密談
王国某所、とある商会の一室にて。
フィリップと商会の会長による密会が行われていた。
「お久しぶりでございますなフィリップ様。此度はどのようなご用件で?」
この商会は王国でも一、二を争う大きさで、この商会で買えないものは無いと評されるほどの品数を誇る。
取り扱っている商品も生活雑貨からアクセサリー類、武器や防具まで幅広く取り揃えており、加えて他国にも太いパイプを持っているので珍しい調度品や土産物なども入ってくる。
そのコネクションを利用して様々な情報を仕入れてくれるため、王族や貴族からの信頼も厚い。
商会からしても得意先である彼らの機嫌を損ねることは重大な損失に繋がることと同義であり、どんなに難しい要望でも最善を尽くすのが商会の流儀なのだ。
「実は、お前に頼みたいことがあってな」
「ほう、頼み事とは珍しいですな。して、その頼みとは何ですかな?」
「お前にユグドラシルに取り次いでほしいのだ」
会長は一瞬言葉を失った。
聞き間違いでなければ、今彼はユグドラシルの名を口にした。
確かに自分達は裏社会にも通じている。しかしそれはあくまで規模の小さな組織相手であり、本当に手を出してはいけない相手にはなるべく関わらないスタンスだ。
商会にとってその手を出してはいけない相手こそユグドラシルであり、下手に関われば犯罪の片棒を担がされかねない。
万が一ユグドラシルと内通していることが明るみになれば、あらぬ疑いをかけられるかもしれない。
信用が命の商人にとって、それだけは何としても避けたいことだった。
「安心しろ。お前達に手を出すようなことはさせん」
「それならいいのですが…」
態々ユグドラシルを指名するあたり何か事情があるのだろうが、そこに踏み込めばよからぬことに加担させられそうなので追求しないことにした。
触らぬ神に祟りなしというヤツだ。
「この手紙をユグドラシルに届けてくれればそれでいい。もし返事が届いたら渡してくれ」
「――かしこまりました」
手紙を受け取った会長は懐にしまうと使用人を呼んでフィリップを見送るよう伝え、自分は寝室に向かって寝巻きに着替える。
大切な取引相手であるフィリップの頼みを無碍にはできないが、かといってユグドラシルと関わるのはリスクがある。
今回の件、どう対応すべきか考えながら会長は眠りにつくのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
それから数日後、フィリップはユグドラシルのアジトに出向き、密談を交わしていた。
商会が通じている組織を介してユグドラシルと連絡を取り合い、こうして密談の場を設けたわけだが、思わぬ人物が出てきた。
彼の名はハインケル・スミス。
ユグドラシルの幹部の一人で、ムスペルヘイムの席を任されている人物である。
「貴様のことは聞いているぞ。フィリップ・ネブロス。貴様ほどの者がいったい組織に何の用だ?」
額に傷のある壮年の大男。その肉体は鎧に隠れてはいるが、幹部の名に恥じぬほどに鍛えられている。
彼の両脇に侍る部下が彼の武器を預かっているが、部下の背を超すほどの巨大な槍は炎のような模様が螺旋状に施されており、様々な芸術品を見てきたフィリップも一目見てなかなかの逸品だと感嘆した。
そんなことはさておき、フィリップは話題に入る。
「お前達に殺してほしい者がいるのだ」
「ほう?」
顔色ひとつ変えずハインケルは顎髭を触る。
貴族や他の組織から暗殺の依頼が舞い込むのは珍しいことではない。そんな仕事など常日頃やっている。
だからこそ何の面白味もない。
まあ貴族連中は金払いがいいから引き受けているが、場合によっては断ることもある。
こっちにだって拒否する権利はあるのだ。
「お前達は勇者の存在を信じているか?」
「馬鹿馬鹿しい…と一笑に付すところだが、信じよう」
「本当かね? ――自分で言っておいて何だが、荒唐無稽だと思わなかったのか?」
「以前他国で勇者と接触したことがあってな。戦闘にはならなかったが、アレは勇者の名に恥じぬ実力を持っていた」
当時のことを振り返りながらハインケルは顔の前で両手の指を合わせる。
以前諜報のために訪れた国で出会った勇者は見た目こそどこにでもいるような風貌の若者だったが、その身に宿した膨大な魔力は冷や汗をかくほどのものだった。
もしもその勇者と同じレベルなら自分では到底敵わない。上層に名を連ねる奴等なら確実に勝てるだろうが、何年も下層から上に行けない自分ではきっと役には立たない。
