その出会いは運命か
「……なに?」
ずっと自分のことを見つめてくる周に、少女は問う。
すると周はあたふたした様子で、
「ご、ごめん。つい見惚れて…」
「……そうなんだ」
さして興味を引かれるでもなく、少女は無機質に答える。そのまま水を汲むと、もと来た道を引き返そうとして、思わず周は声をかける。
「あ、あの…!」
「……………なに?」
「君、名前は?」
「名前……」
少女は考え込むような表情をすると、言葉を絞り出す。
「名前…なんだっけ……思い出せない……」
「思い出せない?」
思い出せない、とはどういうことか。
人間誰しも親、若しくは周囲から名前をつけられるものだ。大なり小なり想いや願いを込めて。
名前とは親から貰う最初のプレゼントで一生付き合っていくもの。それを思い出せないとは、なんらかの障害があるのか、それとも別の理由か。
「俺は周。光井周だ」
「ミツイ……アマネ……」
「せめて俺の名前だけでも覚えていてくれ。もしかしたら、またどこかで会うかもしれないからな」
「……わかった」
相変わらず少女の言動は無機質なままだ。
それでも、どこかミステリアスさを感じる彼女に周は惹かれていた。
運命の出会いとはこういうものか、と周は立ち去る少女の後ろ姿を見ながらそんなことを考えていた。
「さてと…」
これからどうするか。
いざサバイバルを始めるとしても、何からすべきかさっぱりわからない。
昨日作った土かまくらを暫く拠点にするとして、問題は衣食住の『食』だ。
水は湖から確保すればいいが、それ以外が問題だ。
野菜や果物などがこのあたりに自生しているのか。仮に生えていたとして、どれが有毒でどれが無毒なのか。
肉や魚に関しても、狩りをしたとして捌くことができるのか。そもそも料理の経験も調理実習くらいしかない。
課題は山積みだ。
「まずは森から探すか」
木の実なりキノコなり探せば見つかるだろうとふんで森へ入ったはいいが、そう都合よく見つかるものでもなく、ただ時間だけが過ぎていく。
森の中を彷徨い歩いていると、地面から某テレビゲームに出てきそうな赤白のキノコが生えているのを発見した。
ゲームだとあのキノコを取るとパワーアップするが、現実だとああいったキノコはだいたい毒があるものだ。
本能がヤバいと叫んでいるが、僅かな可能性を信じて採取した。
案の定腹を壊したことは言うまでもない。
◇ ◇ ◇ ◇
サバイバル開始から一週間。周は木から木へ飛び移る特訓をしていた。
食料調達の傍ら行っていた身体強化の鍛錬で、ほんの少しではあるが一週間前よりも身体が強くなっている。
最初は飛距離が足りずに落下していたが、何度も繰り返すうちに素の身体能力が上昇したらしく、身体強化によって引き出される力の上限もアップしている。
とはいえ、この程度で満足できるわけがない。
あの時戦った二人は勿論、リチャードや初花も自分の遥か先の強さだ。
この世界で生きていくというのなら、これから先格上の相手との戦いは嫌というほど経験するだろう。
しかし一人での鍛錬では限界がある。かといって相手を探そうにも、地理を把握していないからどこに街があるのかもわからない。
こんな森の中で鍛えている変わり者なんて自分くらいのものだ。
うだうだ考えていても仕方ないと、周は湖へと向かう。するとそこには例の少女がいた。
「や、また会ったね」
突然話しかけられて驚いたのか、空のバケツを落としてしまった。
「ご、ごめん」
「えっと……アマネ、だっけ……?」
「…名前、覚えててくれたんだ」
「…うん。あまり聞かない名前だったから……」
まさか名前を覚えてくれていたとは思わず、周はこそばゆい気持ちになる。
身体が仄かな熱を帯びて、鼓動が少し早くなっていくのがわかった。
そんな周の気持ちなど露知らず、少女は淡々と水を汲み、帰ろうとする。
「ま…待って!」
「……なに?」
またしても呼び止められ、少女は踵を返す。
表情こそないが、明らかに面倒くさそうな目をしていた。
「あの…その…えっと……」
「……あまり遅くなると怒られちゃうんだけど」
「ご、ごめん……」
何か用があって呼び止めたのかと思いきや急にしどろもどろになる周に、少女はぴしゃりと言い放つ。
あからさまにしょんぼりする周にどう声をかけようか考えていた少女は突然空を見上げる。
「あ……」
「ん? なにか――ッ⁉︎」
周が振り返ると、二人の頭上に巨大な黒い鳥がいた。
黒い鳥は猛スピードで突っ込んでくると少女を足で鷲掴みにし、そのまま連れ去ってしまった。
「きゃああああああ!」
