顕現
「さて、そろそろ終わらせるかな」
周と青柳に危機が訪れていることを察した初花は一刻も早く決着をつけるべく剣速を上げる。あらゆる方向から襲ってくる雷の剣を弾きながら身体強化のレベルを徐々に引き上げ、全力の半分程度まで力を解放する。
「どうしたどうした! 俺に勝てるんじゃなかったのか⁉︎」
「もう充分かな」
「さっきから何ブツブツ言ってんだ⁉︎ 何もしねぇならこのままぶっ殺すぞ‼︎」
本当に防戦一方のこの状況をひっくり返せるというのか。ギリーの苛立ちはピークに達する。
大口叩いた割にはこの程度の実力しかない。
そう判断したギリーは確実に殺すべく、手首の動きを雷の剣に伝え、先端が初花の脳天を襲う。
「爆熱炎刃」
雷の剣の先端を弾いた初花はその場で高速回転し、一瞬で雷の剣を切り刻む。
「は……?」
目の前で何が起こったのか。ギリーがそれを理解した時には既に初花が迫っていた。
雷の剣を失ったギリーは組んだ両手に雷を纏わせて叩きつけようとする。だが寸前で初花の姿がかき消え、背後に回った初花は小さくジャンプして回し蹴りを放つ。
ビリーは辛うじて防御に成功するが勢いを殺しきれず吹っ飛ばされる。
体勢を立て直したのも束の間、迫り来る初花を迎え撃つため雷の剣を構えるが、それより速く初花の炎を纏った剣が両手首を斬り落とす。
「ぐあああああ‼︎」
痛みに耐えかねて絶叫するギリー。
炎を纏った斬撃が傷口を焼いて塞いだので出血多量は免れたが、それでも攻撃手段を失った以上今の彼にはなす術がない。
初花は無表情のまま少しずつ距離を詰めていく。
ゆっくりと近づいてくる死から逃れられないと悟ったギリーは一目散に走り出すが、たった数歩で追いつかれてしまう。
そのまま首を刎ねられ、頭部を失った胴体は力なくその場に崩れ落ち、ギリーは死亡した。
爆熱炎刃は発動時間が長くなるほどスピードと威力が増していくが、その分スタミナ消費も激しくなる諸刃の剣でもある。
今回は本来の半分の出力で使用したが、それはギリーの実力が彼女の半分の力にも及ばなかったことを意味する。
相手との力量差に気付かなかったことが、ギリーの敗因と言えよう。
「…さて、あっちは大丈夫かな」
◇ ◇ ◇ ◇
初花がギリーを斃したのとほぼ同じタイミングで周に異変が発生した。
全身が総毛立つような異様な魔力を発し、その力でビリーを叩きのめしている。
その別人のような変わり様に初花は眉を顰め、いつでも迎撃できるよう態勢を整える。
「翼ちゃん、あれは本当に周くんなの?」
「わからないです…。あれが本当に光井君なのか、それとも違う何かなのか…」
「もしかしたら、あれが異能ってやつなのかもね…」
「…異能?」
「魔法とは異なる体系の力の総称だよ。私も初めて見るけど、あれは放置したらまずいヤツだ」
青柳と初花が気を引き締め直すと、倒壊した家屋が突然吹き飛び、瓦礫が周目掛けて一直線に飛んでいく。
周はそれに一切動じることなく、黒い魔力を鎌の形に練り上げ、高速で瓦礫を切り刻む。
濛々と立ち込める土煙の中からビリーが現れ、掌に小さな竜巻を生み出して投げつけ、竜巻が成長しながら瓦礫を巻き込み、周へと近づいていく。
周は魔力の鎌で竜巻を斬ろうとするも竜巻に引きずり込まれ、中の瓦礫が全身を激しく打ちつける。
やがて竜巻が消えると周は瓦礫諸共空高く舞い上がり、地面へ真っ逆さまに落下した。
「…ったく、散々痛めつけてくれやがって。だがもう終わりだ」
ボロボロになった青柳の胸倉を掴み、ビリーはトドメをさそうとする。
だがその瞬間、ビリーの本能が大音量で危険信号を発する。今すぐにそいつを放せと、直感が告げている。
慌てて周を地面に叩きつけるとビリーはすぐに後ずさった。
何がこんなにも危険なのかさっぱりわからない。
ただ一つ言えるのは、何か恐ろしいモノが目覚めようとしているということだけだ。
