第五十六話 混沌の御使い(3)
「せぇぇぇぇいっ!!」
ベルクが盾で受け止めたトリストロイの樹腕に対し、俺は駆け寄りながら特大剣による一撃を食らわせる。
樹腕はたやすく両断できたものの、その感触はまるでバナナを切るかのようで、それもすぐに新たな粘体と根が伸びて修復されてしまった。
腐った樹木の体……防御力はないに等しいけど、あの再生力では……。
【いトッ、いとしヒッ、おオマッ、ナゼ、おデっ、キき斬る、らルルッ】
「なぜもへったくれもない。きさまの存在が人の仇となるからだ」
【なナッ、なにウォもっ、してテなイッ、ここコッ、棲んデッたっだケッ】
「そうだったかもしれない。だがきさまは、以前アエカを傷つけた。余にとってはそれこそが許しがたい行為、きさまは逆鱗に触れたのだ」
【アッ、あァアッ、誰ガッ、アエッ、アえカッ、誰っ、おまっ、いとシはっ、オデだケッ見テッ、ミッてテッ、いれれバッいいっ、おまガッ、ほしっイィッ】
「だが断る」
トリストロイは眼前に立ちふさがるベルクを無視し、体のいたる所から触手を伸ばして俺を拘束しようとしてきた。
だけど、その対処法はすでに知っている。
俺は特大剣に“光焔”の属性付与を発動させ、水平に持ち上げることでできるだけ体から離す。
すると、触手はまるで何かに誘導されるかのように特大剣の切っ先へと集中し、あとは斬り返すことで一切合切をたやすく燃やし尽くした。
【ナなっ、なジェッ、捕まエラッれなっいヒッ、ナッ、なにシタッ】
「はて、なんのことやら」
俺のやったカラクリは単純なことだ。
トリストロイの、スライムの特性――現象発現の際に消耗される原理に引き寄せられるという性質を、“攻撃のそらし”に利用したにすぎない。
これは、“華麗☆なる”から得られた情報をもとに編み出した対策。
どのような姿に変態しようとも、こればかりは定められた生体がゆえの本質だから、抗えるとしたら奴がその存在から変質したときだけ。
“偽神”だとかいうガワを被ろうと、やはり“スライム”でしかない。
【あアアッ!! じゃジャッ邪魔をヲヲゥヲッ、すルるるルナァッ!! クくッ、喰ろうテッやルッ、おママえらっ、みなっ、喰喰ロウてっやるるルゥッ!!】
知性を獲得しようと、しょせんは単細胞生物か。
トリストロイは激高し、まずはすぐそばのベルクに殴りかかる。
「ぬぅおおっ! ≪反攻盾撃≫!!」
だけど、その攻撃もベルクのカウンタースキルによって返され、むしろ腐って耐久力のない樹腕を粉砕されてしまった。
「ここっ! ≪徹甲貫徹≫!!」
続いて、イースラもまたユニークスキルを用いて攻撃を仕掛ける。
彼女の強撃スキルは、ただの鉄の矢を装甲貫徹力を持つ“徹甲弾”にまで昇華させ、もう一方の樹腕を肩口から破断させた。
トリストロイはあまりにも柔らかい。ゆえにダメージを与えやすいものの、それも再生限界がこないうちは徒労に終わる可能性がある。
ほら、樹腕は両手ともすぐに再生をはじめた。
「ニオさま!」
「アエカ、どうだ? 調子を取り戻したか?」
「は、はい。いえ、そうでなく……観察してわかったことがあります」
「攻略に関することなら歓迎だ」
「ユグドウェルの奥底に封じられしアルコーン“N祁Ωノ祇”……ん、失礼しました。便宜上“ニトグア”とでもしましょうか……あれは、間違いなく彼の存在ですが、どうやら真に復活はしていないようです」
アエカが告げた名前は、人が発声できる類のものではなかった。
言い直したものの、むしろ俺はそのことのほうが気になってしまう。
「それは……?」
「本来のニトグアであれば攻撃は苛烈。ベルクさんであろうとも、現状で凌げる相手では決してないのです」
「つまりあれは……トリストロイの支配下ではあるものの、あくまでもまだ封印状態にあると……。アエカはそう判断をしたのだな?」
「はい、間違いはありません」
「ならば、突破口はトリストロイを相手にするのと変わらず……」
「まずは力の源となっているニトグアを、頭部を切り離してしまいましょう」
「理解した。ツキウミ、聞いていたな?」
「は、はいぃ……」
そばでは、身を縮こませたツキウミも話を聞いていた。
「攻撃属性スキルの制限を解除する。余に続き、頭部切断に協力せよ」
「はいぃっ! ≪風剣≫でいきますぅっ!」
アエカも小銃を構え、トリストロイを狙って引き金に指をかける。
「ベルク、抑えよ! イースラは左、これより突破口を斬り開く!」
「承知!」
「ん!」
ベルクはそのまま正面からトリストロイに対峙し、イースラが左側面へと走りだしたのを確認してから、俺も右側面へと走りだした。
ツキウミはその場で詠唱をはじめ、アエカは彼の前で膝射の体勢を取る。
身を屈めて走り、執拗に俺ばかりを狙おうとする触手をすべて迎撃し、行く道をときに切り返しつつも徐々に距離を詰め、その機会を狙う。
「ニオさま、危ない!!」
「くっ……!!」
弾丸の勢いで真っ直ぐに向かってくる触手に紛れ、横薙ぎにされたものを大きくのけ反ることでなんとかかわした。
体勢を崩され、さらなる追撃が続くなかで転倒しそうになるも、俺は咄嗟に手をついてサマーソルトキックの要領で迎撃を成功させる。
スキル≪柔軟性向上≫がここで役に立つとは……。
追撃は続くも、迫る触手はその半数以上をドチュ、ドチュという水音を立て、アエカの発砲する弾丸によっても撃ち落されている。
ベルクが樹腕を相手取り、俺が触手のすべてを引きつけている状況。
ほかの皆が攻撃されないのはいいけど、このままでは……。
「≪風剣≫!! ニオさま、いまですぅっ!!」
「ツキウミ、よくやった!!」
そうして接近を阻まれるなかで、ツキウミの魔法が触手を根本から断ち切った。
すぐに再生はされるだろうけど、その一瞬の間隙が接近する機会となる。
俺は踏み出した脚に力を込め……。
「あ、ぐっ……!?」
「ニオさま!?」




