咎人の逃亡
「俺を…拘束…?」
周はまったく状況が飲み込めない。
自分が意識を失っている間に起こった惨状も、ギリーとビリーの仕業と思っていた。
だから、信じられなかった。自分が村人を殺したなんて。
「本当に、俺がやったんですか?」
「ああ、ここにいる全員が君の犯行を目撃している。言い逃れできると思わないことだ」
そう言われても周には身に覚えがない。
だが突然、頭の中に声が響き渡る。
その中には村長の声もあった。
「なん…だ……これ…」
頭の中を駆け巡る怨嗟に満ちた声。
数十人分の声が周の頭をかち割らんとする勢いで叫び続ける。
助けて。
どうして。
よくも。
ここから出して。
絶え間なく聞こえ続ける声に周の精神は限界寸前だった。
「うわああああ‼︎」
周は狂ったように額を何度も地面に打ちつける。
どうにかしてこの声を消し去ろうと、額が割れて血が出ようとも構わずに打ちつけた。
「やめて! 光井くん!」
止めようとする青柳を振り払い、周は腰の剣に手をかける。
自分自身を痛めつけても消えないなら、もう死ぬしかない。
剣で心臓を貫こうとしたその時、リチャードに蹴り飛ばされた。
「自ら命を断つなど何を考えている⁉︎ それで死んだ者達が浮かばれると思うのか‼︎ 真に許しを乞うというならば、生きて罪を償うんだ‼︎」
だがリチャードの一喝も、周には耳に入らない。ただうわ言のようにブツブツと呟いているだけだ。
精神的に参っている彼にはどんな言葉も届きはしない。呆れたようにため息を吐いたリチャードは初花に縄を探させ、周の両手を縛る。
このまま他の部隊と合流して、一旦彼を連合国の拘置所に送り、事後処理が終わったら王国へ護送する。
父王や学園長、その他の貴族からの追及は免れないが、副団長の任を解かれるくらいは覚悟している。
「……勘弁してくれ。もう魔力は残ってないんだ」
出発しようとした直前、再び周がドス黒い魔力を纏い始めた。
皆が疲弊しているこの状況で、一体どこまで持ち堪えることができるか。
「来い! 『死神』!」
周の纏うドス黒い魔力がフード付きのローブを象り、右手には魔力で形成した鎌を構える。
先程とは違って周の意思が残っているが、もし異常な耐久力がそのままなら彼を止めるのは至難の業だ。
「グリムリーパー…まさしく死神だな。これ以上抵抗するなら是非もない。殺して連行する」
魔力はもう空だが、だからといって剣を抜かない訳にはいかない。
しかし戦況は芳しくない。相手は素人だが、異能の力を解放すれば、実戦経験の差を覆すほどの戦闘センスを発揮する。
いくら騎士団で過酷な訓練を積んでいるといっても、今のリチャードでは分が悪い。
「私が行きます」
「ちょ…翼ちゃん⁉︎」
周の相手を名乗り出たのは青柳だ。
「本気か? あれは君の手に負える相手ではない。勇気と無謀の違いがわからない訳ではないだろう」
「そうだよ! 翼ちゃんが戦う必要なんてない! 私が代わりに――」
「それでも、私がやらないとダメなんです」
リチャードと初花が制止するが、青柳の意志は固い。
どうあっても折れそうにない青柳にリチャードは根負けし、渋々承諾する。
「――わかった。ただし、危険だと判断すれば助けに入る。それでいいな?」
「はい。ありがとうございます、殿下」
許しを得た青柳は剣を抜き、強く意識を集中させる。すると自分の中に宿る力が訊いてきた。
どうなりたいのか、この力をどう使いたいのか。
いきなりそう言われてもなかなか明確なビジョンは浮かばない。それでも一つだけ言えるのは、
「私は、光井くんを止めたい。そして、光井くんの中に囚われた人達を解放してあげたい」
青柳は自らの想いを口にする。
その答えに満足したのか、青柳に宿る力が急速に膨れ上がり、全身を巡っていく。
その魔力はリチャードや初花が驚愕するほどに漲っており、神々しさを感じさせる光を放っている。
その魔力にあてられた周はじりじりと後ずさる。どうやらこの光は周にとっては毒らしい。
「『貴き心』解放」
青柳が構えるより早く、周はその場から逃げ出した。あの光は危険だと、本能が叫んでいる。
しかし青柳が剣を振るうと同時に放たれた光の刃が周を捉え、すんでのところで回避するが光の如き速さで接近してきた青柳に反応できず、光を纏った剣で腹部を貫かれてしまう。
それによって村人達の魂が解放され、周を蝕んでいた声が聞こえなくなる。
「もうやめよう、光井くん。これ以上戦っても意味がないよ。私も君を傷つけたくない。だからお願い、投降して――」
「……いやだ」
「……え?」
これ以上の戦いは無益だと諭そうとしても、周は頑なに拒む。なぜそこまで拒絶するのか、理由がさっぱりわからない。
だって、絶対に私に勝てないのに。
(…え?)
