第31話 前夜祭
神京市に来たのは、紅月との戦いから一ヶ月が経った頃だった。
特殊三課との合同演習という名目だったが、本来の目的は別にある。
この街で不審な動きを見せている『帝』の警戒だ。
だが、今夜はそういう話ではない。
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神京市は、かつて街ごと巨大な要塞として機能していた。市全体を分厚い石垣が囲い、外からは城塞のような威圧感を放っている。だが、その内側に足を踏み入れると、全く異なる光景が広がっていた。
石畳の路地に沿って、年季の入った木造の町家が軒を連ねている。格子窓から漏れる灯り、瓦屋根の連なり、磨き込まれた石畳。その合間に、現代のビルがごく自然に建ち並んでいた。古いものと新しいものが、互いを主張せず共存している。どこか不思議な景観を保った街だった。
そして街の中心には、神京城がそびえ立っている。夜の闇の中でもその白壁は鈍く輝き、遠くからでも街全体を見下ろすように存在感を放っている。
今夜はその城下町の大通りが、歩行者天国になっていた。
ビルとビルの間に張り巡らされた無数の提灯が、橙色の光を柔らかく落としている。風が吹くたびにゆらゆらと揺れ、石畳の上に光と影が交互に踊った。屋台が通りの両側に構え、焼き鳥の煙、たこ焼きの香ばしい匂い、林檎飴の甘い香りが混ざり合いながら夜風に乗ってくる。
遠くから、祭囃子が聞こえてきた。
笛の音が細く高く響き、太鼓の低い音がその下で地面を揺らすように続く。どこかの辻から流れてくるその音は、喧騒の中でも不思議と耳に届いた。
浴衣姿の人々が行き交い、子供たちが金魚すくいの桶を覗き込んでいる。老いた夫婦が並んで歩き、若者たちが屋台の前で笑い合っている。
百鬼夜行祭の前夜祭。一週間程続く祭りの、始まりの夜だった。
「ねえ、そこ右!あっちに唐揚げ食べたい!」
頭上からネロの声がする。
「右って言っても、お前が重いから曲がりにくい」
「失礼!これでも軽い方だから!」
僕の肩の上で、ネロが唐揚げの屋台を指差しながら騒いでいた。
迷子になるからという理由で肩車を要求してきたのはいいが、祭が始まってからずっとこの調子だ。もう首が痛いよ、、。
石畳の上を、人の波が緩やかに流れていた。
屋台の明かりが揺れる中、浴衣姿の女性二人がこちらへ歩いてくるのが見えた。
一人は金髪を緩くまとめ、もう一人は――見覚えのある顔だった。
「あ」
ネロが肩の上で声を上げる。
「ハーツじゃん」
「ん?……あぁ、確かに。声でもかけてみるか」
ハーツ――楓は、隣の友人と並んで立っていた。いつもの木刀を腰にさし、淡い色の浴衣を着て、髪を緩く纏めている。普段とのギャップに、思わず目が止まった。
「えっ、楓の知り合い?」
隣の友人が、興味津々な目でこちらを見た。
「まぁね。古い付き合いかな」
「もしかして、楓のお兄さん?」
その一言に、空気が止まった。
楓の表情が、ほんの一瞬だけ固まった。
「……それは無いよ」
「えっ、でもなんかそういう雰囲気だし…」
「いや、兄は…とにかく違うんだ」
その声に、いつもの静けさとは少し違う何かが混じっていた。
隣の友人は空気を読めていないのか、「えー、そうなんだ」と首を傾げている。
沈黙が続いた、その瞬間。
「あーっ!あそこ!あそこの屋台!!」
頭上からネロの声が炸裂した。
「りんご飴!超でかいりんご飴売ってるー!!蓮兄ちゃん行って行って!!」
「おい急に髪を引っ張るな」
「早く早く!売り切れちゃう!!」
ネロが僕の頭を両手でぐいぐいと押し始める。
「あー、ごめんね。こいつが騒ぎ出すと止まらないから」
友人が吹き出した。
「なにこの子、可愛い!」
「可愛くない!子供扱いしないで!」
楓が小さく、しかし確かに息を吐いた。その表情から、さっきの固さが少しだけ和らいでいた。
「……じゃあまた会いましょう」
「うん、またね楓!」
二人は人波の中へと消えていった。
その後も大通りを歩いていると、見覚えのある後ろ姿が見えた。
屋台を無表情に眺めているのはポーカーだった。
「珍しいな、こんなところに」
「暇つぶしだよアル……蓮君」
「祭りを楽しんでるんじゃないのか」
「していない」
そう言いながらも、手には串に刺さった団子が握られていた。
ネロが肩の上でニヤニヤしている。
楽しんでるんだな……何か言ったら怒られそうだし邪魔しないでおこう。
しばらく歩くと、妙な屋台が目に入った。
他の屋台とは明らかに雰囲気が違う。薄暗い布で覆われた小さな台の上に、色とりどりの小瓶が並んでいる。手書きの看板には「秘伝の薬草」と書かれていた。
屋台の主は、深めのフードを被った小柄な人物だった。
「いらっしゃいませ。今夜は特別な夜ですので、特別なものをご用意しておるぞ」
聞き覚えのある口調だった。
「……リヴェルダ」
フードの奥から、鋭い目が覗いている。
「おや、アルカナ様。気づきおったか
「何をやってるんだ」
「実験じゃ」
悪びれる様子もなく、リヴェルダは小瓶を一つ持ち上げた。
「祭という場は、人の感情が高ぶっておる。そういう状態の人間に薬を投与すると、魔素への反応がどう変わるか興味があってのう」
「一般市民に試すな」
「大丈夫じゃ。副作用は軽い腹痛程度じゃから」
これは、止めても無駄だな。
ネロが肩の上でお腹を抱えて笑っていた。
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同じ頃。
大通りに建つオフィスビルの一室に、二人の人物がいた。
窓の外には、提灯の灯りで橙色に染まった城下町が広がっている。
「帝の部下が動いたぞメリッサー
机の前に立った髪の無い男が、淡々と言った。
髪無鶴吉。特殊三課の課長。光る頭を備え、頑固そうな眉毛と髭をしている。
「めんどくさいな〜。また勝手な零位か。羨ましい!」
メリッサはソファに深く腰かけたまま、バタバタと足を動かした。
「そんでどんな感じ?」
「市内各所に散らばっとるな。三課だけじゃ手に負えん。だから貴様らを呼んだのだ」
鶴吉は資料をテーブルに置いた。
「奴は、ここで何かをおっ始めるつもりだろう」
「だろうね〜」
メリッサは足を組み替え、口元に薄い笑みを浮かべた。
「演習どころじゃないね。最悪の祭が始まりそうだれ
「どうする?今からでも許可を貰ってお前が動くか?」
「とりあえず今夜は泳がせる。慌てて動いても、向こうの手の内が見えないし。てか、上層部のハゲも動かんでしょ」
鶴吉は静かに頷いた。
「……え?ハゲ?」
メリッサは窓の外を見つめたまま、低い声で続けた。
「それはさておき、ドリーム・メイトもこっちに来るんじゃ無い?」
「確認しとるが、今のところはあまり動いとらんようだ。探るか?」
「いや泳がせるよ。今は、敵を作らないほうがいいのさ。これからの舞台に備えないとね」
窓の外で、祭囃子が遠く響いていた。
お久しぶりです!
かなり長くなっちゃいましたが、これから百鬼乱都編開幕します!




