1話
《登場人物》
◉桜田一花
【オルンギルドメンバー】
◉アラン・シード(ギルドマスター)
◉荻園大輝(呼び名:ヒロ)
◉レイ・クロセント
◉サーシャ・メルディアス
◉戸瀬湊
◉オルネア・ライドネス(呼び名:オルン)(ガイド)
【国家特務保安管理局】
◉黒川誠一(管理局ギルドマスター)
◉新島愛菜(管理局所属ガイド、黒川のパートナー)
◉橘 悠真(黒川の補佐官)(Sランクエスパー)
雨上がりの夕方だった。
「一花、今日の晩ご飯なに食べたい?」
優しい声に一花は母を見上げた。
八歳の一花にとって母は世界で一番大好きな人だった。
「ハンバーグ!」
「昨日も食べたでしょう?」
「じゃあオムライス!」
「ふふ、どっちも好きね」
母が笑い、一花もつられて笑った。
その時、急に空が裂けガラスが割れるような嫌な音が響く。
── バキッ、と。
黒い闇が広がり、道路の真上に巨大な亀裂が現れ、人々の悲鳴が広がった。
「ゲートだ!!」
「逃げろ!!」
一花は恐怖で動けず立ち尽くしていた。
黒い穴の中から赤黒い皮膚に異様に長い腕を持ち、獣のような唸り声を上げた魔物が出てくる。
「っ……」
母の手が一花を強く抱き寄せる。
「一花、逃げなさい!!」
一花は母に突き飛ばされアスファルトに倒れ込んだ。
「お、お母さん……?」
次の瞬間。
魔物の爪が母の身体を貫いた。
鮮血が飛び散り、一花の頬に生温かい血がかかる。
「いや……」
母の身体が持ち上げられ噛みちぎられる音。
母の悲鳴。
「いち…か……にげ……て……」
「お母さん……お母さん!! いやぁぁぁ!!」
一花は必死に手を伸ばした。
行かなきゃ。
助けなきゃ。
でも身体が動かない。
怖い。
怖い。
怖い。
「ダメだ。落ち着け」
後ろから誰かに強く抱え込まれる。
「離して!! お母さんが!!」
一花は泣きながら暴れた。
けれど男は離さなかった。
視界の先には優しく微笑む母の顔。
赤い血。
魔物。
地獄みたいな光景だけが焼き付いていた。
── ある日を境に世界は変わった。
突如現れた“ゲート”。
黒い裂け目の向こうから現れる魔物によって、人類は瞬く間に恐怖へ叩き落とされた。
そんな中、異能を持つ者たちが現れる。
“エスパー”。
常人を遥かに超える身体能力や特殊能力を持つ戦闘能力者たちだが力を使うたび、その身体と精神は少しずつ壊れていく。
侵食が限界を超えれば暴走し、やがて死に至る。
そして、その暴走を止められる唯一の存在が“ガイド”と呼ばれる者たちだった。
ガイドは“ガイディング”によってエスパーの精神を安定させ侵食を癒やすことができる一方、エスパーと違いガイドの人数は少なく一人の負担が大きいのだ。
現在、世界各国では能力者管理体制が整備され、エスパーやガイドはギルドへ所属しながら、ゲート攻略と魔物討伐を担っていた。
これは、そんな世界の物語。
病院の霊安室。
一花は小さな身体を震わせながら、ベッドの上を見つめていた。
白い布の上にあったのは、母の遺体だった。
上半身しか残っていなかった。
父は母の遺体から目を逸らせないまま震えていた。
悲しみの向け先を探すようにゆっくり一花を見る。
「お前が出かけたいなんて言わなかったら、母さんは死ななかったんだぞ」
父の冷たい声。
「お前が殺したようなものだ」
一花はびくりと肩を震わせる。
「なんでお母さんなの……」
「お前が死ねばよかったのに。母さんを還せ」
兄妹たちも一花を責めた。
「ごめんなさい……」
腕と足に包帯を巻いた小さな少女。
本来なら守られるはずの子供だった。
なのにその場にいる誰一人として、一花に手を差し伸べる者はいなかった。
霊安室には、数人の能力者たちも同席していた。
ルーフェスギルド。
年齢層は20歳前後と若めのギルドだったが、実力では世界で有数の民間ギルドだった。
「妻を連れ帰っていただいて、ありがとうございます」
父親が頭を下げると家族もそれに続いた。
一花だけが部屋の隅で震えていた。
八歳の少女には何も受け入れられなかった。
ギルドメンバーたちは静かに頭を下げると部屋を出る。
その中で一人の女性が振り返った。
オルネア・ライドネス。
「あの子……大丈夫かな」
心配そうな声だった。
隣を歩いていた荻園大輝が眉を寄せる。
「確かに。あの状況じゃ何もできねぇな」
「ヒロもそう思うでしょ。あんなに責められて、心配だな……」
だが一番後ろを歩いていた男は感情を見せなかった。
「俺達には関係ない話だ」
アラン・シード。
二十二歳にして、ルーフェスギルドのギルドマスターとして皆をまとめている。
アランは淡々とした声で返す。
オルネアは納得いかない表情を浮かべた。
「そうだけどさ……。なんか気になるんだよね」
その夜。
桜田家、一花の部屋。
「お母さん……ごめんなさい……」
ベッドの中で一花は声を殺して泣いていた。
寝ても覚めても、優しく抱き締めてくれる人はいない。
頭を撫でてくれる母は、もういない。
どれほど時間と日数が経ったのだろう。
気づけば一花は笑わなくなっていた。
あの日以来、実家では無視され嫌味を言われ続けている。
高校進学と同時に家を出て一人暮らしを始めた。
アパートの契約や高校の入学金、制服代、手切れ金の五十万は父が出してくれた。
「必要最低限の責任は果たした。これでお前の顔を見なくてすむ。今後の生活費や学費は自分でどうにかしろよ」
父はそう言うと一花の前から去っていった。
手切れ金のお金を貰ったが数ヶ月分の家賃と生活費や学費で消えていく。
学校以外の時間でアルバイトを何個もかけ持ちして働いた。
高校二年生の十七歳になったある日。
一花は突然、“ガイド”として覚醒した。
日本政府直属機関 ── 国家特務保安管理局。
そこで適性検査を受けた結果、一花はDランク判定を受ける。
能力者にはランクが存在する。
最低ランクのD~国家機密指定されるSSランクまで。
その中で一花は最底ランクだった。
「ガイドでも少しは生活費の足しになるかな…… 」
一花は小さく呟いた。
昼間は学校に通い、放課後はアルバイトか国家特務保安管理局内のギルドで低ランクエスパー相手のガイディング補助を始めた。
けれどそこにも居場所はなかった。
「Dランクに何ができるんだよ」
「雑用だけやってて」
向けられるのは冷たい視線ばかり。
一花はただ静かに俯き雑用をこなしていた。
期待しなければ傷つかない。
必要とされたいと思わなければ失望することもない。
いつしか一花はそうやって自分の心を守るようになっていた。
自分の存在を望んでくれる人などもういないのだと思っていた。
それでも生きるためには前を向くしかなかった。
高校を卒業した後も管理局での仕事を続け、ガイドとして細々と働いた。
そして二十一歳になった現在、一花はまだ知らなかった。
十三年前、母を失ったあの日。
あの場所にいた人達と再び出会うことになり、その出会いが止まっていた時間を動かすことになるなんて —— 。




