魔窟に潜むもの
「クソ、全身が痛ェ…。一体なんなんだあのガキ…」
「グダグダ言ってねぇでさっさとずらかるぞ。このあたりのアジトはもう使えねぇんだからよ」
暴走した周に叩きのめされたビリーだが、周とリチャード達が戦っている隙をついて村を脱出し、ここまで逃げてきた。
そしてそのビリーの隣には死んだ筈のギリーが立っていた。
「コイツのおかげだな。これがあったからこそ死んだと誤解させられたんだからな」
そう言ってギリーは右手の中指にはめた指輪を撫でる。
この指輪には特殊な魔法の術式が施されていて、所有者の死を感知すると一度だけ死をなかったことにできる。
万が一に備えて上司から貰った物だが、まさかその万が一のことが起きようとは。
あの隻腕の騎士、ギリーを圧倒するほどの強さを見せながらまったく本気ではなかった。
確かに二人は組織の中では弱い部類だ。
それでも連合国の兵を倒すあたり実力がないわけではない。
まあ雑兵相手に手間取るような奴は弱いと思われて当たり前だが。
「なんにせよ、今回の件はスミスさんに報告しなけりゃな。上の奴等と同じような力を持ってる奴がいるってな」
「今はまだザコだが、ありゃいずれ化けるぞ。上層に引けを取らねぇほどになるかもな」
今回は実力と経験、両方とも上回っていたからこそあの二人には完勝できた。
しかしあの二人に宿る力は未知数だ。うかうかしていればあっという間に追い越される。
上層に匹敵する、というのは些か過大評価な気もするが。
◇ ◇ ◇ ◇
「アッハハハハハ! それでおめおめ逃げ帰ってきたわけ?」
奇跡的に無事だったアジトを発見したはいいが、そこにいた人物に今回の失態を笑い飛ばされた。
ウェーブのかかった赤紫の髪に赤い瞳、女性らしい曲線的なフォルムが強調されたグラマラスな肢体、艶かしさすら感じる脚線美と、妖艶という言葉がピッタリ当てはまる人物は椅子に座りながらケラケラと笑っている。
「なんでアンタがここにいんだ! スミスさんはどうした⁉︎」
「スミスなら別の現場にいるわ。ちょっと野暮用が入ってね。代わりに私が迎えに来たってわけ」
「ハッ、ババアがわざわざご苦労なこった」
次の瞬間、女の傍らに控えていた人物がビリーを床に叩きつける。
少年のような外見にもかかわらず、大の大人を押さえこめるほどの力を有しており、ビリーはまったく立ち上がれない。
「貴様……ザコのくせにミリス様への口の利き方がなってないな。貴様らのような補充要員、今ここでこのボクが殺してもいいんだぞ?」
「やめなさいジョン。二人にはまだ使い道があるわ」
ミリスに制止されると、ジョンはあっさりビリーを解放する。
「ボスからの指令よ。アルディアス王国バーネット領のアジトでオークションの準備をなさい」
「…目玉となるような商品はまだないはずだが」
「だから仕入れろと言ってるのよ。獣人なりエルフなり、なんなら人間のガキでもいいわ。好事家は金に糸目をつけないもの」
獣人やエルフはいつの時代も奴隷として人気が高い。故に参加者は奴隷を手に入れるためなら金を惜しまず、オークションでは毎度の如く高値がつく。
それはもちろん状態が良ければの話だが。
たとえ素材がよくとも状態が悪くては買い手がつかない。希少性の高い花でも萎れていては誰も欲しがらないし、高級な食材でも腐ってしまえば価値など無いに等しい。
当然そんなものを出品すれば組織の信用に関わるし、裏社会に揺るぎない地位を築いていても、いつ失墜するかはわからない。
「さすがにもう連合国じゃ動き難い。周辺国家からかき集めるが、それでもいいな?」
「構わないわよ。――ああでも、魔王の領地から攫うのはやめておきなさい。怒らせたら全員もれなくあの世行きよ」
「どういうことだ?」
「そのままの意味よ。魔王は私より遥かに強い。貴方達は抵抗も逃走もできずに殺されるでしょうね」