「安心しろ。今回のターゲットはまだこの世界に来たばかりの勇者だ。お前の部下でも充分対処できる」
ハインケルの不安を読み取ったフィリップは勇者がまだ弱いことを伝える。
そして懐から小包を取り出すと紐を解いて中身を見せるように置く。
「とりあえず、前金として金貨十枚でどうだ?」
前金にしてはあまりにも高い額にハインケルは眉を顰める。金貨は十枚どころか一枚あれば二〜三ヶ月は遊んで暮らせるほどの額だ。
それをポンと出すなんて流石は貴族様である。
しかしここまで金払いがいいと却って疑うのが人間というもの。
汚れ仕事に今更躊躇はしないが、それでも裏があると思わずにはいられない。
「安心せい。ちゃんと成功報酬も支払う」
「そういうことではなくてだな…」
「成功した場合は金貨二十枚、しめて金貨三十枚だ」
ハインケルは思わず唾を飲み込む。
金貨三十枚という喉から手が出るほど欲しい金額を提示されれば、誰でも従順な犬になるだろう。
破格の報酬に目が眩みそうになるが、ハインケルはどうにか冷静さを保つ。
そもそも雑魚同然の勇者を殺すのに態々ユグドラシルに依頼する理由がわからない。王国にだって当然暗部はいるし、ユグドラシルの傘下を使うという手もある。
「余計な詮索はしないことだ。知ったところでどうにかできることでもない」
頭の中を読んだかのような物言いにハインケルは警戒を強める。
そこで思い出す。目の前にいるフィリップという男は読心魔法の使い手だと。
頭で何を考えようとその全てが筒抜けということだ。
「…ならひとつ聞こう。何を以て依頼の成否を判断する? 首でも持ってくればいいのか?」
「それでいい。前金は渡すが、報酬は成功時支払いでいいな?」
「構わん。面子と信用を考えれば当然だ」
「では、よい仕事を期待しているよ」
そう言うとフィリップは席を立ち、アジトを後にする。ハインケルはフィリップが残していった資料に目を通すと、部下に指示を出す。
「連合国のアジトに潜伏している連中に伝えろ。協力者から情報を集めておけとな」
「はっ、直ちに」
二人の部下はハインケルに槍を渡すと連合国へと向かっていった。
◇ ◇ ◇ ◇
アルディアス王国王立学院にて、フィリップは学院長室で第二王子ルーカスと盤上遊戯に興じていた。
「それで、なぜ私にそんな話を?」
「貴方の兄君は勇者の出陣に反対していましてね。ルーカス様ならばご理解くださるかと」
連合国への遠征に勇者を同行させるという話を聞かされたルーカスだが、難色を示す兄リチャードと違い、興味がないのかつまらなそうに聞いている。
自分などに聞かせてどうするというのか。そう思いながら次の一手を考える。
「出陣させるならさせればいいでしょう。父上が命じれば兄上も従わざるを得ない」
「戦場というものを知っているからこそリチャード殿下は反対しております。ですがそれは些か過保護というもの。遅かれ早かれ戦場に駆り出されるのですから」
「――学院長…いや、フィリップ。お前はいったい何を企んでいる?」
「私に勝てたらお教えしましょう」
「二言はないな?」
「もちろんですとも」
ルーカスは言質を取ると手元に視線を戻し、手持ちの駒の数を確認する。
そして現在の盤面はフィリップが優勢。逆転も不可能ではないが、フィリップ相手にそれができるかはかなり怪しい。
当然だがこういった勝負でフィリップは読心魔法を使わない。にも関わらず勘の鋭さと駆け引きの上手さで国内でも有数の腕前と言われている。
だが――
「チェックメイト…私の負けですな」
勝負はルーカスの逆転勝利に終わった。だというのに、ルーカスは不服そうな表情を浮かべている。
「手を抜いたな?」
「さて、何のことでしょう」
しらばっくれるフィリップにルーカスは大きなため息を吐く。
あのやり取りの後、フィリップは攻めも守りも隙を見せるようになった。あまりにもあからさまな隙にルーカスは警戒していたが、フィリップが常々言っていた『痛いところをつけ』の教えを思い出し、容赦なく攻めていった。
その結果が上述の勝利に繋がったわけだが、それすらフィリップの掌の上のようで、ルーカスは言い知れぬ気持ち悪さを覚える。
ハナから情報を渡す気だったのだろうが、食えない男である。
「それで、すべて話してくれるんだろうな?」
「もちろん、約束は約束ですから」
フィリップは手際よく駒を片付けると、椅子に座り直して口を開く。
「――勇者の覚醒を早めるためですよ」
