第27話 夢創者
夜の街に、轟音が響き渡った。
ヴォルクの塊が動くたびに、周囲のビルが揺れる。
肉の表面から伸びる無数の腕が、建物の壁面を抉り、路面を叩き割った。
人とも獣とも呼べないその姿は、赤い月の光の下でより一層禍々しく見えた。
アルカナは距離を保ちながら、その動きを観察していた。
「……バケモノだな」
黒い鎖が地を這うように伸びてきた。
跳躍して躱す。着地した瞬間、今度は別の方向から鎖が迫る。
支配者の鎖。
空間を縦横無尽に支配し、逃げ場を削ってくる。
以前のヴォルク単体の時よりも、圧倒的に速い。
「だが、捌けないわけではないな」
アルカナは鎖の一本を掴み、軌道を逸らした。
だが次の瞬間、鎖を足場に跳んできた影がいた。
姿がない。
黒瀬の残像だ。取り込まれた今も、その能力は生きている。
避けてすぐに、ガリアの爪を持つ腕が魔素ごと奪おうと伸びてきた。
触れた場所から、魔素が引き抜かれていく。
地上の逃げ遅れたものや警察官達がまたバタバタと倒れていく。
鎖、残像、略奪。三つが組み合わさると、攻撃を仕掛ける隙がない。
しかも傷を負わせても、ルナの血が持つ完璧な狼族の再生能力が瞬く間に修復していく。
(さて、大体分かったかな)
アルカナは息を整え、コートの内側に手を伸ばした。
ナイフを抜く。銃を構える。
「……では」
両方の刃と銃身に、魔素を圧縮して込めた。
「『夢創者』の強さを教えてやろう」
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地上では、残党狩りが続いていた。
「まだ動いてんのかこいつ」
ジャックが倒れかけた紅月の団員を壁に叩きつけ、舌打ちをした。
周囲には戦闘不能になった団員たちが散乱している。
数は減っていたが、完全には終わっていない。
「ジャック、北側にまだ三人残っておるぞ」
リヴェルダが穏やかに言いながら、負傷した警官の傷を塞いだ。治癒の魔素が傷口に滲み、見る見る間に閉じていく。
「分かってるよ!口挟むくらいなら茶でも啜ってろ!」
ジャックは歩き出しながら、ふと屋上に目を向けた。
轟音。瓦礫が舞い上がり、夜空に散る。
「……あんな化け物相手に一人か」
「心配か?」
「んなわけねぇだろ」
ジャックは前を向き直した。
「ボスの相手してるデカ物の方が可哀想なだけだ」
少し離れた場所では、ネロが端末を操作しながら建物の影に身を潜めていた。
「防犯カメラ、半径三ブロック分は確保してる。残党の位置は随時送るから」
通信機に向けてそう言いながら、指が端末の上で止まる。
画面の端に映る屋上の映像。
「……」
ネロはしばらく無言でその映像を見つめ、それから静かに端末を切り替えた。
「ポーカー、追跡者でルナさんの状態は分かる?」
『生きている。それだけは確かだ』
「……そっか」
それだけ確認して、ネロは端末に向き直った。
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路地裏に止めた車の中で、メリッサは窓の外を見上げていた。
上層部の判断は変わらない。自分は動けない。
だが、それでも目が、屋上から離れなかった。
鎖を躱し、残像を読み、爪から魔素を守りながら反撃の糸口を探し続けるアルカナの動き。
無駄がない。
限界まで研ぎ澄まされた、洗練された動きだった。
「……なるほどね」
メリッサは小さく呟いた。
アルカナは敵であるが、憎めない。理由として、政府側の人間として動けない自分の代わりに人々を助けてくれている。
悪い奴ではない。それだけは分かった。
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ヴォルクは止まらない攻撃を繰り返す。
あたりは瓦礫の山になり逃げ場はもうない。ついにアルカナを鎖で捕まえて魔式『略奪者』で全ての魔力を吸い尽くす。
「ぐ…グブブ」
勝ったと確信して笑みを浮かべていると、何故かアルカナは死んでいない。それどころかピンピンしている。
「んん?どうした?魔力を吸っても死なないのはおかしいって思ってるだろ」
捕まった鎖をナイフで切り裂く。
「答え合わせの時間だ。魔式『魔泉士』『追跡者』『狂戦士』発動」
三つの魔力を持った光が夜空に輝いた。




