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双面人生  作者: 名のないりんご
第二章 百鬼乱都編
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第37話 相棒の防人

とどめを刺そうとした、その瞬間だった。


空気が、爆ぜた。


背後から迫る殺気に、ポーカーは思考より先に身体が動いていた。横へ跳ぶ。


しかし、間に合わなかった。腕を何かが掠め、熱い痛みが広がる。


着地と同時に振り返ると、自分が立っていた場所のコンクリートが丸ごと抉れていた。


(拳、か)


視線を上げる。


大柄な男が、倒れた兎音のそばに立っていた。全身から滲み出る魔素が、鎧のように表面を覆っている。光を受けて鈍く輝くそれは、金属よりも硬質な印象を与えた。


男は無言で兎音を抱え上げ、少し離れたアパートの屋上まで飛び、距離を取った。


「遅くなった」


低い声だった。


兎音は男を少し押し退け、短く言った。


「……遅い。とりあえず、援護して」


「任せろ」


それだけだった。


長い時間をかけて積み重ねた信頼というのは、言葉が少ないほど重く見える。ポーカーはその二言のやりとりを聞きながら、静かに警戒を上げた。


(厄介なものが来たな)


魔式「追跡者」が、男の情報を拾い上げる。


丑丸 魔式『防人』。全身を魔素の鎧で覆う能力。その密度は尋常ではなく、通常の銃弾では傷すらつけられない。魔素を込めた弾丸なら話は別だが、それには集中する時間が必要だ。


問題は、その時間を作れるかどうかだった。


「行くぞ」


男が踏み込んだ瞬間、横たわった兎音が弓を構えた。


動けないはずだった。それでも、地面に足をつけながら矢を構える。その動作に、一切の迷いがない。


矢が飛んでくる。


真っ直ぐ来ると思った瞬間、軌道が変わった。右へ。さらに弧を描いて、背後から迫ってくる。


同時に、男の拳が正面から迫る。


(前と後ろ、同時か)


ポーカーは唇を噛んだ。


後ろの矢を躱せば拳に当たる。拳を躱せば矢が追いかけてくる。追跡者で軌道は読める。


だが、対処が間に合わない。


拳を最小限の動きで流し、矢を身体を捻って躱す。着地した瞬間、また矢が来た。今度は三本同時に、別々の角度から。


「っ……!」


一本、躱しきれなかった。


脇腹を掠め、コートが裂ける。深くはない。だが、確実に削られている。


銃を構え、男へ向けて撃った。


弾かれた。魔素の鎧が、銃弾を弾き飛ばす。


魔素を込めようとした瞬間、兎音の矢が牽制するように飛んできた。集中が途切れる。


(完璧な連携だな…)


認めざるを得なかった。


お互いの死角を完全に補い合っている。兎音が牽制し、男が詰める。男が詰めて、兎音が仕留める。どちらか一方に集中すれば、もう一方にやられる。


こういう連携は、長い時間をかけなければ作れない。


__________________


兎音は昔、丑丸から言われた言葉を思い出していた。


『なぜ1人で行動した!?俺が来なければ、お前は今頃殺されていたぞッ!』


1人で任務をこなそうと丑丸には何も告げず1人で敵の本拠地に乗り込んだ時だ。


『別に…私らは帝様の捨て駒。今更…命なんて…』


すると、丑丸は我慢していたことを吐き出すように、大声で怒った。


『俺たちはバディだ。お前が居なくなれば、俺は死んだも同然。俺はただの肉壁だ。だが、お前がいることで俺の存在意義が生まれる。自分の命くらい大切なものは他にはないだろう!?』


あらゆることを従順に行ってきた兎音にとっては、初めての注意、自分の行動の過ちを聞かされた。


__________________


兎音は矢を引きながら思う。


(もう大丈夫。2人でなら勝てる…と)


ポーカーは動きながら、魔式『追跡者』を発動させる。


次の動き。体力。状態。全てを把握していく中で、

『一つの情報』が引っかかった。


窮地でありながらも、少し笑ってしまう。


だが問題は、『そこ』に触れるまでの距離を詰めることだった。


矢が来る。躱す。


拳が来る。流す。


また矢が来る。今度は五本、扇状に広がりながら。


一本、腕を掠めた。


じわりと血が滲む。


それでも、ポーカーは足を止めなかった。


『追跡者』が、男の次の踏み込みを捉えた。


右足に重心が乗る。左へ踏み出す準備をしている。


その瞬間を、待った。


男が踏み込んだ刹那、ポーカーは銃を捨てた。


「なんだとッ!?」


男の目が、一瞬だけ動いた。


その隙に、懐へ飛び込む。


そして男の左の横腹を、全力で掴んだ。


「……っ!!」


男の動きが、完全に止まった。


膝が折れる。冷や汗が噴き出す。低い声が、夜に溶けた。


「なぜ……そこを」


「私の魔式『追跡者』は相手の体調も見れる。つまり、お前の弱点もお見通しというわけだ」


兎音が矢を番えようとした。だが、手が震えていた。連携の要が崩れた今、身体がついてこない。


ポーカーはもう一丁の銃を両手で構える。


引き金に指をかけ、魔素を込め始める。


腕が震えた。これだけの魔素を一発に圧縮するのは、並大抵のことではない。それでも、手を止めなかった。


「終わりだ」


引き金を引いた。


銃声ではなかった。


それは大砲のような爆音だった。


衝撃波が地面を抉り、北区の夜を白く塗り潰した。建物が揺れ、瓦礫が舞い上がり、提灯が跡形もなく吹き飛んだ。


轟音が消えた後、静寂だけが残った。


ポーカーは立ち尽くしたまま、崩れた街区を見渡した。


負傷した腕を押さえ、静かに息を吐く。


「私が本気じゃ無くて良かったな」


瓦礫の煙が、夜風にゆっくりと流れていく。

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