22話
国家特務保安管理局の地下深くに存在する特殊ゲート開放区画に、オルンギルドのメンバーは集まっていた。
普段は軽口を叩くレイや湊ですら緊張した面持ちだった。
それほど空気は張り詰めていた。
中央には巨大な円形装置が佇み、その中心に赤く輝く核が置かれている。
黒川は操作盤を確認しながら告げた。
「もう一度説明する」
全員の視線が黒川へ向く。
「開放時間は二十四時間。時間を超えた場合、強制的にゲートは閉じる。そして同じ核で再開放はできない。つまり、中に残った場合……二度と助け出せる保証はない」
その言葉に一花はぎゅっと手を握りしめた。
「分かった」
アランが迷いのない声で答える。
黒川は小さく息を吐く。
「相変わらずだな」
「何がだ」
「一度決めたら止まらないところだよ」
アランは笑みを浮かべ黒川を見た。
黒川は諦めたように笑うと装置を起動させる。
赤い核が光り始めると空間が歪み、目の前に黒い裂け目が現れる。
「行くぞ」
アランの声で全員が中へ入った。
サーシャが腕時計のタイマーを二十四時間後の十九時にセットする。
ゲート内は不気味なくらい静かだった。
空は黒く歪み、崩れた建物のようなものが並んでいる。
「魔物がいないですね」
ヒロが不審そうに辺りを見回した。
「前回始末してるからかもな」
アランが答える。
「オルンは本当にいるんですかね……」
レイの声は少し不安の色を含んでいた。
一花は後ろを歩きながら皆の背中を見ていた。
いつも強く、どんな魔物にも怯えない人達。
そんな彼らが今は不安そうだった。
それだけ大切な人なのだと分かる。
一花は胸が痛んだ。
でもその人が戻ってくるなら、きっとそれが一番いい。
しばらく進むと二つ目のゲートへ到着した。
「なんか違和感が凄いですね……」
「言葉にしづらい感覚だな」
サーシャとヒロが呟く。
アランはゲートを見つめた後、迷わず中へ入った。
メンバーも後に続く。
中は異様な空気だった。
音のない朽ちた砂漠のような場所。
その時だった。
「アラン……」
後ろから声がしてアランが振り返ると少し離れた場所に一人の女性が立っていた。
「オルン……」
茶色の柔らかな髪に写真と同じ優しい顔。
「オルン!」
アランは走り出し、力いっぱい抱きしめた。
「やっと見つけた……」
声が震えていた。
「来てくれるって信じてた……会いたかった」
オルンは涙を流した。
その瞬間、皆の表情が崩れる。
「本当に……生きてた……」
ヒロが呟いた。
レイと湊はまっすぐオルネアを見つめている。
サーシャは目元を濡らしていた。
一花は少し離れた場所からその光景を見ていた。
不謹慎にも綺麗だと思った。
ずっと失っていたものを取り戻した瞬間。
自分が入れる場所ではないと、はっきり分かった。
オルネアはメンバーを見つけると走って抱きついた。
皆も嬉しそうだった。
愛しい人を取り戻せた安堵に一花には見せたことのない表情だった。
その時、オルネアが一花を見る。
「あの子は誰?」
「今ガイドとして入ってもらってる一花ちゃんだ」
アランが紹介した。
「初めまして。桜田一花です」
「初めまして?どこかで会ったことない?」
「いえ……」
「そう?なんか見覚えあるんだけどな……」
オルンは不思議そうに首を傾けた。
「それよりオルン、今までどうやって過ごしてたんだ?」
レイが聞いた。
「あっちに住居拠点作って暮らしてた。このゲートには水も木の実とかもあるんだよ!」
オルネアがレイ達と話しているとサーシャが時計を見る。
「急いでゲートを出ましょう」
それを聞いたヒロが能力を使おうとした。
「ダメ!」
オルンが慌てて止める。
「ここで能力使ったら空間が歪んじゃう」
「どういうことだ?」
アランが険しい顔で問いかけた。
「ここは私の生命力を使って維持している空間なの。他の力が加わると一気に歪みが生じて状況が変わってしまうの。そうしたら出口を見つけられなくなる」
