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波の音が消える前に  作者: 音香(Otoca )


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31話

朝、レイが目を覚ますと一花はまだ眠っていた。


昨日の出来事が嘘みたいに静かな朝だった。


レイはしばらく一花を眺めると元々細かった身体がさらに小さくなった気がした。


頬にかかった髪をそっと避け、指先で優しく頭を撫でた。


すると一花が「んっ……」と反応し眠ったままレイの腰へ手を回した。


起きている時なら絶対にしない無意識の行動にレイはふっと微笑み、そのまま抱き寄せた。


「かわいいな」


小さな声で呟き額へ軽く口づけた。


その感触で一花の瞼がゆっくり開き、ぼんやりした瞳がレイを映した。


「おはよ」


「……おはようございます」


寝起きの柔らかい声にレイは自然に一花の頭を撫でる。


「眠かったらもう少し寝ていいよ」


「ん……大丈夫です」


そう答えた直後、一花は急に何かを思い出したかのように慌てて身体を起こした。


「クロ!」


レイは思わず笑ってしまった。


「起きた瞬間それ?」


一花は聞こえていないのか急いでベッドを降りるとそっとクロに触れた。


クロは寝室の端でレイが畳んだ毛布の中で丸くなって眠っていた。


「良かった……」


一花の安心したような声にレイも後ろから近づいた。


「大丈夫だよ。昨日体温調整したから」


「ありがとうございます」


一花はクロを優しく撫でる。


「大事なんだ」


「はい。ずっと一緒に居たので」


迷いのない返事だった。


レイはあえてそれ以上聞かなかった。


きっと色々あったんだろうし、今無理に聞く必要はないと思いレイはキッチンへ向かった。


「珈琲入れるけど一花ちゃんも飲む?」


「はい。ありがとうございます」


しばらくすると珈琲の香りが部屋に広がった。


一花がソファーへ座ると、レイがカップを渡す。


「熱いから気をつけて」


「ありがとうございます」


一花は両手でカップを持ち、ゆっくり飲んだ。


「美味しい……」


一花は久しぶりの暖かい飲み物に思わず涙を流した。


その姿を見てレイはカップを机に置くと優しく一花を抱きしめた。


「辛かったよな……」


一花は何も言えず静かに涙を流した。


レイは一花が落ち着くまで優しく背中を撫で続けた。


しばらくすると一花がそっと身体を離した。


「もう……大丈夫です。すみませんでした……」


「泣きたかったらいつでも傍にいるから一人で泣くな」


レイは優しく微笑んだ。


何気ない話をして一花の落ち着いた様子を見るとレイはスマホを手に取り、少し迷ったあとヒロへ連絡を入れる。


『何だよ、朝から』


「ヒロ」


『あ?』


「今すぐ俺の部屋来てくんね?」


『なんでだよ』


「来れば分かる」


いつものレイより声があまりにも真剣だったのでヒロは何かを感じ取った。


『……分かった』


そう言って電話は切れた。



数分後。


玄関のチャイムが鳴りレイが扉を開けるとヒロが立っていた。


「何があった」


「中入れば分かる」


レイはそう言うだけで、ヒロは眉を寄せながら部屋へ入った。


リビングのドアを開けると部屋の真ん中に一花が立っていた。


ヒロは一花を見た瞬間、足を止めた。


「ヒロ…さん……」


その声を聞くとヒロは何も言わず歩み寄り、一花を力いっぱい抱きしめた。


「……っ」


一花が驚いて固まる。


「会いたかった……」


ヒロの声は震えていた。


「一花、ごめんな」


あの日、伸ばした手は届かなかった。


何度も後悔した。


「本当に……ごめん」


一花はヒロがこんな風に抱きしめてくれることが信じられなかった。


その様子を見ていたレイがため息を吐く。


「ヒロ、一花ちゃん苦しそうだろ」


その言葉にヒロははっとして身体を離した。


「悪い」


一花は小さく首を横に振る。


「大丈夫です」


ヒロは改めて一花を見ると前より細くなった気がした。


「体調は平気か?」


「はい」


「少し…痩せたな」


心配そうに眉を寄せるヒロを見て、レイが思わず笑った。


「ヒロ」


「あ?」


「母親みたいだな」


その一言にヒロが睨む。


「いちいち口出すな」


「いや、だって第一声が体調確認って」


「普通だろ」


二人の変わらないやり取りと空気に一花は思わず笑ってしまった。


二人の視線が一花に向くと一花の笑顔に二人も微笑んだ。


ヒロはようやくあることに気づき視線が止まる。


大きめの黒いロンTに明らかにサイズの合わないズボン。


「一花の服…… 」


一花は自分の服を見る。


「あ、昨日レイさんにお借りして…… 」


「昨日?」


ヒロの視線がレイへ向くと普通の顔で珈琲を飲んでいた。


「ん?あー、一花ちゃん見つけたの夜中だったし冷えてたから風呂入れてそのまま寝ただけだよ」


レイは何でもないように答えたが少しだけ口元が笑っているのをヒロは見逃さなかった。


「へぇ……」


ヒロの声が少し低くなる。


「何?」


「別に」


「顔怖いけど」


「気のせいだ」


一花は二人を見て何か怒らせたのかと不安になるとそれに気づいたヒロはすぐ表情を戻した。


「一花のことじゃないから気にするな」


そう言って一花の頭を撫でる。


しばらくしてヒロがレイへ視線を向けた。


「そろそろ行くか」


その一言でレイも何のことか理解した。


「そうだな」


二人の視線が一花へ向く。


「一花、事務所行こう。アランさん達にも会わないと」


「……そうですね」


ヒロの言葉に一花は身体を強張らせた。


会いたい気持ちはあるけれど胸の奥の不安の方が大きかった。


自分の役目はもう終わったはずなのにヒロさんとレイさんは優しく迎えてくれた。


でも、それとギルドに受け入れてもらえるかは別の話だ。


(また雇ってもらうのは無理でも……)


一花は手をぎゅっと握った。


(せめて二、三日だけでも泊めてもらえないかな…… その間に住む場所と仕事を探そう。迷惑をかけないようにしないと…… )


そんな考えばかりが浮かんだ。


その不安そうな表情にヒロとレイはすぐ気づいた。


何かを諦めようとしている時の顔だった。


「一花ちゃん」


レイが呼ぶと一花は顔を上げる。


でも、レイは何を言えば伝わるのか言葉に詰まってしまった。


大丈夫。


必要だ。


そんな言葉を今まで何度裏切られてきたのかと思うと、簡単に言葉にできなかった。


ヒロも同じ想いで少し考えた後、一花の前にしゃがんだ。


「一花」


「はい……」


「心配するな。今は何も考えなくていい」


「……はい」


一花は少し目線を伏せた。


「絶対にお前に辛い思いはさせないから」


ヒロが優しく告げると一花は顔を上げ頷いた。


「じゃあ行こう」


「はい」


一花は寝室に寄りクロをそっと抱き上げ三人はルーフェスギルドの事務所へ向かった。

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