20話
夜。
ヒロは部屋に戻ったものの、一花のことが気になっていた。
愛菜がついているとはいえ、目も見えず、声も出ない状態で二人きりにしておいて大丈夫なのだろうか。
そう考えると落ち着かず、思い切って一花の部屋へ向かうことにした。
部屋を出ると廊下にはアランが立っていた。
「アランさん…… どうしたんですか?」
「いや…… 一花ちゃん大丈夫かと心配になったんだが、愛菜ちゃんいると思うと声かけるの迷ってな」
「そうなんですね……」
ヒロはそう返すとアランを気にせず一花の部屋のチャイムを鳴らした。
もう一度鳴らしても誰も出て来ず、物音一つ聞こえなかった。
アランとヒロは顔を見合わせる。
アランがドアノブに手をかけるとガチャリと音を立てて扉が開いた。
「開いてる…… 」
部屋の中は真っ暗だった。
「一花ちゃん」
玄関から声をかけるが誰の返事もない。
「入るぞ」
電気をつけてリビングへ向かうとダイニングテーブルの横には割れた花瓶が落ちていた。
床には割れたガラスに一輪の花。
旅行に持っていった鞄もソファーの近くへ転がっている。
その時、ソファーで眠っていた一花がゆっくり目を覚まし、部屋が明るいことに戸惑うように辺りを見回した。
「一花ちゃん」
アランの声にびくっと肩が震え、ぬいぐるみを抱く手に力が入る。
アランは怖がらせないよう一花の前へしゃがみ込み、そっと膝へ触れる。
「俺だけじゃなくてヒロもいる」
ヒロも一花の近くへ来た。
「大丈夫か? あの女は一緒じゃないのか?」
一花は小さく頷いた。
二人はなんとなく状況を察する。
「落とした花瓶片付けるな」
ヒロは破片を拾い集め床を丁寧に拭いた。
「一花ちゃん眠い?」
アランは心配そうに聞くと一花はぼんやりしたまま小さく頷いた。
「お前の部屋何もないな……」
ヒロは辺りを見回してからアランへ視線を向けた。
「アランさん、俺の部屋に連れてってもいいですか?」
「そうだな。その方が安心だろ」
「一花ちゃん立てる?」
一花がソファーから立ち上がろうとすると身体がふらついたのを見て、アランはそのままお尻を抱えるように下から抱き上げ一花は思わずアランの肩へ手をついた。
三人はヒロの部屋へ移動した。
「夕飯作りますんでアランさんたちは座っててください」
ヒロはそう言うと慣れた手つきでキッチンへ向かった。
アランはソファーに一花を下ろすと隣へ座り、頭を撫でながらテレビをつけた。
一花はどうしていいか分からず戸惑っていた。
目は朝より霞が薄れて少しだけ見えるようになっていた。
「一花ちゃん、ごめんな」
アランに謝られ、一花は首を横に振る。
アランは少しだけ安心したように笑った。
「アザラシ気に入った?」
一花はぬいぐるみをぎゅっと抱き締めながら頷く。
アランは嬉しそうに頭を撫でた。
突然、部屋のチャイムが鳴なった。
ヒロが玄関を開けると、レイとサーシャがビールとフライドチキンを持って立っていた。
「ここにいたんだ」
レイが部屋に入るなり一花を見つけて言った。
「一花ちゃんの部屋のチャイムを鳴らしても誰も出てこなかったので、もしかしたらと思ったら当たりでしたね」
サーシャは荷物をテーブルへ置いた。
「湊はどうしてる?」
アランが聞く。
「湊にも声かけたんすけど、疲れたから寝るって言ってました」
レイが答えた。
しばらくするとテレビの前のテーブルに料理が並ぶ。
フライドチキン。
ポテト。
ヒロが作ったおつまみ。
「お世話は私の方が上手いので代わります」
サーシャはそう言うと一花を抱き上げ、珍しく自分の足の間へ座らせる。
一花はぼんやりした瞳でサーシャを見上げた。
サーシャは食べやすい大きさにしながら一口ずつ食べさせていく。
皆も酒を飲みながら話していた。
穏やかな時間だった。
近々ゲートへ入る話もしている。
きっと昨日見つけたゲートのことだろう。
あっという間に時間が経ち、気づけばレイとヒロは床で寝ていた。
「俺たちも寝るか」
アランが声をかける。
「そうですね。一花ちゃんは誰と寝ますか?」
サーシャのその問いに一花はソファーを指差した。
「男性じゃないんですからこんなところで寝かせられないですよ」
サーシャが苦笑する。
するとアランが一花の頭を撫でた。
「一花ちゃんが怖くなければヒロの寝室借りて俺と寝るか」
アランがそう言うとサーシャも頷いた。
「それがいいですね」
一花は少し戸惑ったが今は一人になる方が不安だった。
サーシャはそんな一花の心に気づき優しく声をかけた。
「大丈夫ですよ。私も皆もいますから」
そう言われ、一花は迷った後小さく頷いた。
こうして一花とアランは同じ部屋で休むことになった。
ヒロの寝室へ入るとアランは一花をベッドへ座らせた。
「寝室のドア開けとくから無理ならすぐ合図しろ」
そう言いながら毛布を掛ける。
一花は小さく頷いた。
リビングからはサーシャが食器を片付ける音が微かに聞こえる。
完全な二人きりではないにしろ、それでも少しだけ緊張した。
一花は横になったあとも眠れず身動ぎすると隣から声がした。
「眠れないか?」
アランは一花の反応を確かめるように頭に手を置き投げかけた。
「怖かったか」
一花の身体が少しだけ固まる。
何について聞かれているのか分かり、一花は考えてから首を横に振った。
アランは苦笑した。
「優しいな。普通は怒るだろ」
アランは天井を見上げた。
「最近の一花ちゃん無理して笑ってるね」
一花の肩がぴくりと震えた。
「別に無理しなくていいから」
穏やかな声だった。
「早く元に戻るといいな」
その言葉は命令でもなく励ましでもなく、ただ純粋な願いみたいだった。
一花は少しだけ心が解れた気がしてゆっくり目を閉じる。
アランは自分でも不思議だった。
どうしてこんなに気になり、放っておけないのか。
自分が傷つけたからなのか、ただもう泣いている顔は見たくなかった。
そんなことを考えているうちに、一花の呼吸はゆっくりと寝息へ変わっていた。
アランは小さく笑う。
「おやすみ」
そう呟くとアランもようやく眠りに落ちていった。