「ま…待て!」
周はありったけの力で身体強化を発動し、黒い鳥を追いかけていく。しかしスピードの差は歴然で、追いつくどころかどんどん離されてしまう。
(だったら、一か八か……)
自分の中に宿るドス黒い魔力を引っ張り出す。制御できるかどうかなんて二の次だ。今動けなければ意味がない。
「来い! 死神!」
ドス黒い魔力を全身に纏わせ、余った魔力で翼を形成する。
だが飛べるはどうかは知らない。何せ初めてやるのだから。
それでも即興でやるしかない。今ここで彼女を失えば、きっと一生後悔する。
周は地面を強く蹴って飛び上がる。しかし風の抵抗で思ったよりスピードが出ず、空中で失速してしまう。
「くっそ…」
このままでは墜落する。
魔力で形成した翼を動かそうとするも、勢いを失った状態ではほんの少し落下を遅らせる程度にしかならない。
体が落ち始める寸前に掌に火球を生み出し、黒い鳥目掛けて投げつける。
「炎の速球!」
放たれた火球は見事黒い鳥に命中し、受けたダメージでバランスを崩した鳥は少女を離し、少女は真っ逆さまに落ちていく。
周は木の枝に着地し、そのまま木の枝を飛び移って少女の下を目指す。途中距離を見誤って地面に落ちてしまうが、痛みに耐えながら一心不乱に走り続ける。
「…いた!」
仰向けに倒れてる少女を見つけ、一目散に駆け寄る。葉っぱがクッションになったのか、大きな怪我はしてないようだ。
「大丈夫か?」
「うん……少し体が痛いけど……」
命に別状がないのなら何よりだ。
だが、どうやら彼女はそうじゃないらしい。
「……どうしてわたしを助けたの?」
「…え?」
「わたしを放っておいてくれれば、わたしは魔物に食べられて死ねたのに……」
助けてもらったというのに、なぜか不服そうな顔を浮かべる。
魔物に食べられて死にたいと宣うなど、とても正気とは思えない。
「なんで、そんなこと言うんだよ…」
「どうせ生きていたって、わたしは死ぬまでずっとこのまま。だったらいっそ、絶対的な何かに殺されるほうが――」
「こんなとこで何してやがる。まさかとは思うが、駆け落ちしようってんじゃねぇだろうな?」
「あ……」
突然現れたスキンヘッドの大男に、少女は声を震わせる。声だけじゃなく、全身も小刻みに震えている。
「…誰だアンタ」
「テメェこそ誰だ。ウチの大事な商品を盗もうってんなら、相応の覚悟はできてんだろうな」
「……商品?」
少女を物扱いする男に周は眉間に皺を寄せる。
「…まさかテメェ、こいつが奴隷だってこと知らねぇのか?」
「…奴隷だと?」
「そいつの首筋を見りゃわかんだろ。その印こそが奴隷である証だ」
男の言った通り、少女の首筋に見慣れない印がついている。男はそれが奴隷となったものにつけられる『隷属の呪印』だと明かす。
隷属の呪印は奴隷契約をする際に必要なもので、印が刻まれた者は名前と記憶の一部を封じられる。
さらに主に反抗することができず、主に危害を加えることを考えるだけで呪印の効果が発動し、全身を締めつけられるような痛みが襲う。
自ら命を絶とうとした場合も同様に呪印の効果が発動するため、奴隷達はどのような扱いをされようと文句を言えない立場となっている。
隷属の呪印を消せば名前と記憶を取り戻せるが、自分の意思で呪印を打ち破るのはほぼ不可能であり、奴隷から解放されるには第三者に解呪してもらうほかない。
「……なんだよ、それ――」
周は開いた口が塞がらなかった。
少女が死ぬまでずっとこのままと言ったのは誇張でもなんでもない。逆らうことも逃げることも、ましてや自殺することもできない自分の運命を呪って吐いた言葉だったのだ。
「理解できたならさっさとソイツをこっちに寄越しな。テメェみたいなガキにどうこうできることじゃねぇんだよ」
「――ふざけんな」
「あ?」
内側から沸々と込み上げてくる怒りに拳を震わせ、ドス黒い魔力を漲らせる。
「ここで『はいそうですか』って引き下がってこいつを見捨てたら、俺はもう二度とあいつに顔向けできねぇんだよ!」
魔力を鎌の形に練り上げ、周は男の懐に潜り込む。男の首目掛けて鎌を振りかぶるが、男にはバックステップで躱される。
小さな火球を複数生み出して発射するが、魔力の衝撃波で相殺され、さらに男のタックルをくらってしまう。
吹っ飛ばされた周は背後にある木に激突し、その衝撃で胃の中の空気が吐き出される。
「フン、他愛もねぇ。その程度の実力で俺に勝とうなんざ、百年早ェんだよ!」
男は魔力を纏わせた拳を繰り出すが、周はそれを受け止める。
「……誰が、この程度だって?」
