25話
あれから一ヶ月が過ぎていた。
オルンギルドには少しずつ普通の生活が戻り始めていた。
オルネアも戻り、止まっていた五年が動き出す。
そしてギルド名を再び“ルーフェス”へ戻すため、アラン、ヒロ、サーシャは手続きのため国家特務保安管理局を訪れていた。
「これで手続きは完了だ」
黒川は書類を確認しながら告げる。
「ああ、助かった」
アランが答える。
必要な話し合いを終え、三人は管理局一階のロビーへ向かった。
その時、受付の方から怒鳴るような男の声が響いていた。
「確かにここで娘が働いてんだよ」
「申し訳ございませんが、現在その方はギルド契約を解消されています」
受付の女性が困ったように対応している。
「そんなわけねぇだろ!桜田一花って名前だ。もう一度確かめろ!」
その名前を聞いた瞬間、三人の足が止まった。
「一花……」
ヒロが呟く。
アランは受付へ近づくと男に話しかけた。
「すみません。お話が聞こえてしまって。一花さんとのご関係は」
男が振り返ると、免許証を取り出して見せた。
「父親だ。娘に会いに来たらここにはいないと言われて。なんて迷惑なやつなんだ」
その言葉に三人の表情が僅かに変わり、アランが静かに告げた。
「あちらでお話伺います」
男をカフェスペースへ案内した。
席につくとアランは自己紹介をする。
「ルーフェスギルド、ギルドマスターのアラン・シードです」
その名前を聞いた瞬間、父親は少し考え込んだ。
「ルーフェスギルド……?」
そして何かを思い出したように顔を上げる。
「もしかして十三年前、妻の遺体を持ち帰っていただいた方々ですか」
「十三年前……」
アランが記憶を辿る。
するとヒロが思い出したように口を開いた。
「女の子の目の前で母親が殺された時の事ですか」
その瞬間、アランも思い出す。
血まみれの現場。
泣き叫んでいた小さな少女。
「そうです!いやーまたお会いできるとは嬉しいですね」
父親は笑っていた。
まるで昔話でもするような軽さだった。
その違和感に三人は眉を寄せる。
「娘さんはお元気ですか」
アランが静かに尋ねると父親は不思議そうな顔をする。
「娘?あー、あの人殺しとは一緒に住めませんよ」
その一言で空気が変わった。
「……」
三人は言葉を失った。
父親だけが気づかず話し続ける。
「あいつが余計な事言わなければ妻は死ななかったんですから。高校進学から家を追い出したので、生きてるかの確認ですよ」
淡々とした声には娘を心配する感情などなかった。
アランの瞳が僅かに冷たくなる。
サーシャも普段の穏やかな表情を消していた。
すると父親は鞄から一枚の書類を取り出す。
「こちらにサインいただけないですかね」
机に置かれた紙を見た瞬間、三人の表情が更に険しくなる。
ギルド専用死亡届。
ゲート攻略中に帰還できず死亡扱いになった能力者のための特別手続きだった。
「どうゆうことですか」
アランの声が低くなる。
父親は笑っていた。
「必要ない存在なんですよ。昔から何も役に立たなくて、でき損ないもいいとこなんですよ。せめて最期くらい保険金受け取らないと育てた意味ないでしょ」
その言葉を聞いて、ヒロの拳に力が入った。
十三年前、母親を失い震えていた少女。
あの子が一花だったのだ。
ヒロは立ち上がる。
「一花さんは生きています!お引き取りください」
低く怒りを含んだ声だった。
父親は一瞬怯んだ。
アランから漏れる威圧感。
サーシャの冷たい視線。
普通の人間が耐えられるものではなかった。
「な、なんなんだ……」
父親は逃げるようにその場を去って行った。
静かになったカフェスペースでしばらく三人は誰も話さなかった。
最初に口を開いたのはヒロだった。
「アランさん…… あの時助けた女の子が一花だったんですね」
「ああ、そうみたいだな」
アランは静かに答えた。
「こんな偶然ってあるんですね」
サーシャも呟く。
三人の脳裏に浮かぶ。
十三年前、霊安室の片隅で小さく震えていた黒髪の女の子。
母親を目の前で失ったばかりなのに誰にも抱き締めてもらえなかった子供。
家族から向けられていた言葉は『人殺し』。
父親の話が本当なら、高校生になってから一人で生きてきたのだろう。
初めて管理局で会った時、一花は雑用をしていた。
誰にも文句を言わずただ静かに。
パートナーを聞いた時も言っていた。
『Dランクガイドについてくれる人はいないので……』
当たり前のように自分には誰もいないと笑っていた。
少し優しくされるだけで戸惑って。
頭を撫でられるだけで驚いて。
嬉しい時だけ小さく笑った。
全部、拒絶され続けた結果だった。
「俺たち……何してたんでしょうね」
ヒロが呟いたが誰も答えられなかった。
初めて必要とされたと思った、やっと見つけた居場所だったかもしれない。
なのに自分達は身代わりとして連れて行き、最後には一人残した。
「最低ですね……私たちは」
サーシャの言葉に誰も否定できなかった。
アランはただ黙って拳を握り締めていた。
怒りなのか。
後悔なのか。
自分でも分からなかった。
ただ、一つだけ分かる。
一花は最初から諦めていたのだ。
誰かに選ばれることも。
大切にされることも。
自分のために誰かが怒ってくれることも。
「だからか……」
アランが呟くとヒロとサーシャが顔を向ける。
「何がですか」
「一花ちゃんは、一度も怒らなかった」
その言葉に二人は黙った。
確かにそうだ。
酷い言葉を言われても。
傷つけられても。
置いていかれると分かっていても。
一花は誰も責めなかった。
最後の手紙にすら恨み言はなかった。
『ありがとうございました』
残したのはその言葉だけだった。
「怒るってことは、相手に期待してるからできることなんですよね」
サーシャが静かに言った。
「一花ちゃんは最初から自分が選ばれないことを受け入れていたんでしょうね」
「……っ」
ヒロは悔しそうに顔を歪める。
「違うだろ。俺らそんなつもりじゃ……」
そこまで言って言葉が止まった。
違わない。
最初は本当にそうだった。
オルンを助けるため、そのために身代わりを探した。
その事実だけは変えられない。
アランはゆっくり立ち上がった。
「帰るぞ」
いつも通りの声だった。
けれどヒロとサーシャにも分かっていた。
アランが今まで見たことないほど後悔していることを。
その日の夜。
事務所に戻ったアランは一人、自分のデスクに座っていた。
綺麗に整理された書類棚。
ラベル分けされた資料。
飲み終わったカップを置けば、いつも気づいたら片付いていた。
一ヶ月経っているのにまだ所々に一花の面影がいた。
誰にも気づかれないように。
迷惑にならないように。
ただ静かに。
「何も役に立たない、か……」
父親の言葉を思い出す。
アランは苦しそうに目を閉じた。
一花はずっと誰よりも役に立とうとしていた。
ただ認めてもらいたかっただけだった。
「すまない……」
静かな事務所にアランの声だけが落ちた。




