第五十七話 真を告げる彼女の願い。
トリストロイに接近しようとした瞬間、俺は地面に打ちつけられた。
攻撃をされたわけではない、体が自由を失って自ら倒れてしまったんだ。
何が起きたのか。全身に引き裂かれるかのような痛みが走り、どこが痛いのかもわからないまま、呼吸すらままならずにもだえ苦しむ。
「がっ、はっ……あぐっ、ぎっ……!」
「ニオさま!? これは……いけない……!」
すぐにアエカが駆け寄ってくるも、視界はぼやけ、深海に沈んでしまったかのように苦しいばかりで、彼女の心配しているだろう顔すら見えない。
「ニオさま!? 何が!?」
「ニオ姫さま!? どうなされた!?」
「な、なんでぇっ!? すぐに≪光癒≫を!」
「皆さんはトリストロイを押さえて! ニオさまには近づかせないで!」
「くっ……。ん、わかった……!」
「し、然り! 追撃をさせるわけにはいかぬ!」
「る、≪光癒≫は……?」
「ニオさまは、傷を負ったわけではありませんから……。ツキウミさんも、ベルクさんとイースラさんの支援に、ここは任せてください」
「は、はいぃ……」
ベルクとツキウミとイースラはトリストロイと対峙し続ける。
決定力に欠けたまま、俺に近づけまいと自らを盾となし、すでに再生している触手だろうと背に跳びつき根本を押さえ――。
痛い――。
魂が引き裂かれるかのように、痛い――。
痛みだけで体が形づくられているかのように、ただ痛い――。
痛みのなか、それでも俺は考えることをやめない――。
もしかしたら、これが“死”の痛みなのか――。
俺は、ここで――再び――。
「どうして……Psycheが剥離しかけている……」
アエカは俺の胸に手を当て、よく聞き取れない単語を口にした。
彼女の顔を見上げるも、ぼやけた視界ではやはりその表情は見えない。
最初に倒れた時も、抱きかかえられて同じ状況だったのだろうか……。
あの時のことは覚えていないけど、その再現がこのタイミングで行われているのだとするなら、運命とやらはなんて意地が悪い……。
おそらく、二度目はない……。
死にたくない……まだ、死にたくない……。
「あぅ、あぅえ……」
「ニオさま、大丈夫です……。すぐに整えますから、二度とこんなことにならないよう強固に結びつけ、もう苦しまなくても済むように……」
「ぐぅ……ううぅ……」
「負けないで……。運命の強制力からは私が守ります……」
アエカはそう告げると、手のひらから黄金色の光を放った。
金光は帯となり俺の全身を包み込み、途端に痛みも和らいでいく。
心が安らぐあたたかな光……彼女の慈愛が込められた、そんな光……。
「あなたを“―――”としてしまう私を、許してくれますか……?」
視界を取り戻すとともに、アエカのやさしく微笑んだ表情が見えた。
最後に彼女がなぜ許しを願ったのか、何を言ったのかは、わからない。
「アエ……カ……」
「まだ動かないでください……。ツキウミさん、いまなら治癒が可能です! ニオさまに≪光癒≫をかけてもらえますか!」
「はっ、はいぃっ! すぐにぃっ!」
ツキウミが駆け寄ってくる。
結局、アエカが何をしたのかはわからないけど、少なくとも痛みは消え、まだ体は動かせないものの、感じた“死”の気配もどこかへと消えていた。
いったいなんだったのか、いまはまず戦線に復帰しなければならない。
アエカの隠し事に触れるのは、事が終わったあと……。
「星霊樹より紡ぎし理の糸、聖錬、拝礼、万霊心癒、邪気神滅、ウル アイハディ レ ルクステラ ヴィ ナーダ、癒しの秘蹟をもって彼の者を癒せぇ、≪光癒≫!」
そうして、ツキウミが星霊樹より力を借り受ける“星唱”を唱えると、杖からはやはり金色の光が放たれた。
ただ、アエカのものとは違う、傷を治すだけの属性スキルの光。
俺の状態は傷を負ったわけではないけど、いまだ喋れないほどに体力を消耗したらしく、実際に冷たくなった体に熱が戻ってくるのを感じる。
本当に何が起こったのか……見当もつかない……。
「ぐはっ!?」
「ベルク!? あっ……」
まだ治癒を受けている最中、視界の端に吹き飛ばされたベルクが見えた。
柱を倒壊させるほどの勢いで転がり、その先にいたイースラも巻き込みながら、外周の壁に激突してようやく止まる。
「ぐぅ……がはっ……! な、なんのこれ……しき……」
ベルクはよろめきながらすぐに体を起こしたものの、傍らに倒れたイースラは床に伏せたままピクリともしない。
【ゲヘェッ、エヘッ、じゃ邪魔スるのがイケ、ケ、いけナイ! オデとぉ、いとトしの女ぁっ、ソ、添い遂げルゥ、サダメェッ、エヘッ!】
トリストロイは歪に笑い、急激に呂律が回るようにもなっている。
語彙も増え、その体もさらに引き締まって人に近づいているようだから、この瞬間もニトグアの影響を受け進化しているんだ。
「ぐっ……治癒は、もういい……。余でなく、ベルクとイースラに……」
「ニオさま、無理をなさらないでください! あなたの受けたダメージは……」
「体でなく、魂に……とでも言うのか……?」
「……っ!!」
「どうしようとも、うっ、ぐっ……トリストロイが執着するのは、余だ……」
俺は抱えられたアエカの腕を離れ、ゆっくりと体を起こしていく。
体はまだ上手く動かないけど、悠長に休んでいるわけにもいかない。
「ニ、ニオさまぁ……」
「ツキウミ、行け……! 奴は、余が引きつける……!」
「う、うあぁああぁぁぁぁっ!」
ツキウミは泣きながら俺のもとを離れていく。
庭園の外周を沿い、トリストロイからも遠く離れて。
「くっ、クソッ……! 体……動け……! 動けぇっ……!」
「ニオさまはこのまま、私が時間を稼ぎます……!」
まだ立ち上がれない俺の前に立ち塞がったのは、当然アエカだ。
小銃を構え、だけどベルクと違って攻撃を受ければ大ダメージを受けてしまうことは確実。彼女はあくまでもアタッカーで守ることには秀でていない。
阻む者を排除し、ゆっくりとこちらへと歩み寄ってくるトリストロイ。
【いヒィッ! いイッ、愛しのおまエッ、お、オデとまぐワえぇぇぇぇっ!!】




