた?」
突然普通の話を振られて一花は黒川を見あげる。
「今日ですか。えっと……洗濯と掃除をして……」
「アザラシも洗っただろ」
「あ……はい」
「綺麗になってたな」
ベッドの端に置いてあるのを見て黒川はふっと笑った。
管理局で見る黒川は一切笑わず怖い人なのかと思っていたのに、家で過ごす姿は想像していたよりずっと穏やかだった。
しばらく他愛もない話をした。
好きなものや嫌いなも。
気づけば最初にあった緊張は消えていた。
黒川は変わらず一花の頭を撫でている。
「一花」
名前を呼ばれ顔を上げると額に軽く唇が触れた。
「……っ」
黒川は目が合うと優しく微笑んだ。
普段とは違う柔らかい表情だった。
そしてゆっくり唇が触れる。
優しいキスだった。
焦らずゆっくり、一花が自分の身体に起こる感覚を受け止められるように進める。
一花は気づけば黒川の服を掴んでいた。
黒川は一花の反応を見ながら舌を絡めるとふわりと甘い匂いが混じった。
黒川はすぐに気づいた。
高ランクエスパーほど感じ取れる、ガイド特有の香り。
それも本人が意識して出しているものではない。
安心して気を許した時に漏れてしまうものだった。
(これは…… )
この間、執務室でした時には感じなかった香り。
黒川は内心で止まれなくなりそうな気配を感じた。
しばらくして唇を離すと一花はぼんやり黒川を見上げた。
「一花、俺とするのは嫌じゃないか?」
一花は恥ずかしくて小さく頷いた。
ガイディングではない、黒川とのキスに気持ちいいと思ってしまった。
その表情に黒川は小さく息を吐く。
「今までアランたちとどうやって過ごしてたんだ」
「アランさんたちとは……普段は接触ガイディングで、体調の悪い時には粘膜ガイディングしました」
一花はぼーっとする頭で一生懸命答えた。
「無事でいられたのか?」
「一度だけアランさんが止まらなくて……」
一花は言葉を飲み込んだ。
「そうか」
黒川は一花の言葉から察する。
アランを責める気にはなれなかった。
自分でも汚染が進んだ状態だったらきっと途中で止めることは厳しいだろうと思った。
しかし、一花が傷ついたことは想像できた。
黒川は一花を抱き寄せ頭を撫でた。
しばらくそのまま静かな時間が流れる。
優しく頭を撫でられる感覚に一花は目を閉じた。
(安心する…… )
黒川とさっきまで触れていた温度がまだ残っている。
(もう一度…… )
そう思う自分自身に戸惑った。
今まではガイドとして理由はいつも相手のためだった。
でも今は違う。
ただ、もう少し黒川に触れてほしかった。
一花は迷ったあと顔を上げる。
黒川は一花の髪を撫でながら、何か考えているようだった。
その横顔を見ているうちに、気づけば身体が動いていた。
チュっと触れるだけのキスをした。
一花の頭を撫でていた黒川の手が止まる。
「……急にどうした」
一花は自分でしたことに顔を赤くしながら答えた。
「もっと……したいです」
消えそうなほど小さな声だった。
黒川は一瞬驚いたように一花を見る。
一花が初めて自分の気持ちを口にした。
黒川はふっと笑うと何も言わず一花の頬に触れ、もう一度唇を重ねた。
さっきとは違う、黒川自身が応えるような少し荒く纏わりつくようなキスだった。
「……んっ……」
小さく漏れた声に黒川は一花の後頭部に添えた手に力を入れた。
一花は黒川の服を握り、もっと近くにいたいと伝えるような、無意識の仕草だった。
黒川が舌を絡めると一花も追いかけてくる。
「……んっ……ん……」
ふわりと甘い香りが混ざり始める。
黒川も気付けば一花の反応を楽しんでいた。
すると突然ぶわっとすごい勢いで身体を浄化される感覚に黒川は咄嗟に唇を離した。
一花は突然離され少しだけ寂しそうに黒川を見る。
「今なんでガイディングを始めたんだ」
「……えっ」
一花は求めるのと同時に無意識でガイディングを発動させてしまっていた。
一瞬のことだったが今のガイディングで黒川の身体は軽くなっていた。
(これが無意識か……まずいな…… )
黒川は少し苦しそうに息を吐いた。
「今日はここまでだ」
そう言われ一花は残念そうに俯くと黒川の胸に擦り寄った。
「一花」
呼ばれて顔を上げる。
「今のまま続けたらキスだけで終われない」
その言葉の意味に気づき、一花は黒川の胸に顔を埋めた。
「すみません……」
小さな声だった。
黒川は一花がやっと諦めたと分かりぎゅっと抱き寄せた。
「おやすみ」
優しく声をかけ寝かしつけた。




