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第五十八話 負けられない戦場で。

 目の前でアエカが殴り飛ばされた。


 暴風が懸命に咲く花をたやすく吹き飛ばしてしまうかのように。


 彼女は床に叩きつけられ、二転三転と転がってそのまま倒れ伏す。



「ぐっ……。きっ……さまっ……!!」



 体の奥底で血液が沸騰するのがわかる。


 なによりも大切な彼女をまた守れずに、暴虐を尽くすトリストロイにも、不甲斐ない自分に対しても、沸き起こる怒りの矛先が向いている。


 だけど体は動かず、特大剣を支えに立ち上がることしかできない。



【でヒッ、ココ、これデッ、邪魔者、いナくなタッ。オデと、おまっマエッ、仲睦マジまじ暮らラスッ。オデとっ、オマエの子っ、授かるルルッ!】


「断る……! きさまごときに、くれてやるものはひとつもない……!」



 俺は断言し、持ち上げられない特大剣ではなく腰のナイフを抜いた。



【マッ、まダッ、抵抗するルなラッ、両手両足チぎっテッ、く、首からサゲげるモノする。ヒト、そうシしテッ、ジブンかざルるトッ、オデッ、シッテル】


「絶対に断る……!」



 そんな生き地獄は絶対にいやだ……!



【さ、さアッ、おでデッのモノにっなルるルッ!】


「断ると言ったら、断る……!!」



 トリストロイは返答を気にも留めず樹腕を伸ばしてきた。


 俺はナイフを構えるのがやっとで、距離を取ることすらできない。

 視線だけは決して逸らさずに、だけどどうすることもできない。

 当然、リセットボタンなんてものはなく、ログアウトだってできない。


 このまま、生き地獄を味わうくらいなら……いっそ……。


 そうして、自らを殺してでも相打ちが脳裏をよぎったところで――


 ――その白い閃光は現れた。



「疾っ!!」



 白い閃光は、眼前にまで迫った樹腕を両腕とも粉砕し、俺とトリストロイの間に颯爽と立ち塞がる。



「やあやあっ、どうやら待たせてしまったようだねっ! 英雄たるは危機に陥った乙女のもとに必ずや駆けつけるっ! たとえ遅かろうともっ、それが英雄たる資質なのだからっ、多少の遅刻は甘んじてくれたまえよっ!」



 大仰な身振り手振りでそう告げた白い背中は、一瞬だけ希望を抱いてしまったものの、肩越しに視線が合った瞬間すべてを台無しにした。



「バ、ヴァローレン……」


「そうだともっ、この私が……おや? 何があったか浮かない顔、すべてはこの異形のせいだと察するが、ニオ姫さまにそのような表情をさせるとは……この“華麗なるヴァローレン”っ、穏やかには済まさないよっ!」


「いや、助かった……。だが気をつけよ、こやつは“骸渡りのトリストロイ”にして、想定を超えし異形と化した。軽く見ては足元をすくわれかねぬ」


「直々の忠言、心得ようではないかっ! だがしかしっ、私たちはニオ姫さまの危機を告げられ参った次第っ! 当然っ、私だけではあるまいよっ!」



 ヴァローレンはやはり大仰な身振り手振りで指し示す。


 見ると、ベルクとイースラのもとには“華麗☆なる”のメンバー銀華と味玉が、アエカのもとにはノフィトリカがすでに駆けつけてくれていた。


 さらに、逆の手の先には一糸乱れぬ隊列でこちらへと向かう集団……。



「全隊、行進射! 血のにじむ訓練の日々を忘れるな! 己を戦車を動かすためのパーツとみなせ! すべては――」


「「「ユグドウェルがため!! ニオ姫さまがため!!」」」


「であります!!」


「射撃よーい、撃て()ーーーーっ!!」



 集団は、全員が弓装備の真っ黒な軍服もどきを着た、たしか“ニオ姫さまがための皇国大隊”とか言っていた連中だ。


 六人が二列縦隊で行進をしながら、トリストロイに矢を放っている。



「いかがかな? これでもまだ不足があるというのならっ、この華麗なる私がっ、隠されし真の力をお見せしようではないかっ!」


「いや、十分だ。そなたに、体勢を立て直すための協力を頼みたい」


「可憐なる乙女に求められるのはっ、やぶさかではないっ!」



 この変な男の存在が、俺の熱した心までも冷静なものにしていく。



【ああアッ! まタッ、またタまタッ、じゃまジャマッじゃマまマッ邪魔じゃジャマッ邪魔モノッ、あアァあぁぁアッ!! ユルすまジいイイィぃィィッ!!】



 トリストロイは、邪魔をされたことがよほどご立腹だったのか半狂乱となり、所かまわずに触手を放って再生した樹腕も振り回しはじめた。


 まず真っ先に標的となったのは、攻撃を継続していた“皇国大隊”。



「銀華、やらせるなっ!」


「はわっ!? はっ、はい!」



 ヴァローレンの指示で、それまでベルクたちの様子を見ていた銀華が走りだし、“皇国大隊”に迫ったトリストロイを戦斧で迎撃する。


 彼女の力強くも美しく躍動する筋肉と、床に走った亀裂からも衝撃は相当なものだったとわかるけど、それでもトリストロイは動きを止められた。


 そして、皇国大隊による追撃がさらなる矢の雨を降らす。



「ニオ姫さま、我々がしばしの時間を稼ごうではないかっ! まずは体勢を立て直しっ、その後は華麗なる共闘(ダンス)を私と踊ってはくれまいかっ! なに、あの程度の品のない輩はっ、すぐにでも我が剣の錆びとなるであろうっ!」


「ぷっ、あはっ、そなたの珍妙さもこの場では不思議と救いだな」


「やはり乙女はそうでなくては……。その眩しくも咲き誇る可憐なる微笑みはっ、いまこそ闇を斬り裂く我が剣っ、≪燦然と煌めく星(ブリリアントスター)≫の光となろうっ!」


「そなたのレリックは星球武器(モーニングスター)ではないか。おもしろいぞ、ヴァローレン」


「これはこれはっ、私としたことが迂闊もいいところっ! ニオ姫さまに一本取られてしまったようだねっ! だが悪くないっ、そうっ、悪くない気分だっ!」


「あははっ、本当に変な奴」


「では、私は行くとしようっ!」


「ああ、頼む!」



 ヴァローレンはいまも交戦が続くトリストロイのもとへと駆け出し、俺はまだ倒れ伏したアエカのもとへと向かう。


 特大剣を支えに一歩一歩は鈍足なものの、大切な彼女が傷つけられたのなら、なによりも俺自身でその目覚めに寄り添いたい。


 俺を守ろうとしてくれるのならなおさら、それ以上の想いを――アエカに。



「ノフィトリカ、アエカは……」


「ぁ、ニオさま、ぃま……」


「私は、大丈夫……ごほっ……」


「無理をするな。あとのことは余が引き受ける」


「ニオさまこそ、満足に動ける状態では……」


「それでもだ。なればこその、“輝竜種の姫プリンセスオブロードドラゴニア”なるぞ」


「頑固ですね……。らしいですが……」


「そうであろう?」


「なら、私もお供します」


「無理をするなと……」


「主が無理をするのに、休んでいるお側付きがいますか?」


「う……」


「なればこその、“ニオさまの筆頭メイド”ですよ」


「うぐぅ……」


「ご理解いただけましたか?」


「仕方……あるまい……。共に行こう」


「はい、ニオさまと共に」

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