48話 日常へもどる
アイオライドローアの体は完全に崩れ、残骸は光となって消えた。
ギターを弾く手を止めると、バッシュノードも遠吠えをやめる。
少しだけもの悲しい。
「ボクのファンか………ありがとう、アイオライドローア。そんなことを言ってくれる奴は一人もいなかったよ。君が最初の、ただ一人のファンだ」
まぁ、ボクの音楽に惚れたファンじゃないんだけど。
プロに届かなかったギターマニアの悲しい自己満足ということで。
バッシュノードの頭から降りて、その黒獅子の巨体を見やる。
ボロボロだ。アイオライドローアに貫かれた矢はヤツとともに消えたけど、傷はそのまま残っている。
「バッシュノード、君ともここでお別れだ。今までありがとう」
彼がボクを見下ろす目は、気のせいか優しい。
「さっきの戦い。時々に、命令じゃなく自発的に君がボクを守ってくれていたような場面があった。もしかして、そうなのかい?」
バッシュノードは答えない。
だけど、それでいい。
ボクだけが、彼の優しさを信じていればいいさ。
「本当にありがとう。バッシュノード、君も眠れ」
星宮石を取り出し彼を封印する。今度は長い眠りになるだろうね。
「おおーい、アメリア!」
ふと振り返ると、暁斗とレイラさんが駆け寄ってくる。
………って、レイラさん、イキオイつけすぎですよ!?
「アメリア! このォ! お姉ちゃんの体でなんてこと!」
頭をポカポカ叩かれた。
「わわっ! ごめんなさい。ああいうやり方しか出来なくて」
「いや………レイラさん、それは違う。あれほどどうしようもなかったアイオライドローアを、あれで倒したんだ。あの捨て身が勝利を引き寄せた。アメリアは本当に大したやつだ」
「それは………そうかもしれないけど」
「はは………でもレイラさんのお姉さんの体を危険にさらしました。褒められる勝利じゃないですよ」
あらためて二人の顔を見ると、なつかしさでいっぱいになる。
うん……やっぱり戻ってよかった。サヨナラを言って別れられる。
「暁斗さん。そう言えばアイオライドローアが突っ込んでくる前に何か言いかけてましたね。何を言おうとしてたんです?」
「んん? ああ、大したことじゃない。どうしてまたこっちに戻ってきたのかって、聞こうとしたのさ」
「ああ、星宮石の楔を解き放ったアイオライドローアを倒しにきたんですよ。ゾディファナーザに頼まれてね」
「やっぱりそうか。じゃあ、それが終わった今、お前は………」
「はい、お別れです。はからずも『サヨナラ』を言う時間が出来ました」
「そうか……そうなんだな」
少しだけしんみりとした空気が流れた。
「この世界、ずいぶんと破壊されてしまいましたね。メリサストローアの時間逆行ですべてを無かったことに出来るんですか?」
――「いや、残念だが不可能だ」
「あ、アンタは!」
「ドクター・ベウム!」
「お父さん!?」
いつの間にやら車の中にいた金髪の少年ドクター・ベウムが立っていた。
「メリサストローアの完全破壊はまぬがれたとはいえ、水瓶部分は破壊された。あれは星宮獣の活動エネルギーの集積装置だ。アレが破壊されたとなると、エネルギーを集めることが出来ず、時間逆行も不可能だ」
「そうか……つまり世界はこのまま大量の死者と破壊の痕を残したままか」
「ああ……過去の罪を消すためにしたことが、さらにどうしようもない罪と過ちを重ねただけになった。罪から逃げようとすること自体が愚かな事だったのだろうな」
なんてこった。これからこの世界は大いなる惨禍の爪痕を残して、未来へ進まなきゃならないのか。
「パパ……」
「ああ、レイラ。今さら逃げるようなマネはしないさ。最後のブラック・ゾディアックとしてすべての罪を背負い、おとなしく獄に入るとしよう」
「これから、この世界は………うっ?」
眩暈がした。
意識がここからどこかへ引っ張られるような感覚だ。
「どうした?」
「どうやらボクの滞在期間も終わりのようです。暁斗さん、レイラさん、お別れです」
「そんな………」
「いつまでもマリーベルさんの体を借りるわけにはいかないですからね。これで………いいんです」
ふらりと足元がおぼつかなくなった。
そんなボクをレイラさんが優しく受け止める。
「ありがとう、アメリア。ずっと忘れない」
「桜庭さんにも………よろしく言っておいてください。最後に迷惑かけて、ごめんなさいって………」
「うん………アメリアもアメリアの世界でしっかりね」
「じゃあな! 元気でな!」
二人の泣いている顔が、あの世界で見たものの最後だった。
うん、上出来だ。
今度こそ、心残りなく元の世界にもどれる。
これで………いいんだ――
――「う……」
「戻ったなカズシ。礼を言う」
ふと気がつくと、そこはまたあのドライブイン。その喫茶コーナーだった。
そして僕の体は元の高見沢数志のもの。
そして声をかけたのは謎の少女ゾディファナーザ。
相変わらず目を閉じている。
「あれから、どのくらい経った?」
「ほんの数分だ。ほとんど時間はたっていない」
「そうか。よっと」
イキオイをつけて立ち上がる。
まだ少し眩暈はするけど、たしかに自分の体だ。もうアメリアになることはない。
「それで、このドライブインに迷い込んでから、まだ一日はたってないんだね? まだあの日なんだね?」
「さすがに日付は越えたがね。その翌日の朝方だな」
「良かった。なら卒業ライブには間に合うな。ちょっとお金を使って、大きいライブハウスのステージで歌わせてもらえることになってたんだ」
「フフ、ずいぶんな経験をしたというのに、もう日常にもどるか。大したものだ」
「まぁ、その経験のせいかな。少しだけ強くなったような気がする」
「気のせいだけではないがな」
「え?」
「君は星宮獣マスターとして、ずいぶんバッシュノードと同調した。おそらくは力の一部が君の魂に残っている」
「ふぅん? それでどうなったんだ、僕は」
「わからん。だから気にとめておいてくれるだけでいい」
「そっか、じゃあ覚えておく。もう行っていいんだね?」
「ああ、お別れだ。私のかわりに事態を収拾してくれて感謝する」
「あの世界はこれから大変だろうけどね。君の不手際のせいで」
「そうだな。時間逆行が行われなければ星宮石も厳重に管理されるだろう。星宮獣に下手なことをしないよう手を打たねばならんな」
「どこまでも星宮獣のことが優先か。大した仕事熱心だ」
「巫女だからな。管理を誤れば、君がもたらしてくれた平和は無意味に帰す」
うん、彼女も彼女の仕事に真剣なんだな。
だけど僕はここまで。あの世界のことも星宮獣のことも過去にして進まなきゃいけない。
「星宮の巫女ゾディファナーザ、僕は行くよ」
「ああ。君は君の日常にもどれ。君がもたらしてくれた奇跡とともに、君のことは忘れない」
こうして僕のTS不思議体験は終わった。
太一と優太を起こして車で元来た道を戻ってゆくと、ほどなくして見覚えのある景色へと帰れた。
ここから目的のライブハウスへは、急いでギリギリだ。
「フフッ、アニメみたいな空だな」
久しぶりに見上げた空は、アニメみたいに澄んで綺麗だった。
次回で最終回です。エピローグに数志のそれからを少しだけ書きます。