その時だった。
むくりと起き上がった周の纏う魔力がより悍ましいものになり、周の全身から黒い触手が飛び出し、村人達の体を次々と貫いていく。
そしてゆっくりと引き抜くと同時に村人達は力なくその場に倒れた。
「……村長?」
恐る恐る初花は村長の顔に触れる。
だが村長は既に冷たくなっていた。
「駄目だ……もう死んでる……」
「そ、そんな…まさか、あの一瞬で……?」
村人は一人残らず、周の姿をしたなにかに殺された。抵抗も逃走も出来ずに、である。
黒い触手が周の身体に戻ると、ビリーの攻撃で負った傷がたちどころに治っていった。
「おい…なんなんだあれは…」
漸く復活した連合国の兵が周に視線を向ける。
彼が戦慄の表情を浮かべるのも無理はない。今し方目の前で起きたことが幻覚ならどんなに良かったか。
あの黒い触手は確かに村人達の体を貫いた。だが死体には一切傷がついていない。
まるで、魂を抜かれたかのように。
周はまだ足りないのか、次の獲物を探して周囲を見渡している。
そして青柳達を視界に捉え、黒い触手を束ねて巨大な手を形作り、勢いよく振り下ろす。
それが躱されると薙ぎ払うように振り回し、青柳達の体力を少しずつ削っていく。
一見無造作な攻撃だが範囲が広いため、完全に躱すには大きく距離を取らなければならない。
それが通じないと見るや、周は触手を引っ込めて再び黒い鎌を生み出し、接近戦を仕掛ける。
「翼ちゃんをお願い!」
初花は青柳を連合国の兵に託すと剣に炎を纏わせて迎撃する。
周を上回るスピードで一太刀浴びせるが、あまり効いていない。
一応死なせないよう手加減したが、それでも無傷とはいかない筈だ。
その後も連続攻撃を叩き込むが、ダメージを知覚していないのか、全く動きが衰える様子がない。
こうなったら、殺す気で斬るしかない。
そう決意したその時、周に雷が落ちた。
「殿下!」
「すまない、遅くなった。――それで、これはいったいどういう状況だ?」
「光井くんの力が暴走して、村の人達を全員――」
「…なるほど、どうやら相当まずい状況のようだな」
攻撃の正体は駆けつけたリチャードだった。
落雷によるダメージが大きかったのか、周は立ち上がりこそしたが少し体が痺れているようだ。
それでもリチャードを睨みつけ、魔力を高めると同時にドス黒いオーラが噴き出す。
「この悍ましい魔力…これが彼の異能というわけか」
しかし周はそのまま微動だにせず、その不気味さを感じ取ったリチャードは今のうちに攻めようとするが、突然初花が膝をついた。
「どうした⁉︎」
「息が……苦しい……」
初花だけではない。青柳と連合国の兵も胸を押さえてうずくまっている。
「まさか、生命力を吸い取っているのか…⁉︎」
ならば一刻も早く彼を仕留めなければ部下の命が危うい。そう判断したリチャードは雷の如き速さで周を斬り伏せ、剣を鞘に収める。
しかしあれだけの攻撃を受けてなお、周は立ち上がった。
その異常とも言えるタフネスにリチャードは戦慄する。身体はとうに限界を迎えているはずなのに、痛みも疲労もまるで感じていない。
今の彼は生きているのか、それとも死んでいるのか。それすら判別できない。
――いや、生と死の狭間にいると言うべきか。
生と死の狭間を行き来する、命を刈り取る者。
そのような存在を言い表すなら、一つしかない。
「死神…」
思わずリチャードはそう呟いた。
遍く命を死へ誘う存在を、死神と呼ばずして何と言うのか。他に適切な表現があるなら教えてほしいものだ。
「死神……いや、アマネ・ミツイ。無辜なる民の殺害及び同僚の殺人未遂により、貴殿を拘束させてもらう」
リチャードは蒼剣を抜き、雷の魔力を纏わせる。
こうなったら最早手加減などいらない。確実に仕留めるため、本気の一撃をお見舞いしよう。
互いに駆け出し、間合いを詰めていく。だが攻撃がぶつかる瞬間、周は魔力の鎌を蒼剣に引っ掛けた。
