第七十五話 捕らわれのニオ。(3)
「へげっ!?」
しばらくすると、戻ってきた“旦那”に見張りの男がぶん殴られた。
経過時間は牢に入れられてからきっちり二時間。時間はUIで確認できるからずれはなく、この間、ライゼとの情報交換もパーティを交えての作戦詳細の詰めも、こんな場所にいても十分すぎるほどにできたんだ。
「だっ、旦那ぁっ!? ねっ、眠っちまったのはすいやせん! け、けど、旦那がくれた酒を飲んだあとじゃしゃーないと思いまさあっ!」
「口答えをするな、あとで飲めと言っただろう」
「旦那ぁっ、あっしが酒に目がないの知ってるでしょう!?」
ははーん……“旦那”、やってんなあ……。
こうなることを承知で酒を差し入れていたってことか……。
それはそうと、あらためて明るい所で“旦那”を見たことで、俺はようやく彼の正体に気づいた。
いや、マスクと暗がりで確認できなかっただけで、スキル≪静寂領域≫を所持するNPCということで察しはついていたんだ。
彼は俺がデザインしたキャラクター、名前は“鷹狩りのディー”。
灰髪灰眼、天然パーマの髪で片目を隠し、忍者染みた黒一色の全身に武装するのは大量の暗器。“ユグドウェル輝竜皇国”では森林保護官を務め、それ以前から弱者の支えとなっていた“義賊”という人物像。
本来、“ユグドウェル輝竜皇国”にいたはずのNPCたちが各地に分散し独自の道を歩んでいるのは、完全に俺が一から国を興すことになったせいだ。
それも、赤ネームに従わざるをえない状況になるとは、直接的に関与したわけでないとはいえ、どうしたところで責任は感じてしまう。
ディーを救い出すのもニオの役目と、あらためて実感する。
「奴が姫さんをご所望だ、連れていく」
「へい! いま牢を開けやす!」
「……!」
ようやく赤ネームからお呼びがかかったか……。
見張りの男は慌てて牢を開け、ディーからは「出ろ」と言われる。
とはいえ、ただおとなしくついていくのも癪なので、俺は後ろ手で縛られた腕を縄跳びの要領で脚を通して前に回す。当然、両足も縛られたままだけど、こんなところで≪柔軟性向上≫が役に立つとは思いもしなかった。
「おまえ……」
「余にとってこの程度は造作もないが、せめて足の縄は解いてくれぬか?」
「ああ、そうだな。解いて差し上げろ」
「へいっ!」
あっ、失敗した……。
見張りの男は意気揚々と縄を解こうとするけど、俺の脚元にしゃがみ込むわけだから、必要以上に身を屈めてスカートの中を覗こうとしてくる……。
「へぐっ!?」
そしてまたディーに殴られる。かっこわらい
「すまんな」
「よい。多少の躾は必要だと思うがな」
「猛獣を躾けたほうが楽だ」
「そうかもしれぬ」
「無駄話はいらん、ついてこい」
「せっかちな奴め」
そんなわけで、さっさと歩いていくディーのあとを追う。
牢の外に出てみれば、来た時には気づかなった隣の牢内にも視線が行くけど、そこにはたしかにひとりの少女が閉じ込められていた。
ゆるやかにウェーブのかかった金髪に紫眼、ドレス状の衣服はそれでもしっかりとした探索者の物で、その白い肌から種族はおそらく“夜人種”。
要するに“吸血鬼”というやつだけど、彼女が先ほどまでやり取りをしていた“ライゼ”で、俺は通りすがりに彼女と視線を交わす。
さらに隣の牢内にもNPCが三人いて、彼らはライゼがクエストで護衛をしていたという商人家族で間違いない。
「“旦那”とやら、この者らを普通の部屋に移せぬのか?」
「“旦那”でなく、“ディー”だ」
知ってる。
「こいつらに関しては奴の指示だから無理だ」
「そうか。ずいぶんと憔悴しているように見えるが」
もちろん彼らには演技をしてもらっている。
「……全員を牢から出し、一階奥の部屋に連れていけ」
「へい!」
「パンとスープも出してやれ。いざという時に動かせないと困る」
「ただちに!」
よし、伊達に義賊をやっていたわけではない。
ディーなら、救出にもっともやりやすい場所へと移動してくれるのでは、と期待をして試してみたんだ。
彼が指定した“一階奥の部屋”は隠し通路から近い場所で、要するに彼自身も“隠し通路”を把握しているということにもなる。
まあ罠の可能性も失念はしていないけど、そうだったらそうだったで、すべてを蹂躙してでも人質の救出を優先することを躊躇はしない。
……ただ、ひとつだけ懸念がある。
事がすべて解決するまで、俺の膀胱が持つか……だ。
***
――古王国山塞跡、大部屋。
牢から出たあと、俺は山塞の二階にあるこの部屋に通された。
もとは会議室か何かか、教室ほどの広さの内部には大机が置かれ、火を焚かれた暖炉によって灰白色の室内がほどよく暖められている。
「えへっ」
……えへ?
そんな中にいて、椅子に座っている男が声を発した。
ほかに人はいなく、いまこの場には俺とディーと男しかいない。
「んなっ!? 僕の許可なく牢に入れた挙句、両手まで縄で縛るとは、こんの無能野郎がっ! 用心棒なんだろっ! しっかりやれよっ!」
んん……? こいつが“プロトン”……?
なんか、想像していたのとはだいぶ違うけど……。
殺人を犯したというくらいだから、世紀末風のもっとそれっぽい奴が出てくるかと思いきや、まさかの日本ならどこにでもいるような普通の青年だ。
一般的な日本人が、着なれない革鎧をがんばって装備して、それでもどうにも着せられた感が拭えない、要するに“ど素人”な印象。
こんな奴が、警戒をするほどの相手なのか……。
とりあえず俺は両手の縄も解かれ、椅子に座らせられた。
「えへっ、えへへっ、ニオたん、ずっと逢いたかったんだよお」
「……っ!?」
「動画を観た時に一目惚れで、ずっとニオたんを僕のものにしたいって、願って願って、ずっとずっとずっとお、恋心が苦しかったんだあ」
「……っ!?!!?」
「はぁはぁ、それにしてもなんという解像度……。ニオたん、ニオたん、ニオたん、僕のニオたん、僕のもの、もう絶対に離さないはぁはぁはぁはぁ……」
ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!!?
こいつ、ニオにとっての超やばい奴じゃないですか! やだーっ!!