そういえば、とギリーとビリーはミリスの親族に魔王がいることを思い出した。
アレは一度遠目で見ただけだが、それでも一目で勝てないとわかるほどのオーラを纏っていた。
そんな相手と同格の存在がウィスニア大陸に領地を持っている。
しかもその場所はアルディアス王国の北東部に位置し、オークションの準備をするバーネット領に隣接している。
会場に近いからという理由で住民を奴隷にすれば、間違いなく魔王の怒りを買う。
そうなればミリスの言う通り自分達が殺されるだけでなく、組織そのものも壊滅的な被害を受けかねない。
そんな相手とまともにやり合うなど自殺行為に等しい。
「オークションの開催は半年後、場所はベルネーブ帝国。それまでに仕入れておきなさい。半年なんてあっという間よ」
「帝国か…少し距離があるな。移動にかかる時間を含めるなら、確かに準備は早いほうがいい」
「だが問題はどこを通るかだ。魔王領は通過するだけなら文句は言われないだろうが……」
奴隷の移送にどこを通っていくかでビリーとギリーは頭を悩ませるが、
「魔王領を突っ切ればいいじゃない。別に喧嘩売るわけじゃないんだし、態々怒らせるようなことをしなければ手を出してくることもないでしょ」
あっさりそう提案するミリスに二人は渋い顔をする。
魔王領――もといフェントリアを治める魔王はこの世界でも最上位クラスの強さと言われている。
その魔王の事はよく知らないが、オークション用の奴隷を運ぶために通過しますと馬鹿正直に説明して、それで許可が下りるのだろうか。
もし人身売買を禁じているところなら、検問された時点でアウトだ。
「通行許可証でも発行するか…?」
「偽造で通れればそれでいいが、欺けるかどうかだな…」
行商人のフリをすれば怪しまれることもないはずだが、念には念を入れて許可証も用意しよう。予防線を張っておいて損はない。
「まとまったならさっさと行きなさい。それじゃ、半年後にまた会いましょう」
そう言ってミリスはジョンを連れてアジトを後にした。
残されたビリーとギリーは頭を搔きながらため息を吐く。随分簡単に言ってくれるものだと。
とりあえず最初にやることは奴隷を集めるための拠点だ。確かバーネット領には古い砦があったはず。
かつて王国と帝国が争っていた時代に建てられたものだが、今は誰も管理しておらず、少々荒れている。
拠点としてはお誂え向きだ。
「さてと、行くかギリー」
「そうだなビリー」
アジトを出た二人は奴隷の調達と拠点の確認のためバーネット領を目指す。
必要な数を集めてそれでも時間が余れば、少しばかり愉しむとしよう。
どこへ買われようと待ち受けることは変わらない。だったら先に教育しておくのも悪くないだろう。
それに今回のオークションでうまく稼げれば、下っ端から卒業できるかもしれない。
そして上でふんぞり返っている連中に見せてやるのだ。下層の席に着くに相応しいと。
◇ ◇ ◇ ◇
「………ぅ」
いつの間にか周は湖畔に打ち上げられていた。
川の流れに身を任せていたらこんなところまで流されていたらしい。
いったいここがどこなのか皆目見当もつかないが、一先ずは身体を休める場所を探さなければ。
ずぶ濡れの状態では風邪をひいてしまう。
周は湖から上がると森の中へ入っていく。
相変わらず雨は降り続けていて、周の身体を何度も打ちつける。
気づけば、周は走っていた。
(なんで…どうして俺がこんな目に…)
罪無き人々の命を奪った己の姿がフラッシュバックする。頬を伝うものは涙か雨水か、いずれにせよ、周の頬は濡れていた。
こんなはずじゃなかった。
剣と魔法の世界に来て、漸く異世界ライフが始まると思ったのに、なぜこんなことになっているのか。
走っているうちに猛烈な吐き気に襲われ、立ち止まって吐いてしまった。
