第七十三話 捕らわれのニオ。(1)
後ろ手に縛られ、脚も縛られ、担がれた状態で斜面を下りていく。
少女の身で軽いとはいえ、人ひとりを肩に担いで急斜面を下りるのは、狩人だったとしても簡単にできる身のこなしではない。
うしろを見ると前哨地では火の手が上がり、仕掛けるつもりだった陽動をまんまと先んじられたために、右往左往するプレイヤーたちの姿があった。
対してこちらは、いっさいの灯りを持たずに暗い森の中を駆け抜けていくから、この卓越した身のこなしは素直に驚くべく存在が相手だ。
まさか、こんな奴が盗賊団にいるなんて……。
「余に対する人質から離れ、声を上げられるとは思わなかったのか?」
ツキウミとイースラから離れ、猿ぐつわも噛まされていない以上、ここで大声を上げて助けを呼べば間違いなくアエカには届くだろう。
「無駄はよせ。スキル≪静寂領域≫……何人たりとて、俺の領域内ではいっさいの存在を悟られることはない」
「――っ!?」
そういうことか……!
いくらなんでも、近くにいたアエカにすら気づかれず、テント内に忍び込めたのはおかしいと思っていたんだ……!
≪静寂領域≫――スキル使用者を中心にした一定範囲内の音を、領域外に漏らさないよう完全にシャットダウンするユニークスキルだ。
このスキルはユニーク中のユニーク。暗殺向けのスキルのため、所持者は忌み嫌われ必然的に闇の世界へ落とされるといういわくまである。
まずいことになった……。
現状で、このスキルに対抗できるプレイヤーはいない……。
「きさまらの目的はなんだ? 余をさらってなんとする?」
ニオを連れ去るためだけに、わざわざ後陣まで押し入ったことからも、その目的が暗殺でないことだけは容易に想像ができる。
この男はNPCのようだけど、これほどの手練れを使ってニオをさらう理由……赤ネームプレイヤーの目的……皇国大隊に対する最たる人質か……?
完全に包囲された状況から脱するために、そうとしか……。
「知らん。奴は、人の命をなんとも思わない外道だ」
「ん……?」
「俺とて裏社会を生きた身だが、奴ほど命を路傍の石かのように扱う存在はほかに知らん。自らの命でさえ……!」
それは、プレイヤーにとってはあくまでもゲームだから……。
「奴とは、きさまらの首魁とみるが、心から従うておるわけではないのか?」
「……」
「そこはだんまりか……」
なんにしても、もしもいやいや付き従っている理由があるのなら、この手練れを無力化できる可能性があるのかもしれない。
それにしても、この男はすごい……。
いまも大きな岩塊の間を飛び移っているけど、担がれた俺には着地の衝撃がほとんど伝わらず、全身のバネだけで慣性を完全にコントロールしている。
これでは、どんなに警戒をしようと気づかないわけだ……。
ならば……。
「そなた、余のもとに参じぬか?」
人に手をかけているのであれば、先に罪を償わせなければならないけど、これほどの手練れを赤ネームプレイヤーがいいように使うのは許せない。
懐柔できるのなら、この男の存在だけで形勢は一方的になる。
「いきなりなんだ?」
「そなたが欲しいと言うておる」
「小娘が、そう簡単に男を求めるな」
小娘って、中身は同じくらいだと思うけど……。
「案じてくれるのか?」
「勘違いされいいようにされるのはおまえだ。と言ってる」
「やはりそなたは、盗賊団なぞに身をやつす器ではないようだ。理由があると見受けるが、話せば余がどうとでもしようぞ。どうだ?」
「いらないお節介だ。黙れ」
「かたくなな男よ」
俺は上体をねじって彼の顔を見ようとしたけど、星霊樹の灯りが逆光となり、口元はやはりマスクで覆われているようで、よくわからなかった。
この男と討伐隊を戦わせてはならない。
盗賊団に対する攻撃と人質奪還作戦がはじまる前に、この男だけでもどうにか味方につければ、おそらくはこちらの勝ちだ。
そう、俺は赤ネームプレイヤーを脅威とは思っていない。
その心性は危険かもしれないけど、プレイヤーの多くと同じく、まだはじめたてではどうしたところでビルドが完成するはずはないから。
そして一騎であろうと当千、それが“輝竜種の姫”。
俺を侮るなよ。
***
――古王国山塞跡、地下牢。
三時間ほど休みなく山々を駆け抜けたあと、俺は地下牢に入れられた。
石床の上に、ふわふわのマットがあるかのようにやさしく下ろされたので、やはりこの男はレディの扱いをわきまえている紳士なのかもしれない。
「レリック持ちからは目を離すな、三時間で交代を送る」
「へい、旦那。こんなちんまいべっぴんの見張りは役得でさ~」
そして、どこかへと立ち去ろうとする手練れに申しつけられ、盗賊団の一味とみられる男が見張りについた。
男は、牢の外でこちらへと向かって椅子に座っているから、俺はなんともいたたまれない気分で部屋の隅で身を縮こませる。
たしかに、美少女であるニオを公然と見張っていていいのなら役得だろうけど、いやらしく緩んだ表情を向けられるのは、非常に耐えがたい。
寝ようとしていたところをさらわれたから、軍装とニーハイブーツは脱いでいて、当然見られているのは素肌むき出しの肩と背と脚ばかり。
まったく、これだから男ってやつは……。
なぜか、自分自身のメンタルにもブーメランが帰ってきて刺さるけど、こればかりは本能だからどうしようも……どうにかしたい。
「余をそのような下卑た視線で眺めるとは、あとで吠え面をかかせるぞ」
そんなわけで、とりあえず噛みついてみたけど……。
「はぁ~、お姫さまってやつは勇ましいこって。やってみ~? 牢の外に出られるなら、やってみ~? どうした~? んだらば、おまえさんが牢を破る前にオラはマスかいてびゅっびゅってぶっかけたろ~か~? はぁ~?」
「ぐっ……!?」
なにこいつ!? ムカつくーーーーっ!!
煽りが倍で返ってくるとは思っていなかったから余計にムカつくけど、さらに煽ると本当にやりそうなので、とりあえず怒りを飲み込んで押し黙る。
あっさりと負けた気もするけど、あとで本当に吠え面をかかせてやる!
インベントリにはレリックが入っているんだから、この仕打ち覚えておけよ!
くっそーーーーーーーーっ!!