周は男の手首を掴んで引っ張り、肘打ちで男の肘を折る。続け様に胸倉を掴んで額に思いっきり頭突きをかまし、さらに首筋に回し蹴りを当てて意識を刈り取った。
「さっきの台詞、そっくりそのままアンタに返してやるよ」
この男は連合国で戦ったあの二人組に比べれば遥かに弱い。だからこそ周でも倒せた。
とはいえ、一対一の状況だからどうにかなったが、もし一対多だったら絶対に勝てなかった。まだまだ無双できるようになるには程遠い。
「ふう…」
纏わせた魔力を解いて周は深呼吸する。
今日はちょっと魔力を使いすぎた。鳥に攫われた少女の救出に男の撃破にと、必要以上に魔力を消費した気がする。
今後は魔力の効率的な使い方も考えなければ。
「……ねえ」
そんなことを考えていると少女が話しかけてきた。
「どうしてわたしを庇うの? そんなボロボロになってまで……わたしにそんな価値なんてないのに……」
「――綺麗だと、思ったんだ」
「…え?」
ひたすら自分を卑下する少女に、周は思ったことを正直に伝えた。まさか綺麗と言われると思わなかったのか、少女は目を丸くする。
幼少期から既に奴隷の身だった彼女は今まで容姿を褒められたことがなかった。
だから困惑していた。綺麗だなんて、人間以下の存在には縁のない褒め言葉だと思っていたから。
人ではなく物として扱われてきた少女にとって、誰かに好意的に接せられるのは初めてのことだった。
今まで自分を買った主人は酒に酔って暴力を振るったり、膨大な仕事を押し付け、終わらないと食事を抜いたりと、そういう扱いを受けることが当たり前だった。
いつしか感情を出さなくなり、空腹に堪えながら冷たい床で寝ていた時、不意に記憶の中に微かに残る母親の姿が過った。
暮らしは貧しかったが、優しい母との生活はとても温かく、この上なく幸せだった。
それから程なくして奴隷狩りに遭い、母親とも引き離され、それ以来母親の安否はわからない。
『お母さん…』
母の温もりが恋しくなり、涙を流しながらそう呟いた。なぜ急に母親のことを思い出したのか、それはわからないが、最後に涙を流したのがいつか覚えてないほど久しぶりに泣いた。
そしてなぜかその日だけはよく眠れたのだ。
それでも目が覚めればまた奴隷としての過酷な一日が始まる。日常的に暴行を受け、食事を抜かれ、いつしか理不尽を理不尽と思わぬほどに心が摩耗していった。
あの日感じた母の温もりはもう思い出せない。
縋るものがなくなった少女は自分が生きている意味を見出せず、死を望むようになった。
だが自ら死を選ぶことはできない。いっそのこと主の不興を買って殺されてしまえば、これ以上苦しまずに済む。
そう思っていたのに、心がどれだけ死にたいと願っても、身体は生きようとしている。
口は息を吸って吐き、胸の鼓動は一定の間隔でリズムを刻む。自分の身体なのに思い通りにならない。それがたまらなくもどかしかった。
だからあの黒い鳥に攫われた時、チャンスだと思った。あのまま巣まで連れて行かれて、啄まれてしまえばそれで死ねたのに。
「あなたのせい」
「え?」
「あなたのせいでわたしは死に損なった」
突然自分のせいと言われて周は困惑する。
彼女が抱える事情はわからないが、死にたいと願うのはどう考えても普通じゃない。
「どうしてそこまで――」
「おやおや、こんなところにいたんですか」
突然、何者かの声が聞こえた。
声のした方へ視線を向けると、そこには黒いローブを纏った人物が立っていた。
「駄目じゃないですか、彼等から逃げては。せっかく次の買い手が見つかりそうだというのに」
「誰だアンタ、こいつの主人か?」
「いいえ、それは私の奴隷ではありませんよ。ですが、大事な取引相手の所有物となるものですからね。なるべくなら手荒な真似はしたくないんですよ」
フードを目深に被った人物はクツクツと笑いながら杖を取り出す。
「ですが抵抗するというなら話は別です」
杖の先に雷の魔力を集め、小さな槍を生み出す。それを撃ち出すと、瞬く間に周の腹に命中する。
「気絶の雷」
その言葉を合図に周の身体を電撃が襲う。
全身が痺れるほどの電撃を浴びた周は気を失って倒れてしまった。
「所詮は勇者のなり損ない……。まあこんなものでしょう」
そう呟くとローブを纏った人物は周を拘束し、少女を連れて戻っていった。
今の周の戦闘力はだいたいラディッ○と同じぐらいといったところです。
リチャードがフルパワーのフ○ーザ、初花が最終形態のフ○ーザ、ギリーとビリーが○ニューくらいのイメージです。暴走した周がそれに匹敵するレベルになる感じで。