なぜか一瞬、周を見下すような思考が過った。
しかしその理由はわからない。ひょっとしたら自分の異能が関係しているのだろうか。
「俺がいつまた暴走するかわからない。だったら、俺はいないほうがいいんだ」
「そんなこと…!」
「お前の目を見ればわかる。僅かに恐怖が宿っているのがな」
そう言うと周は魔力球を地面に叩きつけ、煙幕で周囲の視界を遮る。
その隙に逃亡し、なるべく早く遠くへ向かおうとするが、煙幕を吹き飛ばした青柳に追いつかれ、光の刃をモロにくらってしまう。
それでも周は足を止めず、ひたすら走り続ける。
後方から飛来する攻撃を紙一重で躱しながら、どうにか撒こうと必死で足を動かす。
さらに反撃で十個ほどの炎の球を生み出し、一斉に発射する。それでもまったく足止めにならず、さらに速度を上げた青柳に懐に潜り込まれる。
「やば…」
「天上の光芒」
剣に纏わせた光の魔力を増幅させ、極太のレーザーとして放つ。
ゼロ距離でくらってしまった周は木々を薙ぎ倒しながら大きく吹っ飛ばされ、それでも痛みに耐えながら地面を這っていく。
満身創痍となった周の先に待っていたのは切り立った崖だった。
いつの間にか雨が降り始め、眼下に見える川は降りしきる雨の影響で少し増水している。
「……光井くん」
背後から聞こえる声を無視し、周はただ崖の下を見つめている。
流れが激しくなっていて、飛び込めば命の保障はないだろう。
「…もうやめよう、光井くん。これ以上やったら、本当に死んじゃうよ?」
「青柳…?」
「自殺なんて馬鹿な真似はやめて。そんなことしなくても、私がすぐ楽にしてあげるから――」
青柳の抑揚のない喋りに違和感を感じた刹那、紡がれた言葉に周は魔力の鎌を青柳目掛けて振りかぶる。
「青柳じゃねぇ! 誰だてめぇは⁉︎」
「光井くん。無駄な抵抗はやめて。君はここで私に殺されるんだから、これ以上痛い思いをする必要はないんだよ」
「黙れ! 青柳はそんなこと言わねぇんだよ! 青柳の声でこれ以上喋るんじゃねぇ!」
青柳の体を借りて喋るなにかに周は怒りを露わにする。
しかしボロボロの身体ではうまく力が入らず、蓄積したダメージと疲労で足がもつれ、胸に膝蹴りを受けてしまう。
そのままトドメを刺されそうになるが、直前で駆けつけた初花が割って入り、青柳の攻撃を受け止める。
「何やってるの翼ちゃん! これ以上やったら死んじゃうよ!」
「あらゆる闇を祓うのが光の勇者の使命。彼を救うには殺して魂を浄化するしかない」
「なんなの…? まさか、異能に意思があるっていうの?」
彼女に宿る異能が彼女の身体を乗っ取り、あまつさえ殺して救おうなどと正気を疑うようなことを宣っている。
戦慄するような言動を繰り返す青柳の異能に怒りが募った初花は渾身の一撃を浴びせ、青柳は倒れる。
「あ…れ…私……」
起き上がった青柳は正気を取り戻したのか、頭を押さえて辺りを見回す。
その様子に初花は胸を撫で下ろす。
一撃で元に戻ったからよかったものの、これがさっきの周のように異常な耐久力だったら全滅する可能性もあり得た。
改めて、勇者の潜在能力に驚かされる。
異能と呼ばれる特異な力を宿すだけじゃない。異能に乗っ取られていたとはいえ、あれほどの動きができるということは、鍛錬を積めばさらに速く鋭い動きが可能になる。
成長すれば味方にとって非常に心強い存在となるだろう。しかし敵となれば厄介極まりない。
だからこそ初花は迷っていた。
ここで周を殺せば重大な損失になるのではないかと。かといって生かしておけばいつまた暴走するかもわからない。
きっとリチャードも同じ気持ちなのだろう。
「…青柳、初花さん」
「光井くん…?」
「どうしたの?」
「殿下に伝えてくれないか? 『迷惑ばかりかけてすみませんでした。こんなクソみたいな奴を気にかけてくれてありがとう』って」
周が話しかけてきたと思ったらリチャードへの伝言を託された。
しかし内容は伝言というより遺言だ。
死んで全てを終わらせようとするなんて、逃げているのと変わらない。
たとえ過ちを犯したとしても、やり直すことはできるはず。どれだけ時間がかかろうと、きっと赦される日が来ると信じている。