「なっ……」
魔力の鎌は蒼剣にガッチリと引っ掛かっており、このままでは周が手首を捻るだけで武器を破壊されてしまう。
かといって剣を手放せば丸腰で戦わなければならない。
「…やむを得んか」
リチャードは剣を離すと即座に距離を取り、そこから渾身の体当たりで周を吹っ飛ばし、剣を回収する。
しかし周も受け身をとり、腰を深く落として地面を強く蹴る。
受けたダメージをものともしないスピードで再びリチャードと接敵し、迎え撃つリチャードの攻撃を躱して背後に回り込む。
そのままリチャードをばっさりと斬るが、外傷はついておらず、痛みもない。
振り向き様に剣を振るうが当然避けられ、そこで違和感に気づく。
「まさか…私の魔力を奪ったのか…?」
剣に纏わせたはずの魔力が消えただけではない。体内の魔力がかなり少なくなっている。
魔力を大きく消費するような技は使っていない。にもかかわらず、急に魔力が減衰したのだ。
周がリチャードの魔力を刈り取り、奪った。
少しずつだが、彼の能力が見えてきた。
彼は他者の魔力を、生命力を、魂を刈り取ることができる。
全容はきっとこれだけではないのだろう。しかし判明しているだけでも、死神と呼ぶに相応しい力を備えている。
この力は、あまりにも危険だ。
「キサラギ、私はこれから彼を殺す」
「…! ですが殿下、陛下にはどう報告するのです⁉︎ 勇者をその手にかけたと正直に伝えるのですか⁉︎」
「どう報告しようと処分は免れない。それに、これから先彼が暴走した時、どれほどの命が失われると思う? 何かあってからでは遅いのだ」
突然大切な人達と離れ離れにされ、分不相応な力に振り回される。
彼の境遇と行く末に同情しないわけではないが、せめてもの慈悲として、これ以上苦しむことがないよう次の一撃で殺そう。
幸い自身の最大の一撃を撃てる魔力は残っている。使えば確実に魔力切れになるが、出し惜しみしている余裕はない。
「私はきっと、勇者殺しの罪で裁かれるだろう。だがそれで構わない。許しを乞うこともしない。ただ、君という存在を生涯忘れないことを誓おう」
切先を周に向けたリチャードはやり切れない表情をしていた。
口ではああ言っていたが、やはり心の奥底では迷いがあるのだろう。
「雷鳴剣」
迷いを払うように蒼剣にありったけの魔力を纏わせ、目視できないほどのスピードで駆け抜け、すれ違い様に斬りつける。
蒼剣を鞘に収めた瞬間、迸る雷撃が周を襲い、ついに周は倒れた。
同時に周が纏っていた魔力も霧散し、周に生命力を吸われていた初花達も呼吸を整える。
「終わった……んですか?」
「……たぶん」
「そんな……じゃあ光井くんは――」
青柳は咄嗟に駆け寄り、周の体を起こす。
しかし周はぴくりとも動かない。
「こんな…こんなのって…」
周の体を抱き抱えながら、青柳は大粒の涙を溢す。
こんなにも理不尽で残酷な結末を迎えるなんて、あまりにも救いが無さすぎる。
もしもこれが運命だというのなら、どうして彼がこんな目に遭わなければならないのか。
与えられた力が危険だというだけで始末される。そんな不条理が罷り通るなんて、どこまでこの世界は非情なのだ。
「ぅ…」
「え…?」
その時、周が微かに声を漏らした。
「ぁお…やぎ…?」
光井周は、生きていた。
「光井くん!」
青柳は周を力強く抱きしめる。
その勢いに周は小さく呻き、女子に抱きしめられているというシチュエーションに頬を赤らめる。
「よかった…生きてた…」
しかし周はいまいち状況を理解できていなかった。なぜ自分はこんなにボロボロなのか。なぜ青柳は泣いているのか。
思考が黒く塗り潰されてからのことはまったく覚えていない。
その間に何が起こったのかさっぱりだ。
疑問に思ったのも束の間、リチャードと初花が周に剣を向ける。
「アマネ・ミツイ。君を村人殺害の罪で拘束させてもらう」




