19話
アランは目が覚めると身体の違和感が消えとても軽かった。
天井を見つめながら手をかざす。
(昨日は……ゲートに入ってオルンのスマホを見つけ……)
その後は覚えていなかった。
ゆっくり起き上がると自身が裸なのに気づく。
アランははっとして横を見ると隣のベッドに黒髪の小さな女性が横たわっている。
急いで傍に駆け寄り、鼻と口の前に手をかざすと一花は静かに寝息を立てていた。
(俺が手を出したのか…… )
力が暴走したとはいえ何も思い出せなかった。
アランはこんなことは初めてで、頭を抱えながらベッドの端に腰を下ろした。
アランは冷静になるため、シャワーを浴びて服を着てから一花のベッドに腰かける。
(俺の逆ガイディングを受けて生きてるなんてな…… )
アランは自身の力が強すぎて、満足のいくガイディングを受けたのは初めてだった。
パートナーで恋人のオルンでさえ、ここまでのガイディングをしてもらったことはないのに。
アランが一花の頭を優しく撫でるとゆっくり目を開けて起きた。
「一花ちゃん」
名を呼ぶが一花はぼーっと一点を見つめたまま反応しない。
「一花ちゃん!」
アランはもう少し声を大きくして呼び、頬を軽く叩いた。
ようやくこちらを向いたが、何か様子が変だった。
アランは眉間にシワを寄せる。
「ちょっと待ってろ」
そう言って部屋を出ていった。
一花は過剰ガイディングの影響で、目に靄がかかったように輪郭しか見えなかった。
耳は聞こえるのに声も出せなかった。
しばらくしてアランはサーシャを連れて戻ってくる。
部屋に入ったサーシャは一花の姿を見て固まった。
髪は乱れ、胸から上には行為の痕がいくつも残っている。
目は腫れ、涙の筋まで残っていた。
サーシャは怖がらせないようにゆっくり近づくと一花のベッドの端に腰かけた。
一花はサーシャの方を見ているが目が合わない。
サーシャは指をかざした。
「何本か分かりますか?」
その問いに一花は小さく首を横に振る。
「一花ちゃん、声出せますか」
一花は話そうとゆっくり口を動かしたが声は出なかった。
「耳は聞こえますか?」
一花は小さく頷く。
サーシャは怒りを押し殺しながらアランに告げた。
「恐らく過剰ガイディングの副作用で目と声に影響が出ています。目はゆっくりですが指を探していますので、なんとなくは見えているのかもしれません」
「治るのか?」
「神経を傷つけていなければ数日で治ると思いますが、今はなんとも……」
「そうか」
そう告げたアランにサーシャは怒りを滲ませた。
「アランさん。暴走は我々エスパーにとっては仕方のないことです。しかしここまでするのは酷すぎます。オルンが大事なのは皆同じです。だからといって他の人を傷つけていいわけじゃない」
サーシャの怒りはもっともだった。
「悪かった」
アランは素直に謝る。
「私ではなく一花ちゃんに謝ってください」
そう言い残しサーシャは部屋を出ていった。
一花は耳が聞こえるから何か答えようとした。
昨夜、逃げようと思えば逃げられたかもしれない。
だけどアランの行為から逃げなかったのは自分の選択だった。
手を伸ばし、少しでも苦しみを取り除いてあげたかった。
アランは声をかけてから一花を抱き上げるとそのまま露天風呂へ連れていった。
お風呂から上がると、サーシャが一花の部屋から持ってきてくれた荷物の中から服を取り出し着せてから朝食を食べさせた。
帰りの車に乗り込むため、アランに支えられながら駐車場まで歩いていくとヒロとレイは一花の様子を見るなり顔色を変えた。
「帰りは俺が運転するわ」
レイがヒロから車の鍵を受け取る。
アランと一花は一番後ろの座席に座った。
その前にヒロとサーシャ。
助手席に湊。
出入口に近い位置には愛菜が座る。
一花と愛菜は行きとは逆の立場だった。
車が走り出してしばらくした頃、ヒロが後ろを振り返った。
「おい、昨日お前が落としてったアザラシのぬいぐるみいるか?」
ヒロはアランの前でわざと聞くと一花は小さく頷いた。
ぬいぐるみを受け取ると、ぎゅっと胸に抱きしめる。
ヒロとサーシャにはその小さな仕草が心細さを表しているように見えた。
愛菜は前の席からその様子を見て内心苛立っていた。
マンションへ帰ってくると愛菜は一花の腕に手を回した。
「一花ちゃん一人で大変でしょ。女同士だし私が介抱してあげるから」
そう言いながら荷物と一花を支えて部屋に向かい玄関へ入る。
しかし部屋に入った途端、一花の荷物を床へ放り投げた。
「ねー、今度はなんなの。目が見えない、話せないってガイド失格でしょ。自分で過剰ガイディングして壊れてアランさんたちに面倒みてもらうとかマジでウザすぎ」
一花は俯いた。
「あんたの面倒なんて見るわけないでしょ。当分部屋から出てこないで。自分でどうにかしなさいよ」
そう言い捨て、愛菜は部屋を出ていくと玄関のドアが閉まる音だけが静かに響いた。
一花は靴を脱ぎ、壁に手をつきながら感覚だけで部屋へ進むと、さっき放り投げられた鞄に足が引っかかる。
「っ……」
そのまま床へ転んだ。
(痛っ……)
一花は打ち付けた膝を押さえた。
鞄とアザラシのぬいぐるみを持ちながら、どうにかソファーまで辿り着いた。
身体を沈めるように座り、背もたれに寄りかかる。
少し休んだ後、水を飲もうと冷蔵庫へ向かったが視界がぼやけているせいでダイニングテーブルの端にぶつかるとガシャンッと音がして何かが床へ落ちて割れた。
それでもどうにか水を手にしてソファーへ戻る。
一口飲んだ瞬間、張り詰めていた気力が切れた。
一花はアザラシのぬいぐるみを抱きしめたまま静かに目を閉じた。