自分が思い描いていた異世界ファンタジーはこんなものじゃない。周りからチヤホヤされるような、自己肯定感が満たされる生活を期待していた。
それがどうだ。
異能に乗っ取られて意識の無いまま人を殺し、結果追われる身となってしまった。
これが夢なら早く覚めてほしいと、何度もそう思った。しかし夢だと思う度にあの惨状が脳裏に蘇り、現実へと引き戻す。
こんな思いをするのなら、あの時死んだほうがマシだったんじゃないか。そんな気さえしてくる。
「………帰りたい」
降り頻る雨の中木の幹にもたれ掛かり、そう呟く。
もう異世界なんてどうでもいい。あのなんてことない平穏な日常に戻りたい。
叶うなら、ここで経験したことを全て無かったことにして。
どうせここには自分以外誰もいない。
みっともなく泣きじゃくったところで、醜態を笑う者などいやしない。
「………はぁ」
ひとしきり泣いて、周はため息を吐く。
どれほど帰りたいと願っても、どうせ簡単にはいかない。
暫くはこの世界で過ごさなければならないのだ。だったら、いつまでもクヨクヨしていられない。
「えっと…」
周は土に両手をつけ、イメージする。地面を隆起させて、出入り口となる穴を開ける。宛ら、土で作るかまくらのように。
中に入った周は騎士団の制服を脱ぎ、よく絞る。
しかしこれでは乾かすのに時間がかかるし、その前に風邪をひいてしまう。それに火を熾そうにもこうも水気が多くては火が点かない。
「そういえば……」
周は授業でやったことを思い出す。
水を分解すれば火を熾せるかもしれない……が、
(さすがにこの密閉空間でやるのはマズいか…?)
換気口がないと酸欠になったりガスが充満したり…なんてことを授業でやった気がする。
(だったら…火を灯すんじゃなくて、熱を発すればいけるか…?)
周は両手に集めた炎の魔力で火を灯すのではなく、熱に変換して身体中に行き渡らせる。
すると全身が温まり、先程まで冷え切っていたのが嘘のようだった。
(そうだ…これなら…)
周は熱を纏った両手を制服に当て、アイロンがけの要領で手を動かし、制服を温めていく。
焦がさないように気をつけながらくまなく温め、シワを伸ばして一度畳み、再び袖を通す。
だいぶ土で汚れてしまったがそれはまあ仕方ない。それに、騎士団にはもう戻れないだろう。
周は胎児のように体を丸めて眠りにつく。少し肌寒さを感じるが、凍えるほどではない。
暫く寝返りを打っていたが、そのうちに寝落ちし、夜を越した。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、無事に朝を迎えた周は土かまくらを出る。
既に雨はあがっているが、地面はところどころぬかるんでいて、この状態で転んだら確実に顔面が真っ黒になる。
転ばないよう慎重に進みながら周は昨日流れ着いた湖を目指す。
湖に着くと真っ先に顔を洗い、水を手で掬って飲む。ほっと息をした瞬間、腹の虫が鳴り響く。
水はここから調達すればいいが、問題は食料だ。
サバイバル経験ゼロの周にとっては全てが未知であり、可食かどうか判別できないものがあった場合、うっかり食べて腹を壊したり、最悪死亡するかもしれない。
毒を持つ植物や生物を食べて死にました、なんて笑い話にもならない。
そんなことを考えていると少し離れたところに一人の少女が現れた。
どうやら水を汲みにきたようで、木製のバケツを両手に持っている。
なんとなく気になった周は近づいてみた。周の気配に気づいたのか、少女も顔を上げて周を見つめる。
その少女は薄汚れた白髪に、右目が金、左目が紫のオッドアイだった。
衣服もボロボロで身体も痩せ細っているが、きちんとトリミングすればとんでもない美少女になるだろう。
気づけば周は少女に釘付けになっていた。
胸の奥が高鳴るような感覚は初めてで、周自身も戸惑っている。
人はこういうのを運命の出会いというのだろうか。




