27話
現実世界では二年が経っていた。
オルンが戻り、オルンギルドは本来の名前であるルーフェスギルドへ戻していた。
現在も国家特務保安管理局と協力し、二重ゲート専門ギルドとして活動している。
事務所には昔のような賑やかな空気が戻っていた。
「アラン、ちゃんとガイディング受けてって言ってるでしょ」
「分かってる」
「その返事、絶対分かってない時のやつ」
オルンが頬を膨らませると、アランは小さく笑った。
「相変わらずうるさいな」
「うるさいなじゃないでしょ!毒素が大量に溜まってからガイディングするの大変なんだからね!」
そんな二人を見て、ヒロは呆れたようにため息をついた。
「また始まった」
「でもこれがルーフェスって感じじゃない?」
湊が横で笑う。
レイも煙草をくわえながら笑った。
「確かにな」
サーシャも穏やかに微笑んでいる。
ずっと取り戻したかった時間が今、確かにここにあった。
任務帰りに皆で事務所へ戻る途中だった。
「悪い。俺、煙草買って帰るわ」
レイがそう言うとヒロが振り返る。
「またかよ」
「いいだろ。すぐ戻るって」
軽く手を振り皆と別れると、レイは一人夜の海岸へ向かった。
波の音だけが静かに響いている。
煙草に火をつけ、ゆっくり煙を吐いた。
潮の匂いに波の音。
この場所に来ると思い出す。
『海が綺麗だなと思って……』
レイは目を閉じた。
あの日、任務もなく暇だった昼下がり。
レイは事務所のソファーで横になっていた。
湊は携帯でゲームをして遊び、アランとヒロは書類に目を通し、サーシャは資料整理をしていた。
そんな中、一花が窓際に立っている。
「何してんの?」
レイはソファーから立ち上がり一花の隣へ立つと声をかけた。
一花は少し驚いた顔でレイを見上げる。
「あ、いえ……。お邪魔でしたか?」
「いや、別に。ずっと外見てるから何かあんのかと思っただけ」
一花はもう一度窓の外に目を向ける。
「海が綺麗だなと思って……。潮の匂いも好きなんです」
そう言って笑った顔は、本当に穏やかな笑顔で、あの頃の一花が見せる数少ない笑顔だった。
レイは煙草を持ったまま動きを止めた。
(二年も経ったのに…… )
「なんで忘れらんねぇかな……」
呟いた声は波の音に消える。
オルンは戻ってきた。
自分達で選んだずっと望んでいた未来。
それなのに頭の中では一花を思い出す。
寒そうに震えていた手。
美味しそうにお菓子を食べる顔。
頭を撫でると驚いて、それから少し嬉しそうにする表情。
「元気にしてんのかな……」
届くはずのない言葉。
「……元気なわけねぇか」
レイは自分で言った言葉に苦笑した。
あんな場所に一人残されたのだ。
普通なら精神がおかしくなっていても不思議ではないし生きているかも分からない。
この二年間、ルーフェスギルドは二重ゲート専門で続けてきた。
表向きは今まで通り魔物討伐とゲート処理。
でも本当の目的はもう一つあった。
一花を探すこと。
開いた二重ゲートにはなるべく全員で入った。
どれだけ危険な場所でも奥まで進み、似た空間を見つける度に名前を呼んだ。
『一花ちゃん!』
『いたら返事しろ!』
何度叫んだか分からない。
でも返事が返ってくることは一度もなかった。
「どこにいんだよ……」
レイは小さく呟くと煙草の煙が夜風に消えていく。
「恨んでくれていいからさ。もう一度顔見せろって……」
レイは短くなった煙草を消すと静かな海を見つめた。
「やっぱここか」
後ろから聞き慣れた声がした。
レイは振り返らなくても誰か分かった。
「ヒロ」
「煙草にしては長すぎんだろ」
ヒロはそう言いながら隣へ並んだ。
二人の間に波の音だけが響く。
しばらく沈黙したあと、ヒロが口を開いた。
「一花のこと考えてたんだろ」
レイは否定しなかった。
「分かんの?」
「分かる。俺も同じだからな」
ヒロは海を見たまま答える。
レイがヒロに話しかける。
「今日のゲートでも探してただろ」
「ああ。あいつは俺達が置いてきたんだ。だったら俺達が迎えに行くしかないだろ」
「そうだな」
レイは何も言えず海を見つめていた。
ヒロが静かに話し始める。
「初めて飯作った時さ、あいつすげぇ嬉しそうな顔したんだよ。ただの炒飯だぞ。適当に作っただけなのに、あいつ本当に大事そうに食ってた」
思えば違和感はたくさんあった。
頼ることが下手だった。
我慢することだけが当たり前になっていた。
「もっと早く気づけたはずなんだよな」
ヒロの声が暗くなる。
「家族にも、前のギルドでも……ずっと必要ないって扱われてきたやつが、やっと俺達の所に来たのに俺達も同じことをした」
その言葉にレイは何も返せなかった。
否定できなかった。
しばらくしてレイが小さく笑った。
「一花ちゃんさ、意外と怒ってたりしてな」
ヒロは一瞬黙ったあと首を横に振った。
「ないだろ。あいつは多分……本気で俺達が幸せならいいって思ってる」
「……だな」
責めてくれた方が楽だった。
嫌いだと言ってくれた方が、まだ許された気がした。
「なぁヒロ」
「ん?」
「もしさ……。もし一花ちゃんが見つかったらどうする?」
ヒロは海を見つめたまま黙った。
昔なら迷わずアランさんに任せると答えていた。
でももう二度とあんな顔はさせたくない。
「今度はアランさんに遠慮するのやめるわ」
レイが少し驚いたようにヒロを見る。
「もし、いつか会えたら……腹いっぱい飯食わせる。欲しい物も買ってやるし、行きたい場所にも連れて行く。今度はちゃんと甘やかすかな」
ヒロは照れくさそうに笑った。
レイは一瞬黙ったあと、ふっと微笑んだ。
「俺もそばに置きたい」
ヒロの目がレイへ向く。
「一花ちゃん戻ってきたらさ、もう一回頭撫でてやりたいし、寒い時は手握ってやりたい。あんな寂しそうな顔、もうさせたくない」
レイは静かに言った。
「悪いけど、お前にも譲りたくないわ」
ヒロはしばらく黙ったあと、小さく息を吐いた。
「……そうなると思った」
「怒んねぇの?」
「俺も同じだからな」
二人は顔を見合わせる。
昔ならありえなかった。
二人ともオルンだけを見ていた。
アランとオルンが幸せなら、それでよかった。
でも、いつの間にかあの小さな存在が心の中に入り込んでいた。
「どうしたら助けられるんだろうな……一花……」
ヒロの呟きは静かな波音に溶けていった。




