23話
特殊ゲート開放区画から戻った後。
オルンギルドのメンバーはオルネアと共に事務所へ戻ってきた。
五年前から止まっていた時間がようやく動き出したはずだった。
「懐かしい……」
オルネアは事務所の中を見渡しながら小さく笑った。
「でも結構変わってるね」
「五年経ってるからな」
アランはいつも通り答える。
いつも通りの声と表情。
そう見えるようにしていた。
「アラン」
名前を呼ばれ振り返るとオルネアが心配そうに見ていた。
「大丈夫?」
「何がだ」
「なんか…… 無理してる気がして」
昔からそうだった。
オルネアは人の変化に敏感だった。
アランは少しだけ笑う。
「人の心配するより自分の体調整えろ。ゆっくり休んでくれ」
そう言ってオルネアの頭を軽く撫でる。
いつもなら安心する感覚。
ずっと取り戻したかった存在。
なのに頭の中には最後に笑った一花の顔が残っていた。
『アランさん』
「……っ」
アランは小さく息を吐く。
「少し仕事してくる」
そう言い自分のデスクへ向かった。
椅子へ座った瞬間、違和感に気づいた。
机の上には綺麗に整理された書類が並び、その横に置かれた一通の封筒に目が止まった。
宛名には見慣れた字があった。
『アランさんへ』
「一花ちゃん」
嫌な予感がして慌てて封筒を開けると手紙と鍵が入っていた。
――――――――――――――――
アランさんへ。
この手紙を読んでいるということは、きっとオルンさんを助けられたんですよね。
よかったです。
皆さんがずっと頑張っていた理由を知っていました。
勝手に聞いてしまってすみません。
私が必要だったんじゃなくて、オルンさんのためだったんだって分かった時は少しだけ寂しかったです。
それでも私に居場所を与えてくれたこと、とても嬉しかったんです。
アランさんが頭を撫でてくれたこと。
ヒロさんがご飯を作ってくれたこと。
レイさんが寒い時に手を温めてくれたこと。
サーシャさんが優しくしてくれたこと。
湊さんが話しかけてくれたこと。
全部、本当に嬉しかったです。
私は母を亡くしてから誰かに必要とされたことがなかったから、理由が違っていても皆さんと過ごした時間は幸せでした。
だから最後に少しでも役に立てたなら良かったです。
追伸
アランさん、あまり無理しないでください。
辛い時はちゃんとガイディング受けてください。
オルンさんが戻ってきたなら、きっともう大丈夫ですね。
短い間でしたがありがとうございました。
桜田一花
――――――――――――――――
読み終えた瞬間アランは立ち上がると椅子が大きな音を立てて倒れる。
「アラン?」
オルンが驚いて声をかけるが、返事をする余裕はなかった。
そのまま事務所を飛び出すとヒロはその様子を見てすぐに後を追った。
「アランさん!」
二人が向かったのは一花の部屋だった。
アランは迷わずドアノブへ手をかけ鍵を開けた。
嫌な予感がさらに強くなる。
中へ入った瞬間二人は言葉を失った。
部屋は綺麗に片付いていた。
玄関もテーブルの上もクローゼットの中も生活感が何もなかった。
まるで最初から誰も住んでいなかったみたいに。
「何も…ない……」
ヒロが呟いた。
部屋の隅に置かれていたのは、一つの鞄だけだった。
アランがゆっくり近づき中を開けるとそこに入っていたのは支給されたダウンとギルドカード。
オルンギルドから渡された物だけだった。
私物が一つも残っていなかった。
「ぬいぐるみ持っていったんですね」
ヒロが小さく呟く。
アランは鞄を見つめたまま動けなかった。
あの時、嬉しそうに抱きしめていた姿を思い出す。
『アザラシ気に入った?』
そう聞いたら、小さく頷いていた。
一花は捨てていったわけでも、忘れようとしたわけでもない。
自分達との思い出として持っていったのだ。
「最初から…… 戻るつもりなかったのか…… 」
アランが呟く。
必要な物だけ空間ポーチに入れ、借りていた物だけ綺麗に返して、誰にも迷惑をかけないように全部準備していた。
ヒロは悔しそうに拳を握る。
「気づけたはずなのに…… 」
最近の一花を思い返す。
妙に大人しく必要以上に距離を取っていたこと。
全部別れの準備だった。
二人が事務所へ戻ると全員の視線が向いた。
アランもヒロも何も言わない。
けれどその表情だけで結果は分かった。
アランは自分のデスクに置いたままだった手紙を静かに手に取るとヒロに渡した。
「……読んでくれ」
ヒロは黙ったまま手紙へ目を落とす。
読み進めるほど表情が苦しくなっていった。
『ヒロさんがご飯を作ってくれたこと』
その一文で手が止まる。
いつも遠慮気味に微笑み「美味しいです」と言っていた一花の姿が浮かんだ。
「バカだろ。そんなことで喜ぶなよ…… 」
ヒロは悔しそうに呟いた。
そのままレイへ手紙を渡すとレイも珍しく黙って読み始めた。
『レイさんが寒い時に手を温めてくれたこと』
「 …… 」
雪山で震えて真っ赤になっていた小さな手。
自分が傷つけた夜。
それでも最後まで謝っていた一花。
レイはぐしゃっと髪を掴んだ。
「ありがとうって…… 」
声は震えていた。
最後にサーシャが手紙を受け取る。
『サーシャさんが優しくしてくれたこと』
読み終えると静かに目を伏せた。
「最後まで……他人のことばかりですね」
誰も否定できなかった。
その時だった。
「……ごめんね」
小さな声が響くと全員が振り返った。
オルネアが申し訳なさそうに立っていた。
「私のせいで……」
その言葉で全員が我に返った。
違う。
オルンは何も悪くない。
五年間、誰よりも帰ってきてほしいと願った人。
そのために自分達はずっと戦ってきた。
なのに今の自分達の態度は、オルネアに罪悪感を背負わせている。
アランは椅子から立ち上がるとゆっくりオルネアの前へ行った。
「オルン。お前が謝ることじゃない」
「でも……」
「決断したのは俺だ。気にするな」
アランは迷わず言うとオルネアの頭へ手を置く。
「帰ってきてくれて嬉しい」
それは嘘ではなかった。
ずっと願っていた。
何度も諦めそうになりながら、それでも探し続けた。
アランは優しく頭を撫でると軽く口づけた。
「おかえり」
オルネアの目に涙が浮かぶ。
「……ただいま」
その姿を見て、皆も思い出す。
自分達が何のためにここまで来たのか。
一花を失った痛みは消えない。
だけど今目の前にいる大切な人まで傷つけてはいけない。
皆は心の中で静かにそう決めた。