「勇者の覚醒? どういうことだ?」
疑問符を浮かべるルーカスにフィリップは異能について説明する。
勇者として召喚された異世界人には必ずといっていいほど異能と呼ばれる力が宿っている。その異能が成長すれば凄まじい強さを手にできるらしい。
だが、異能にはまだ隠されている力がある。
「異能使いの中には、アルカナの異能と呼ばれる、通常より強力な異能を使う者がいるのです」
「アルカナの異能?」
「アルカナの異能に目覚めた者はアルカナの賢者と呼ばれ、いずれも魔王に引けを取らない実力者と言われています」
「魔王に? それはさすがに誇張しすぎだろう」
直接戦ったことは当然ないが、魔王の強さを知らないわけではない。
かつてこの国が帝国と争っていた時代、魔王の領地を戦場にしたことで魔王の怒りを買い、壊滅的な被害を受けたと伝わっている。
一国を滅ぼすなど羽虫を潰すが如く容易く行えるような相手と対等に戦える者はそういない。
そんな奴を一国が抱えていれば確かに脅威だろう。
「アルカナの異能に覚醒する条件はよくわかっておりませんが、強い感情の発露が引き金だと私は思っております」
「強い感情の発露…か。具体的にどうするつもりだ?」
「勇者を片方殺すつもりです」
表情ひとつ変えずに言い放ったフィリップにルーカスは戦慄する。
フィリップは勇者が二人召喚された時点でこの計画を思いついていたに違いない。
もしも本当に強い感情の発露がトリガーなら、もう一人の勇者の死は確かにアルカナの異能を覚醒させるきっかけになる。
激しい怒りや悲しみがさらなる力を齎す可能性については理解できたが、フィリップはその力を扱える前提で話している。
万が一暴走でもすればいったいどれほどの被害が出るか、想像できないわけではないはず。
(…いや、それも織り込み済みということか?)
その暴走を制御できる人間を近くに置くことでコントロールしようということなのだろうが、切り捨てられる方からすればたまったものではない。
勇者の強化のために死んでくれと言われて頷くわけがないだろう。
それが勇者にとって関係の深い人物であるなら尚更だ。
「……つまり、勇者は二人もいらない、と?」
「相応しくない者を切り捨てるというだけですよ」
「勇者が二人いたほうが戦力も倍になる、とは考えなかったのか?」
「勇者同士が手を組んで王国に反乱を起こさないとも限りませんから」
勇者の力を覚醒させるためだけに、片方を犠牲にしたという事実を知られるほうが反乱のリスクが高いだろうとルーカスは思ったが、それを言ったところでフィリップが止めることはない。
「勇者相手にいつまでも隠し通せるとは思えないが…」
「いざとなれば私の精神系魔法で鎮めますよ。隠蔽や揉み消しは我々の得意分野ですから」
「なら今ここで私の記憶を消してくれ。もちろんこの会話の部分だけをな」
「ボロを出さないように、ということですな。かしこまりました」
うっかり情報を漏らさないようにフィリップに魔法で記憶を消してもらう。これで勇者の暗殺計画は忘却の彼方に消え去った。
今この場で計画を知っているのはフィリップだけ。ルーカスの記憶は本人の希望で消したので何の心配もない。
「ではまた後で」
そう言ってルーカスは退室し、フィリップから充分離れたところで額に指を当てる。
「強制解呪」
フィリップにかけられた魔法が消え去り、交わした会話の内容を思い出す。
だが今はそれを誰かに伝える気はない。手札は温存してこそだ。
「私が強制解呪を使えることを知らなかったのが誤算だったな」
強制解呪は相手にかけられた魔法の効果を解除する魔法だ。あらゆる魔法の効果を打ち消すことができるが、そのためには相手が使用した魔法の仕組みを理解している必要がある。
フィリップが精神感応系魔法を得意としているのは周知の事実で、当然対抗手段を持っている人間もいる。ルーカスもその一人だ。
それでも真正面から無効化はできない。
魔法の実力も研鑽に費やした時間も、遥かにフィリップのほうが上だ。
だからこそ、保険をかけておく。
「保護魔法」
勇者の暗殺計画に関する記憶に防御魔法をかける。
たとえ頭の中を覗かれても、易々と突破できないように予防線を張っておかなければ。
「さて、派閥の皆は頼んだ仕事を終わらせてくれてるかな」
ルーカスは自分の派閥が使っている教室へと向かう。
仕事をサボるような不真面目な人間はいないが、少々面倒な仕事を押し付けてしまったので、差し入れを持っていって労うとしよう。