なのに自らの命で許しを乞おうなど、納得できることではない。
「…ねぇ、光井くん」
「なんだ?」
「私が光井くんの罪を一緒に背負うって言ったらどうする?」
「…なんでお前がそんなことする必要がある。俺とお前は友達でも、ましてや恋人でもねぇんだ。俺のことなんて切り捨てて――」
「…仲間だから」
「――え?」
「確かに私達は友達でも恋人でもないよ。でもこの一ヶ月、苦楽を共にした仲間だと思ってる。光井くんは違うの?」
「それは……」
周は思わず口ごもる。
この世界に召喚されるまではただのクラスメイトで、特段仲が良いわけじゃないし会話も必要最低限しかしなかった。
けれど一ヶ月前、この世界に召喚され、それまでと違う環境に大きく戸惑いながらも、二人で支え合いながら乗り越えてきた。
その中で仲間意識が芽生えたことは否定しない。
それでも、自分みたいな奴のために心を砕く必要はないのだ。
青柳は自分とは違う。理不尽に死を齎す力ではなく、あらゆる闇を打ち祓い、光へと導く力を持っている。
どちらが勇者に相応しいかなんて言うまでもない。
「…お前は勇者で俺は死神だ。一緒に歩めるはずがない」
「そんなことない! どうしてそんな…」
「重要なのは青柳がどう思うかじゃない。周りがどう思うかだ。いつ爆発するかわからない爆弾を抱えた奴を恐れないほうがどうかしてるだろ」
死神と呼ばれ恐れられる自分はとても勇者にはなれない。たとえ他者から友好的に接されても、死神の力を見ればきっと手のひら返しをする。
他ならぬ自分自身がこの力を恐れているのだ。
また異能に乗っ取られ、暴走して無関係な人々の命を奪ってしまいのではないかと。
そんな有り様で他者に受け入れられるものか。
だったらいっそ、ここで終わらせるのが世界のためになる。
「ダメ‼︎ 光井くん‼︎」
崖に背を向けたままゆっくり倒れる周に青柳は必死で手を伸ばす。
しかしその手は周に届かず、虚空を掴む。
崖から落ちた周は川の中に沈み、そのまま流されていった。
「光井くーーーーーーん‼︎」
絶望と悲嘆に崩れ落ちた青柳の慟哭は、勢いを増した雨音に少しずつかき消されていく。
初花は嗚咽を溢す青柳をそっと抱きしめ、青柳は初花の胸の中で堰を切ったように泣き始めた。
大切な仲間が目の前で命を散らし、消えていったのだから無理もない。
あまりにも残酷な現実は、十代の少女が受け止めるには重すぎる。
本当にこうするしかなかったのか。
もっとほかにやり方があったんじゃないか。
そんなことばかり考えてしまう。
仮定の話などするだけ無駄だとわかっている。だけど、もし万が一でも違う道があったなら、そう思わずにはいられない。
◇ ◇ ◇ ◇
「……そうか」
青柳が落ち着くのを待ってから村に戻った初花は、リチャードに事の次第を報告していた。
聞いていた連合国の兵は周の末路に憤懣やるかたない様子だったが、今ここで周りに食ってかかってもただの八つ当たりにしかならないため、どうにか怒りを飲み込んでリチャードに尋ねる。
「どうします? そのアマネとやらを探そうにも、そっちに人員を割く余裕はありませんよ」
「わかっている。この件についてはそちらの代表達と協議して詰めていくつもりだ」
「とはいえ、生死不明の人間を探すのは現実的じゃないでしょう。それとも、指名手配でもするんですか?」
「仮にするとして、こちらが主導で行うことになるだろう。そうでなければ面目が立たん」
故意ではないとはいえ、自身の部下が他国の人間を殺めたのだ。相応の沙汰を下さねば溜飲は下がるまい。
一旦この件は保留にするとして、問題はユグドラシルと小競り合いを起こしたことだ。
連合国軍に犠牲者が出た以上看過することはできなかった。多くの部隊が組織と交戦したらしいが、相手はどこも下っ端だった。
もし幹部級の相手が出てきていたら被害が拡大していたかもしれない。
連中の拠点を潰したことで本格的に事を構えることになれば、民間人への被害も相当なものになる。
ユグドラシルがすぐに仕掛けてこないことを願いながら、リチャードは部隊を率いて砦へ帰還したのだった。
一応周はまだ生きてます。




