語られる陰謀
ミロ・セイス連合国の議会。
現在そこでは丁度四人の代表が集まったところだった。
ホルム国代表、アイリア・ホーニット。
メクト国代表、ヴィルヘルム・レーズィ。
セオリア国代表、ナージャ・フォルトゥラ。
ノイン国代表、エドワード・ウィーネス。
それぞれの代表が円卓に着き、秘書にスケジュールを確認しつつ手元の報告書に目を通す。
そして少し遅れて、隣国アルディアス王国の王太子、リチャード・アルディアスが入ってきた。
「任務後だというのにわざわざすまないな。殿下」
最初に口を開いたのはアイリアだ。
「今回の件、我々は大いに感謝している。貴国から派遣された兵士のおかげで、組織の拠点を粗方潰すことができた。」
「そう言ってもらえて光栄です。ですが――」
「アルディアス王国の兵が連合国の人間を殺した。それも力を持たぬ一般人をねぃ。これはいったいどう説明するのかな?」
飄々とした雰囲気を纏ったエドワードが口を開く。にこやかな笑みを浮かべてはいるが、その目には感情が宿っていない。
「報告を受けた時は驚いたわね。村人を一瞬で皆殺しなんて、俄かには信じ難いけど…」
「挙句自ら命を絶つなんて、これじゃ誰を裁いたらいいんだか…」
ナージャは報告書を一瞥しつつその双眸をリチャードに向け、エドワードはやれやれという風に肩を竦める。
「ヴィルヘルム、貴殿も何か言ったらどうなんだ」
アイリアは未だ沈黙を貫いているヴィルヘルムに話を振る。
「――殿下一人に責任を負わせるべきではない。それよりも、今回の件をどこまで国民に公表するかだ。馬鹿正直に王国の兵が自国の民を殺したと伝えれば、王国との関係悪化に繋がりかねん」
「言いたいことはわかるけどねぃ旦那。それでも糾弾しないわけにはいかないだろぃ」
「エドワード、貴様は些か血の気が多い。すべて武力で解決しようとすれば必ず軋轢を生む。そうなれば平和的な解決など実現できんぞ」
ヴィルヘルムは厳めしい風貌だが、これでも穏健派で通っており、逆にエドワードは四人の代表の中では一番の武闘派で知られている。
今回の一件においてもヴィルヘルムとエドワードは犯人の処遇について揉めていて、ヴィルヘルムは犯人が贖罪を果たすことで赦すと発言したのに対し、エドワードは犯人を処刑し、関係者にも然るべき罰を与えるべきだと反論した。
尤も、犯人が自害したと聞かされた今では意味のない議論となったが。
「死んだ人間は絶対に戻ってこない。あの村に家族や知り合いがいる者もいるだろうさ。そんな甘っちょろいやり方で、彼らの溜飲が下がると思うのかぃ?」
「怒りや憎しみを引き継がせてはならん。必ずどこかで断ち切るべきだ」
「二人ともそこまでだ。殿下が困っているだろう」
ヒートアップしそうになっている二人を制止し、アイリアは話を軌道修正する。
「いや、エドワード殿の言い分ももっともだ。私がそなた達と同じ立場であれば、最大限の誠意を見せなければとても納得できん」
「ならどうやって私達を納得させるというの?」
「賠償額についてはそちらの要求通りにする。領土の割譲と言われるとさすがに厳しいが…」
「さすがにそこまでは我々も求めん。戦争が起きたわけでもないからな」
このくらいのことで領土を寄越せと言うほど強欲ではない。
その後も議論は続き、最終的に今回の事件は表向きには賊による犯行とし、村を滅ぼした賊は王国軍と連合国軍の混成部隊によって討伐されたというシナリオで進め、賠償については一度リチャードが国に持ち帰り、改めて両国で協議するという形にまとまった。
「今回のことは本当にすまなかった。部隊を率いる者として、また一国の王子として、改めて謝罪をさせてくれ」
