32話
一花はレイに借りた服から自分の服へ着替えてからルーフェスギルドの事務所へ降りていった。
事務所の扉の前で一花は足を止める。
それに気づいたヒロが振り返り優しく声をかけた。
「大丈夫だ」
レイも隣で一花の頭を撫でた。
二人が先に中へ入るとアランとサーシャが資料を広げ話をしていた。
「アランさん」
ヒロが声をかける。
「ん?」
アランが顔を上げた。
「ちょっといいですか」
いつもと違うヒロの表情にアランは眉を寄せる。
「どうした?」
サーシャも資料から顔を上げるとレイの後ろから小さな影が見えた。
ゆっくり遠慮するように姿を現すと二人の動きが止まった。
「一花……ちゃん」
名前を呼ばれ一花は不安げに頭を下げた。
「お疲れ様です…… 」
一花が小声で挨拶するとサーシャがゆっくり近づいてきた。
「本当に……一花ちゃんなんですね」
「はい……」
次の瞬間、サーシャは優しく一花を抱きしめた。
「良かった……本当に……良かった」
珍しく震えた声に一花は戸惑いながらもその優しさに目を伏せた。
その様子をアランはただじっと見ていた。
何度も方法を探した。
助けたいと何度も思った。
なのに目の前にいる一花を見ると言葉が出なかった。
サーシャは一花に話しかけた。
「一花ちゃん、座って話しましょう」
「はい」
サーシャに促され一花たちはソファーに座り、これまでのことを話そうとした時、事務所の扉が開いた。
「ただいまー」
買い物袋を持ったオルネアと湊が戻ってきた。
「サーシャさん、頼まれてた物……」
湊の声が止まる。
視線の先に一花を見つけたからだった。
一瞬驚いた顔をした後、湊の表情が変わり反射的にオルネアの前へ出る。
「なんでお前がここにいるんだよ。用済みのくせに」
低く嫌悪感の混じった声で告げるとその言葉に場の空気が凍りついた。
「湊!」
ヒロが声を荒げ、レイも湊を睨みながら止めに入った。
「それ以上言うな」
張り詰めた空気に一花は慌ててソファーから立ち上がる。
「すみません……」
その謝罪にヒロとレイの表情が苦しくなる。
でも一花はもう分かってしまった。
やっぱりここは自分の居場所じゃなかったんだ。
一花はそっとアランを見る。
アランさんなら……そう思った。
でもアランの視線の先にはオルネアがいた。
突然の出来事に驚いた顔をしているオルネアを気にかけていた。
それを見た瞬間一花の中で何かが静かに落ちた。
(そうだよね…… )
最初から分かっていたことだ。
「あの……アランさん」
名前を呼ばれアランが一花の方へ向いた。
「ん?」
「お願いが…あります」
一花は頭を下げた。
「二、三日だけこちらに泊めていただけませんか?」
アランの表情が変わる。
「すぐに仕事を探して出て行きますので……お願いします」
一花はさらに深く頭を下げた。
その言葉に誰もすぐには返事ができなかった。
最初に反応したのはオルネアだった。
「ちょっと待って!」
オルネアは入口から一花の前まで歩いてきた。
一花は頭を上げオルンを見ると目が合った。
するとオルネアは一花を抱きしめた。
「おかえり。辛かったよね。私を助けてくれてありがとう」
「いいえ。オルンさんが助かって良かったです」
その言葉を聞くとオルネアは一花から身体を離した。
「もう!どこまで良い子なわけ。もう絶対に自分を犠牲にしないで!分かった?」
「はい」
オルネアはアランに顔を向ける。
「ねぇアラン。一花ちゃんうちのギルドに戻してもいいよね?」
アランは少し驚いていた。
オルネアが迷わず一花を迎え入れるとは思っていなかった。
「ああ」
その一言にオルネアはため息を吐いた。
「置き去りにした子を前にして『ああ』一言なの?」
「そうだな。一花ちゃんには謝りたいと思っていたんだ」
もしもう一度会えたら、最初に何を言えばいいのかずっと考えていた。
何度も考えたはずなのに目の前にすると言葉は簡単には出てこなかった。
アランは椅子から立ち上がると頭を下げた。
「ひどいことをして悪かった。申し訳ない」
一花は慌てて声をかける。
「そんな。頭を上げてください。私は大丈夫なので」
アランは頭を上げると真面目な顔で一花を見た。
「許してくれとは言わない。それでも俺達を信じてくれるなら、改めてうちでもう一度一緒に働かないか」
アランは右手を差し出した。
「私……何もお役に立てないんですけどいいんですか?」
「うちに必要なんだ」
その言葉を聞いて一花は一筋の涙を流した。
「宜しくお願いします」
そう言いながらアランの手を掴んだ。
オルネアは一花の背中を優しく撫でていた。
しばらくして落ち着くとオルネアが問いかけた。
「この猫どっから連れてきたの?」
「あっ、この子はゲートにいた時寄ってきてずっと一緒に生活してました」
一花が説明するとアランが猫を見に近くに寄ってきた。
「この猫……なんか違う気を感じるな。管理局で見てもらうか」
「何かされるのですか?」
