第38話 自堕落な零位
「なんで自分がこんなことしないといけないんだぁ……」
人気のない夜の神京市を、一人の警察官が歩いていた。
肩を落とし、手をポケットに突っ込んだまま、トボトボと歩いていた。
七瀬 太一。特殊第六課所属、弍式の魔式使い。
時は遡り……
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たまたま神京市の警察署に来ていたところを、二課と三課に捕まった。理由は単純だ。自分が零位の中村と面識があるというだけで、連絡役を押しつけられた。
「自分、別に中村さんの友達とかじゃないっすよ……ただの知り合いっすから」
「いや、お前にしか頼めない。ワシらもあいつの連絡先を知らんのでな。頼んだぞッ」
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溜め息を吐きながら、地図を確認する。中村が住むアパートは、西区の住宅街の奥にある。
「どーせあの人来るわけないって……。そういう人ってみんな知ってるじゃん……」
その時だった。
住宅の角から、影が飛び出してきた。
人の形をしているが、明らかに人ではない。顔が歪み、身体の輪郭がぶれている。先ほど報告にあった都市内を巡回している『妖怪』だという。
「んんんー??おめぇ、弱そうだなぁ。俺が一式級の妖怪って知ってんのかぁ??」
「……一式がそんな弱々しい魔素を放つわけないだろ」
七瀬はまた深くため息をついた。
魔素の密度を確認する。参式程度だ。見栄を張っているだけで、中身は大したことない。
「じゃあ、さっさと終わらせるか」
妖怪が突進してきた。
七瀬は動かなかった。避ける動作すらしない。
拳が迫る。顔面ギリギリで止めず、わざと当たらせ七瀬は耐える。
「どうだ? 俺の一撃……は…??」
その瞬間、七瀬の拳に魔素が集まる。
「じゃあ、俺のターンだな。魔式――」
「後手者」
後出しの一撃が、妖怪の腹に叩き込まれた。
相手の攻撃力を上回る威力。妖怪が吹き飛び、遠くの壁に叩きつけられて動かなくなった。
「いってぇ……これ怖いんだよなぁ」
七瀬は拳を解きながら呟いた。後出しの能力は、必ず一発もらう覚悟がいる。毎回ヒヤヒヤする。
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気を取り直して、アパートへと向かった。
アパートの前に着いた七瀬は、チャイムを押した。
返事がない。
もう一度押す。
やはり返事がない。
「……中村さん、いない。よっしゃっ!『アイツは居ない』とでも言って俺は帰ろう!よく頑張った!」
帰ろうとした瞬間、背後の気配が変わった。
振り返る間もなく、衝撃が来た。
「っ……!」
吹き飛び、中村の部屋の奥に叩きつけられる。
さっきの妖怪だった。身体から魔素が滲み出していていることから、さっきの死に際に魔式使いに目覚めたのだ。
「ちっ、トドメ刺しとけばよかった……!」
七瀬は舌打ちをしながら、後出しの一撃を決めようとするが、相手はそれをかわして横から蹴りを入れる。
壁を貫通して隣の部屋に転がると部屋の隅に怯える一般人がいた。
「……!。まじかよッ」
2人が恐怖の余りドアを開けて走り出す。妖怪が追おうとした瞬間、七瀬が割り込む。
「おらっ!テメェが攻撃してこないと魔式は発動しないんだよ!」
「…も、魔式『逆襲者』(リベンジャー)……」
すると、魔素が爆発的に増大し一気に一般人との距離を詰める。
河川の橋の上まで移動され、もう少しで追いついてしまう。
前に出てわざと一発をもらいながら返す、その繰り返し。
腕に、脇腹に、じわじわとダメージが蓄積していく。
(クソ、俺の上位互換が発動するとかマジかよ…このまま、わざと攻撃を受けて後手者で反撃するしか…)
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だが、身体にも限界がきてしまい、膝をつきそうになった、その時。
橋の向こうから、軽快な足音が聞こえてきた。
「……あ? なんか騒がしいな」
突然、ジャージ姿の男が現れた。耳にはイヤホン。どこからどう見ても、ジョギング帰りの一般人だった。
「中村……!さん…」
「七瀬じゃないの。なんでここにいんの」
「そんな話は後っすよ! 早く助けてほしいっす!」
中村は目の前に逆襲者がいるのに、面倒くさそうに息を吐いた。
「……俺、今日休みなんだけど。あと許可がないから…」
「正当防衛パンチしろ!あんたじぶんが面倒くさいだけだろ!」
「はあ」
中村はイヤホンを外し、タオルを何処かにしまう。
「魔式…逆襲者…お前…邪魔」
音速で拳が叩きつけられる。
土煙が起こる中、一般人と俺と中村さんはいつの間にか端の方にテレポートしていた。
そして次の瞬間。
音もなく、妖怪の身体がねじれていく。
何が起きたのか、七瀬には見えなかった。ただ、中村が人差し指と親指を擦っているだけだった。
「うぎぎぎギャァ!!!」
そして見えない力により身体が捻り切られて爆散した。
「終わり」
「……えぇ」
中村はまた何処からかコンビニの袋を出して、アパートの方向へ向かい出した。
「待ってください! 街を守るのを手伝ってほしいんすよ!」
「嫌だ。ゲームしたい」
俺がいい終わるより先に食い気味にブロックしてきた。
「俺は警察やめてんだよ。関係ないだろ」
「でも零位でしょ!?」
「零位は別に警察じゃない」
中村は振り返りもせず、スタスタと歩いて行く。
七瀬は肩を落とした。
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仕方なく、一般人をおんぶしながら中村のアパートまで着いて行った。
アパートに着くと、彼は急に持っていた袋を地面に落とした。
さっきの戦闘の余波で、壁が崩れている。アパートの外壁にも、大きなひびが入っていた。
「……あれ」
視線を上げると、中村の部屋があるはずの階の窓が、消し飛んでいた。
壁ごと、なくなっていた。
「……俺の部屋」
「あー……さっきの戦闘で」
「ゲーム機」
「え」
「ゲーム機が…俺の……セーブデータ…」
中村の声から、感情が抜け落ちていた。
しばらく沈黙が続いた後、中村はゆっくりと振り返った。
「……おい、妖怪、、全部片付ければいいんだろ?」
「え、あ、はい……!」
中村はイヤホンを耳に戻し、来た道を歩き出した。
「安心しろ。七瀬、俺がやってやるよ……ゲーム機の仇をな……」
七瀬はその背中を見つめ、小さく息を吐いた。
「……中村さん、あんた本当に零位すか?」