会議が終わり、退室する前にリチャードは頭を下げる。
「…殿下、王族が軽々しく頭を下げるものではないぞ」
「私の頭ひとつで済むなら安いものだ」
リチャードの王族らしからぬ素直な謝罪をアイリアがたしなめるが、リチャードは意に介さない。
確かに誠意を見せるという点では素直に頭を下げられることはリチャードの美点と言えるだろう。
だが相手が相手なら侮られるだけでなく足元を見てくる可能性もある。
相手の言葉の裏を読めない権力者ほど、操り易いものはないのだから。
◇ ◇ ◇ ◇
「ん……ここは……」
気がつくと周はどこかの小屋の中で、太い柱にロープで縛り付けられていた。
かなりキツく縛られていて身動きひとつ取れない。
「漸くお目覚めですか。偽の勇者殿」
「…誰なんだアンタ」
フードを目深に被った人物はクツクツと笑いながら小屋の中を歩き回る。
「知らないのも無理はありません。ですが私はあなたを知っています。なぜなら、あなた達を召喚したのは我々なのですから」
「なっ……」
この世界に召喚された時に見た、黒いローブを纏った集団。その中の一人が、今目の前にいる奴というわけだ。
フードのせいで顔がよくわからない上に、男とも女ともつかない声色をしている。
言い知れぬ不気味さを醸し出すそいつに、周の警戒心はMAXになる。
そもそも自分達を召喚した人間なら王国側の人間のはず。それなのに何故、奴は自分を捕らえるような真似をしたのか。
「よう、奴隷泥棒をとっ捕まえたって?」
「ええ、所詮は碌に戦闘経験もないガキ。取り押さえるくらい造作もありません」
「さっきは後れを取ったが、今度はそうはいかねぇぜ」
すると小屋の中に五、六人の男が入ってきた。その中には先程周が倒した男もいた。
「ちょっと待て! 奴隷泥棒って何のことだ⁉︎」
「白々しい。女の奴隷を連れて行こうとしただろ」
「あれはデカい鳥に攫われたのを助けただけだ! 盗むつもりなんてハナからねぇ!」
言い掛かりだと反論するが、彼等はまるで聞く耳を持たない。
ローブの人物が手を翳すとロープが解けて動けるようになったが、その瞬間に横っ面を思い切り殴られ、背後にあった木箱に頭から突っ込んだ。
男達は倒れた周を取り囲み、集団でリンチを始める。全身を殴られ蹴られ、周は痣だらけになっていった。
「あまりやりすぎないように頼みますよ。彼にはまだ役に立ってもらわなければならないのだから」
動けないほどにボコボコにされた周は虚ろな目をローブの人物に向ける。
「…さて、少し彼と話がしたいので、少しの間二人にしてもらえませんか?」
そう言うと男達は素直に退室していった。
ローブの人物はどこからか杖を取り出し、杖の先から淡い光を放つ。
すると淡い光は周の全身を包み込み、痛みを和らげていく。
「これで話ができる程度には回復しましたか?」
「なんなんだ…アンタは何がしたいんだ…」
声を絞り出してそう問うた周に、ローブの人物は近くにあった椅子に座って話し始める。
「どこから説明したものか迷いますが、とりあえずあなた達を召喚する前まで遡りましょうか――」
◇ ◇ ◇ ◇
約一ヶ月前、アルディアス王国王城にて。
「陛下、ミロ・セイス連合国からの救援要請が届いております」
「連合国から我が国にとは、どのような案件だ?」
「ユグドラシル関連の事件のようですね。どうやら違法な薬物が出回っているとのことです」
宰相から手紙を受け取ったウィルバーは中身を確認すると、文面を読んで渋い顔をする。
「連合国では手に余るから助けてほしい…か。気が乗らんな」
「と、言いますと?」
「組織に関わると碌なことがない。それに、もしユグドラシルが抱える戦力が我が軍よりも強大だった場合、いったいどれほどの兵が失われると思う?」