一同は言葉を失った。
アランは腕時計を見る。
「歩いてもまだ間に合う。急いで向かおう」
そう告げると全員で出口へ向かった。
アランはオルネアの手を握っていた。
その後ろをメンバーが囲むように歩く。
一花は一番後ろからその姿を見ていた。
しばらく歩き、ようやくゲートの出口へ辿り着く。
アランが出ようとした瞬間、突然地面が大きく揺れだした。
「なに!?」
湊が驚く。
空間に亀裂が入り、黒い霧が溢れ出す。
サーシャが周囲を確認しながら呟いた。
「さっきの話を考えると、このゲートはオルンの生命力が核になっているので、出ようとすると空間が保てないんじゃないでしょうか」
「どうやって脱出するんだよ」
湊が焦ったように言う。
「もう時間がありません。どうしますか?」
サーシャがアランを見る。
アランは少し悩んだあと視線が一花へ向くと目が合った。
最初から分かっていたはずなのに、いざ目で告げられると胸が少しだけ苦しくなった。
それでも一花は静かに後ろへ下がった。
「一花ちゃん?」
サーシャが気づき声をかけた。
一花はニコリと笑った。
「私が残ります」
全員の視線が向いた。
「一花ちゃん…… 」
アランは戸惑っていた。
こうなる可能性を考えて、だから一花を連れてきた。
オルンを助けるために。
そのはずだった。
なのに今、一人で向こう側に立つ一花を見て置いてはいけないと思った。
「皆で帰る方法を……」
「残り一分です!」
サーシャが叫ぶ。
空間の崩壊がさらに激しくなる。
一花も慌てて声を上げた。
「早く!早く出てください!」
皆を急かすと次々とゲートを抜けていく。
最後に残ったのはアランとヒロだった。
二人はゲートに半分身体を入れた状態で手を伸ばす。
「一花、早く!」
「一花ちゃん、手を掴んで!」
必死な声だった。
一花は反射的に手を伸ばしかけた。
この手を取れば帰れる。
また皆と一緒にいられる。
でも自分が行けば全員が戻れなくなるかもしれない。
一花は伸ばした手をゆっくり下ろした。
「オルンさん、助けられてよかったですね。私にも優しくしてくれてありがとうございました。嬉しかったです」
最後に笑顔で小さく手を振った。
「「一花!!」」
アランとヒロの叫び声と同時にゲートは閉じた。
二人は管理局の特殊ゲート開放区画の床へ放り出された。
「っ……!」
アランはすぐに起き上がり、閉じたゲートへ手を伸ばした。
だがそこにはもう何もなかった。
黒い裂け目も一花の姿も全て消えていた。
「開けろ」
アランの低い声が部屋に響いた。
「黒川、もう一度開けろ」
「無理だ」
静かな返答だった。
「同じ核で開放できるのは一度だけだと言っただろ」
その言葉にアランの表情が固まる。
最初から分かっていたことだった。
そのために一花を連れてきた。
「なんで……」
アランの手が震えた。
「なんで最後に笑うんだ……」
怒って責めてくれればよかった。
『最初からこうするつもりだったんですか』とそう言われた方がまだ楽だった。
なのに一花はありがとうと言った。
嬉しかったと笑った。
「……っ」
アランは何もない空間を見つめたまま動けなかった。
ヒロは拳を握り締める。
「くそっ……」
あの小さな手を掴めば助けられたはずだった。
でも最後に引いたのは一花自身だった。
誰よりも自分の価値を低く見ていた彼女。
誰も止められなかった。
—— そしてその頃。
閉じたゲートの向こう側で一花は一人、静かな世界に立っていた。
もう誰の声も聞こえない。
「よかった…… みんな帰れた…… 」
そう思った瞬間、身体から力が抜けた。
一花はその場に座り込む。
怖いし、寂しくないわけじゃなかった。
でも最後に誰かの役に立てた。
それだけで十分だった。
一花は静かに辺りを見回すと再び立ち上がった。




