第七十四話 捕らわれのニオ。(2)
結局、見張りのムカつく男は三十分ほどで眠った
深夜を回っているから俺自身も眠気があるけど、いまはそれよりも重大な危機に直面しているから眠りに落ちるわけにはいかない。
というのも、にょ、尿意がそろそろ限界だから。
仕方ないんだ。最後にトイレに行ったのはテントで横になる前、あれからもう六時間は経過しているはずだから、当然の生理現象なんだ。
だがしかし、この牢内ではしたくない。
だって、鉄格子のはまった狭い部屋は一畳半程度しかなく、床にボロ布が敷かれているだけでトイレ用の桶すらないという劣悪な環境。
しかも、両手両足を縛られている状態ではパンツを下ろせず脚も開けず、ね、寝ているとはいえ人前でというのは……完全に絶望的な状況だ。
俺はもじもじと身を震わせ、脳裏によぎるのは“脱獄”の二文字。
さっさとレリックを装備して壁をぶち破るのは簡単にできるけど……ここまで来て人質の安否も確認せずに逃げるのは、なんとも間抜けではないか。
「……オさま? ニオさま、隣にいるのね?」
そうして、尿意をどうにかできないかと考えていたところ、見張りが眠ったことで静かになった牢内に問いかける声が聞こえてきた。
俺は鉄格子に近寄り、声が聞こえてきたと思われる側に耳を傾ける。
「そうだが、誰だ? ひょっとして人質にされた者か?」
「ええ、私は“ライゼ”、プレイヤーよ」
「無事であったか。ほかの人質も一緒に?」
「私と一緒に捕らわれた者も隣の牢に、ニオさまも捕まったのね?」
「捕まったというか……。そなたらを助けるための作戦でもある」
状況的に致し方なかったとはいえ、当初の作戦の隠し通路を使うよりは、俺が内部に入ってしまったほうが与しやすいと考えたのは本当だ。
中身のない、それ自体が動く罠である“トロイの木馬”。
いざとなれば、≪創世の灰≫でどうとでもできると考えたわけで、あとはマップ情報から皆の接近を待つだけという状況だった。
「そう、ニオさまはお強いものね。動画や配信も観ていたわ」
「それは、なんというか……ありがとう……」
つい口を衝いて出たけど、お礼を言っている場合ではない。
俺とライゼは壁を隔て声量も抑えて会話を続ける。
「それで、見張りが寝ているからと危険を冒して話しかけてきたわけではあるまい? 余よりもここに長くいて、何か掴んだことはないか?」
「ええ、それを伝えようと思ったの」
「というと?」
「ニオさまをここに連れてきた人物、“旦那”と呼ばれているけれど、その旦那は無理やり従わせられているみたいなのね」
「赤ネームにか?」
「赤ネーム、たしか名前は“プロトン”だったかしら……。そのプロトンに、娘を人質に取られているとのことで、逆らえないらしいわ」
「なるほど……な……」
赤ネームに悪態をついていた理由はわかった。
「だが、その旦那はユニークスキル≪静寂領域≫を持つ。自ら娘を奪還しようとすれば、初心者赤ネームごときは相手にならないのでは?」
「娘さん、ここにはいないのよ。居場所がわからないから、所在を突き止めるまでは従うしかないというわけね」
「そうか……」
そう遠くに離されているとは思えないけど、隠れられる場所なんていくらでもあるこの山岳地帯では、定期的に場所を変えられたらまず見つからない。
だとしたら突破口は、その赤ネーム“プロトン”を従わせてしまうこと。
生来の盗賊と違って、プレイヤーは現実に戻れば一般人だから、根っからの悪人でない以上は懐柔できる可能性がある。
それが話し合いでできるか、力尽くとなるかは本人次第ではあるけど。
「ライゼとやら、情報に感謝する」
「どういたしまして。ここまで来た甲斐があったのね」
「ここまで? どこから訪れたのだ?」
「グランデストニアから、はじめての旅は大変だったわ」
「――っ!?」
つまりグランデストニアともマップが繋がる……!?
これは、何がなんでもここから彼女を救出しなければ……!
そうと決まれば……。
「ほかに、特に赤ネームの情報はないか?」
「そうね……。対人に慣れているようで、トリッキーな動きで翻弄してくる厄介な相手だったのね。レリックは“双剣”……いえ、片方は補助武器なのかしら?」
「ふむ……。余の特大剣とも相性は悪いかもしれんな……」
特大剣の間合いの内に踏み込まれるとどうしようもない。
「なんにしてもそういうことだ。聞いていたな?」
『はい、たしかに聞いていました。山塞跡まであと一時間はかかる見通しですので、それまではどうかご無事でいてください、ニオさま』
俺の問いかけに対する返事は、少し前からパーティチャットを繋いでいるアエカによるものだ。
こうしたことを警戒して見張りをつけたんだろうけど、その見張りが眠りこけては意味をなさず、禁止したくともできないものだから当然断りなく使う。
監視を諦めているのかそれとも杜撰なだけか……いや、無理やり従わせられているだけの“旦那”のことだから、わざと穴を開けたとみるべきか……。
「大丈夫だ、問題ない。討伐隊が山塞跡に接近したところで余も動く。あとは流動的に、そなたらは予定通り隠し通路を通り、まずは人質を奪還せよ」
『私としては、まずはニオさまを連れ出したいのですが……』
「案ずるな、プレイヤーが相手ならこの身をなぶられる心配はない。赤ネームごときに後れは取るまいよ」
『安易に承服はしかねます……』
後れを取るとしたら、それこそ“旦那”がもっともな相手だし。
「そうだ、人質と接触した。フレンド登録をして情報伝達を円滑にせよ」
『はい』
「ライゼも、聞いていたな。フレンド登録を」
「わかったわ」
相変わらず捕らわれの身ではあるけど、牢内にいながらも収穫はあった。
この杜撰な監視体制は、間違いなく“旦那”による手引きとみるべきだ。
安易に信頼をするわけではないけど、お互いに人質の奪還が第一の目的なら、それとなく裏で糸を引くことで信用はできるのではないか。
とりあえず、見張りが平安と眠りこけているうちに、ライゼが知りうる情報を聞くだけ聞き出し、次の動きに備えはじめた。




