第35話 開戦の予兆
神京市は、静寂と混乱の狭間にあった。
ドリームメイトの幹部たちは外に出て、低層ビルの屋上から大通りを見下ろしていた。
帝の放送が終わってから、まだ数分しか経っていない。
人々は立ち尽くしていた。スマートフォンを握りしめたまま動けない者、仲間と顔を見合わせる者、早足で路地へと消えていく者。祭りの提灯だけが、変わらずゆらゆらと揺れていた。
「……みんな、どうしていいか分からないって顔してるわね」
ソリティアが静かに言った。いつもの軽さが、今夜は鳴りを潜めていた。
「当然だろ。一般的なやつからしたら何が起こるのかわからんだろうしな」
ジャックが腕を組んだまま、眼下を見渡す。
「突然こんなことを言われて、冷静でいられる奴はいない」
ハーツは顔を顰めて、腕を組んだ。
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大通りの中心で動く影があった。
祭の誘導をしていた警察官だった。
「皆さん、落ち着いてください! 順序よく避難を――」
その瞬間だった。
人混みの中から、何かが閃いた。
鈍い音。
警察官がその場に崩れ落ちた。
「っ……!」
ハーツの目が、鋭くなった。
人混みが割れ、金髪のトゲトゲ頭の男が現れた。手には血に濡れたナイフ。周囲には同じような風貌の男たちが五、六人。全員の目が、血走っていた。
「ハハッ……! 強くなったぞ俺は……!!」
男の全身から、不安定な魔素が溢れ出している。
「あいつが……」
「帝が言っていた、『魔式』に目覚めた一般人か」
アルカナは静かに眼下を見据えた。
次の瞬間、男がこちらを見上げた。
「おい……! そこにいるの有名人じゃねえか……?」
指が、まっすぐ向けられた。
「倒したら、一気に注目の的になれるよなぁ……!!」
「魔式!『暴徒者』。行くぜ野郎共ッ!」
男が叫んだ瞬間、周囲にいた人々の目が変わった。
理性が抜け落ちたような、虚ろな目。男に操られた人間たちが、一斉にこちらへ向かって動き出す。
「……なるほど。周りを巻き込む能力か」
アルカナは、幹部たちを見渡した。
「5分で片付けてくれ」
「それでは遅いな」
ポーカーが銃を抜きながら、すでに動き出していた。
終わったのは、2分も経たないうちだった。
操られた人々は気絶し、男は地面に伏していた。
ハーツが木刀を肩に乗せ、つまらなそうに言った。
「主君、流石に舐めすぎではなかろうか?」
「ふ、ふーん。やるじゃん」
アルカナは恥ずかしさを誤魔化しながら、男の襟元を掴み、引き起こした。
「聞きたいことがある」
「っ……な、なんだよ」
「その力、どうやって手に入れた」
男は目を泳がせながら、掠れた声で答えた。
「……薬、だ。放送聞いてから……路地裏に呼ばれて、渡された」
「お前、魔式の適性はあったのか」
「そんなの……あるわけねぇだろ。ただ飲んだだけで……気づいたら使えてた」
アルカナは男を放し、静かに立ち上がった。
「適性なしで魔式を使えるようにした、か」
ネロが端末を操作しながら眉をひそめる。
「そんなこと普通できないよ。魔式って基本的に適正があって、死の淵で限界を超えた人間にしか発現しないはず」
「いや、一つ思い当たる魔式がある」
ポーカーが割って入った。
アルカナは夜空を見上げた。
「当たり前を塗り替える力。適性という前提を無視して、誰にでも魔式を与えられる……『夢』のような魔式がある」
「帝の魔式じゃないの?」
「違う。帝の魔式は別だ。あいつのことは昔からよく知っている」
沈黙が落ちた。
「帝は何かを隠しているってことですか」
ソリティアが静かに言った。
「可能性はある。今は確認できないが」
アルカナはコートを翻し、幹部たちを見渡した。
「動くぞ。帝の幹部は確か十二人。魔力反応を感じて、六つの区画に分かれている。俺たちも同じく六つに分かれよう」
地図が展開される。神京市を六つに区切った図が、ネロの端末に映し出された。
「南はハーツと俺。北はポーカーと戦闘員を連れろ。ネロは、ソリティア、ジャックは其々で動いてくれ。リヴェルダは捕まえたこの魔式使いを警察署に届けてから怪我した人の治癒を」
「了解じゃ」
「承知した」
「任せろ」
返答が重なった。
ネロだけが、端末から顔を上げて言った。
「あと一つはどうすんの?」
「さっき連絡があってな……」
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場面は変わり、一匹の『紅い狼』が、西山寺の屋根の上から街を見下ろしていた。
神京市の長い夜は、まだ始まったばかりだった。




