2話
狭い部屋にカーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。
一花はゆっくりと目を開け、ぼんやりと天井を見つめたまま小さく息を吐いた。
「行きたくないな……」
国家特務保安管理局でガイドとして働き始めて四年近く経っていたけれど一花に安堵できるような場所はなかった。
政府直属機関のギルドなので能力者の数は日本のギルド内では一番多くの者たちが所属していた。
その分ランク社会も徹底していた。
最低ランクであるDランクガイドの一花を必要とするエスパーはほとんどいなかった。
他ギルドへの所属も考えたことはある。
しかし、Dランクの自分を受け入れてくれる場所があるとは思えなかった。
「……はぁ……」
一花は大きくため息を吐き、ゆっくりとベッドから降りた。
支度を終え、いつもの時間に家を出る。
満員電車に揺られながら一花はぼんやり窓の外を眺めていた。
今日も変わらない一日が始まる。
国家特務保安管理局の巨大な施設の中では、多くの能力者たちが忙しなく働いる。
一花は今日も書類整理を押し付けられ、大量のファイルを抱え廊下を歩き、曲がろうとしていた時だった。
「Cランクギルドが何しに来たんだよ」
男の馬鹿にしたような声が聞こえる。
「ランク関係なく報告義務はあると思いますよ」
「どうせしょうもない事だろう」
「お前たちこそ仕事無くて暇なんじゃねぇの」
「なんだと。ふざけんなよ」
男の手から大量の水が宙を走り放たれた。
しかし手前の男が軽く身を逸らしたことで、行き場を失った水がそのまま一花へ直撃した。
「きゃっ……!」
身体が壁へ叩きつけられ、抱えていたファイルや書類が床へ散らばった。
制服も髪も一瞬でびしょ濡れになる。
「悪い。大丈夫か」
声をかけられ、顔を上げると目の前に手が差し出されていた。
金髪に光を受けて輝く黄金色の瞳。
整いすぎているほど綺麗な顔立ちだった。
一花は戸惑いながらその手を取った。
「書類まで濡れたな。今乾かしてやる」
男がそう言った瞬間。
ふわり、と温かな風が一花の身体を包み込んだ。
髪も服も床に散らばった書類も全てが一瞬で乾いていく。
一花は驚いて目を見開き固まっていた。
「ありがとうございます……」
どうにか小さな声で礼を言えた。
「痛いところはないか」
「大丈夫です」
壁に当たる瞬間、背中にふわっとしたものを感じ激突はしていなかったのだ。
男は優しく微笑んだあとゆっくり振り返り、先ほど言い争っていた男たちを見据える。
「うちの者にむやみに絡まないでもらえるか」
落ち着いた声なのに、その場の空気が一瞬で変わる。
息が詰まるような圧。
凄まじい威圧感に廊下が静まり返った。
「アランさん、そのくらいにしてください」
茶髪の別の男が止めに入る。
絡んできていた男たちは顔を青くしていた。
「す、すみませんでした……」
逃げるように去っていく。
それを見届けてから、金髪の男、アランは再び一花へ向き直った。
「君も巻き込んでしまい悪かったな」
「いいえ……」
小さく返事を返すとアランが少し身を屈め一花をじっと見つめた。
「君、書類仕事得意?」
「得意というか、Dランクなので受け持つガイディングが少ないので書類仕事をしています」
そう答えた瞬間、周囲にいた男たちの視線がわずかに変わった。
アランは数秒一花を見つめたあと話し始めた。
「よかったらうちで働かないか」
「……え?」
突然の言葉に一花は目を見開いた。
「簡単な書類作成と整理。あとは余裕があればガイディングを頼みたい」
「私……Dランクなんですけど……いいんですか?」
「うちはCランクギルドだから負担は少ないと思うよ」
そう言ってアランは名刺を差し出した。
「これあげるから、よかったらうちに来て」
一花は戸惑いながら受け取った。
そこには、
────────────────────
【オルンギルド】 ギルドマスター
アラン・シード
────────────────────
と書かれていた。
一花は呆然としたまま顔を上げると男たちはそれぞれ違う雰囲気を纏っていた。
静かな威圧感に張り詰めた空気。
Cランクギルドとは思えないほどの雰囲気だった。
「私たちは失礼する。事務所で待ってるよ」
アランは優しく微笑み軽く手を振る。
そのまま男たちは廊下の奥へ去っていった。
しばらくして。
一花から離れた男たちは無言で廊下を歩いていた。
最初に口を開いたのは湊だった。
「アランさんが勧誘するなんて初めて見ましたよ」
「彼女にはちょっと気になるものを感じたんだ」
アランは淡々と答える。
「来るか来ないかは彼女次第だけどな」
「ふ~ん……」
湊が意味深に笑う。
するとアランは視線を前へ向けたまま低く言った。
「それより、湊、サーシャ。さっきのあれはなんだ。ここでは気をつけろと言ってるだろ」
「俺たちは絡まれただけで何もしてないですよ」
湊が納得いかなそうな顔で答える。
「それでもだ。サーシャがついていたんだから上手く止めるべきだったろ」
「すみませんでした」
サーシャが素直に頭を下げた。
アランは小さく息を吐く。
「今ここでバレるわけにはいかないだろ」
その一言で湊はおとなしく謝った。
「ごめんなさい……」
「分かればいい」
そう言ってアランは再び歩き出した。
規則正しく響く足音。
歩きながらアランは先ほど一花に触れた手を眺めた。
「どうしました」
大輝が声をかける。
「……いや」
低く呟き、再び前を向いた。
その横顔はいつも通り冷え切っていたが、金色の瞳だけがどこか薄暗く揺れていた。