一花は無意識にクロを抱く腕に力を入れた。
ゲートの中で、ずっと一緒だった存在。
もう失いたくなかった。
「黒川に見せるだけだから心配はない」
アランはそう告げた。
クロの話が一段落するとオルネアは一花に声をかける。
「一花ちゃん、ちょっと付き合ってくれない?」
「え?」
突然の言葉に一花が驚く。
「近くに美味しいカフェあるんだ。二人で行こうよ」
「二人……ですか?」
「そう。女同士話したいことあるしさ」
オルネアは楽しそうに笑うと横から湊の不機嫌な声がする。
「オルン、なんでわざわざそいつと……」
湊の明らかに納得していない表情に一花は小さく身体を縮めた。
するとレイが自然に一歩前へ出ると一花と湊の間に立つ。
「はいはい、怖い顔すんな。いいじゃん。行っといで」
レイは振り返ると一花の頭を軽く撫でた。
「クロは俺たちで見てるから預かるよ。大丈夫」
その言葉に一花は少し安心したように頷いた。
「……行ってきます」
オルネアは嬉しそうに一花の腕を取った。
「ちょっと出てきまーす」
二人は事務所を出ていった。
海沿いの近くのカフェに入り窓際の席に座る。
「一花ちゃんこのお店来たことある?」
「初めて知りました」
一花はお店の中を見渡した。
小さな店内には花や緑が飾れ、ショーケースには美味しそうなケーキが並んでいた。
頼んだケーキと飲み物が机に運ばれて来るとオルネアは飲み物を一口飲んで息を吐いた。
「なんか不思議だね。一花ちゃんとこうやって普通に話してるの」
「そうですね」
オルネアは優しく微笑んだ。
「私の中ではさ、あのゲートの中にいた時間って一年くらいだったんだよね」
「一年…… 」
「そう。なのに戻ったら五年経ってるって言われてびっくりしたんだよ」
オルネアは苦笑し、一花は目を伏せる。
「私も半年くらいだと思ってました。でも皆さんには二年経ってたみたいで…… 」
「そうだよね」
オルネアは少し考える。
「やっぱりあの場所というかゲート、時間の流れがおかしいんだね」
「そうみたいですね」
二人の間に少し沈黙が流れた。
先に口を開いたのはオルネアだった。
「一花ちゃん」
「はい」
「アランのこと好き?」
「えっ?」
突然の質問に一花は飲み物を持つ手を止めた。
「ち、違います……そういうつもりは……」
「ふふ、ごめんね」
オルネアは楽しそうに笑った。
「安心して。責めてるわけじゃないよ」
一花は少し迷ったあと聞いた。
「オルンさんとアランさんは恋人……ですよね?」
その問いにオルネアは少し驚いた後、笑った。
「違うよ」
「え?」
「パートナー」
オルネアは普通に答えた。
「ガイドとエスパーだから、身体の相性とか精神の相性は大事だし、アランとはそういう関係もあるけど恋人とは少し違うかな」
一花は目を丸くした。
「違うんですか?」
「うん」
オルネアは頬杖をつく。
「エスパーとガイドって普通の男女関係とは少し違うんだよね。命を預ける相手だから、普通の好きより深い部分もあるけどそれが全部恋愛かって言われたら違うと思う。それにガイディングだって何人もしなくちゃいけないじゃない。それで浮気だとか言われたらやりきれないし」
ガイド同士でこんな話をしたのは一花は初めてだった。
「ちなみに、アランとは体の相性はいいんだけど顔は黒川さんの方がタイプなんだよね」
「そうなんですか」
予想外の言葉に一花がびっくりしているとオルネアは楽しそうに笑った。
「アランには昔から言ってるの。黒川さんのあの落ち着いた感じ好きなんだよね」
自分がずっと思っていた関係とは違った。
もっと強く結ばれた恋人同士だと思っていた。
「一花ちゃんは誰か気になる人いないの?」
「私はまだお付き合いしたことなくて……」
「一人も?」
「はい。なのでよく分からなくて」
正直な答えだった。
オルネアは優しく微笑んだ。
「そっか。でも一花ちゃんは誰かを好きになる前に、大事にされる時間が足りてないんじゃないかな。だから急いで相手決めないで、いっぱい色んな人に甘やかされた方がいいよ。ガイドとしての特権だよ」
その言葉に一花は少し困ったように笑った。
「そうね……まずはうちのメンバーから練習かな。サーシャとか物腰柔らかいから言いやすいんじゃない?あとはレイかな。ただスキンシップ多めだから嫌なら嫌ってちゃんと言うんだよ!」
「はい」
初めてだった。
親身になって話してくれてオルネアが一花の中で遠い人ではなくなった瞬間だった。
「ヒロはちょっと気難しいし、湊は論外でしょ。もし一花ちゃんがアランに本気なら遠慮なく言ってね」
「分かりました」
一花が微笑みながら答えるとオルネアは一花の頭を撫でた。
「一人で不安な時はいつでも相談してね。ガイドとしても一花ちゃんよりお姉さんだし」
オルネアは優しく笑いかけた。
一花はずっとオルネアには受け入れられないだろうと思っていた。
しかし目の前にいるのは、ただ自分を心配してくれる優しい女性だった。