「しかし、見捨てるわけにもいかないでしょう。我が国だけでなく周辺諸国にも呼びかけているようですし」
「ふーむ……」
これでアルディアス王国だけが助けに行かなければ王国の沽券に関わる。
かといって救援に向かわせるにしても、あまり多くの人員を割けない。
どうしたものかと悩んでいるとドアをノックする音が聞こえた。
「入れ」
ウィルバーが許可を出すと、フィリップがドアを開けて入ってきた。
「フィリップ殿、何用ですかな」
「帝国との交換留学の件で陛下に報告をと思ったのだが、取り込み中だったかね?」
「構わん。それより、そなたにも聞こうと思っていたのだが――」
ウィルバーはフィリップに連合国からの救援要請について隠すことなく伝えた。
それを聞いたフィリップは僅かに笑みを浮かべる。
「でしたら丁度いいタイミングです。もう間も無く準備が終わるところだと思うので」
「ほう、いったい何の準備で?」
フィリップはひと呼吸置いてから口を開く。
「勇者召喚です」
ひと時の沈黙の後、宰相は呆れたようにため息を吐く。
「――何を言い出すかと思えば、勇者召喚などただの伝説でしょう。まさかフィリップ殿ともあろう者が、そのような与太話を信じているのですか?」
「何とでも言うといい。魔法使いとは常に不可能を可能にしてきた。それに勇者召喚の儀は私自ら陛下に進言し、許可を得て進めてきたことだ」
「馬鹿な…、そのようなことを許可したのですか?」
「帝国が勇者を抱えているかもしれんのだ。対抗するためには必要なことだ」
「我が国と帝国が争っていたのは随分昔の話でしょう。平和条約を破棄するような愚を犯すとは到底思えませんが……」
帝国が勇者の召喚に成功したらしい。
その報告を耳にしたフィリップは自分達も勇者の力をと手にするべきだと進言し、ウィルバーの許可の下水面下で準備を進めてきた。
勇者の詳細までは掴めなかったが、勇者個人の戦力は一国の軍隊を凌駕するほどだと伝わっている。
もちろん召喚した時点では弱いが、勇者は成長が早く、且つ異能と呼ばれる力を有している者が殆どだ。
この世界の人間でも異能に目覚めた者はいるが、勇者の異能はそれらとは一線を画すという。
眉唾と言われると否定はできないが、それでも戦力差を覆すほどの力を手にすることができれば、覇を握ることも夢ではない。
とはいえ、それはあくまで成功すればの話。
アルディアス王国が過去百年召喚できなかったように、成功する確率は極めて低い。仮に成功したとしても性格や人格に難がある人物では暴走しかねないし、召喚したのが老人だった場合は戦力としてはあまりアテにできない。
さらに言えば勇者の召喚には二ヶ月から三ヶ月に及ぶ儀式が必要となる。
それだけの準備をしても召喚に成功するとは限らないため、すこぶる効率が悪い。
分の悪い賭けを率先して行うなど非効率の極みだ。
だがたとえ分の悪い賭けだろうと、藁にも縋る思いで勇者召喚に踏み切ってしまうのが権力者という生き物なのかもしれない。
この二日後、フィリップ達は勇者の召喚を実行することとなり、そして成功した。
だが今度は別の問題が発生した。
通常召喚できる勇者は一人だけであり、複数人を同時に召喚できた例は一度たりともない。
しかし今回は二人も召喚できた。
これはイレギュラーであると同時にチャンスでもあると、フィリップは内心で笑みを浮かべていた。これを利用しない手はないと。
一ヶ月後に王国の兵を連合国へ向かわせる予定だが、この二人も同行させよう。
たった一ヶ月鍛えた程度で戦力にカウントするのは難しいが、本物の勇者なら必ず生きて帰ってくるはずだ。
生きて帰って来られれば、の話だが。




