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膠着

まず、現在の中華全土の状況の整理が始まった。まとめ役は相変わらず曹操である。



「正直、官軍は劣勢であると言わざるを得ん。劉岱殿など、賊軍に討ち取られるものも出始めている。」


劉備の顔も、いつになく深刻である。ただ、絶望と言うよりは、何か思索しているようにも見えた。


「朱儁殿と皇甫嵩殿も、現在行方不明だ。両将軍の敗残兵がある程度こちらに集まりつつあるが、それでも厳しい状況に変わりはない。」


「援軍は望めそうなのか?」

夏侯惇が口を開いた。


「使者は出したが、厳しいだろうな。洛陽の連中も一致団結しているように見えるが、この期に及んで水面下でお互いを陥れる策を練っている。そんなことだから、有効な対応が取れず黄巾軍は膨れ上がるばかりだ。」



「盧植先生の所に朝廷から派遣された使者も、襲撃されて命を落としたそうだ。」


簡雍はその知らせを聞いて少し安堵した。その使者は、本来なら盧植に賄賂を要求して拒絶され、讒言により盧植が投獄される原因を作った者であろう。


自分の知っている歴史に比べれば、今自分たちが置かれている状況こそ史実より厳しいものの、全体で見ればそこまでの悪化ではない。

歴史の修正力と言うべきか、国運と言うべきか。目に見えないなにか大きなものの力を、簡雍は感じていた。


「そこで、だ。目の前の張宝・張梁軍をどのように撃ち破るか、意見のあるものがいれば忌憚なく述べて欲しい。」


そこまで一気に喋った曹操が周囲を見渡すが、誰も妙案のあるものはいない。簡雍も、古今東西の戦などからこの状況を打ち破れる策を見出そうとしたが、何も浮かばなかった。


沈黙に耐えかねてか、夏侯惇が再び口を開いた。


「こうなりゃ、大将狙いで突撃するか?」


張飛もそれに乗った。


「同感だ。この状況じゃ、一か八か突っ込むしかねえだろ」


夏侯淵と関羽がそれに反論する。


「勝利に勢いづく敵軍に真正面から挑むなど単なる自殺行為だぞ、惇兄」


「えきと・・・翼徳もだ、もう少し冷静になって考えろ」


二人はしゅんとした。


曹操は、その様子を見ると、口元に笑みを浮かべて話し始めた。


「では突っ込んでもらおう。ただし、策が成った後に、な。」


「孟徳、何か浮かんだのか?」


「ああ。先日の敗戦の際、複数人ではあるが間者を忍ばせておいたのだ。」


一同は驚愕した。あの状況で、策を練っていたのか。


「孟徳殿もか。俺もだ。だが、その間者をどう使うのかが思い浮かばなかった」


その言葉を発したのは、意外にも劉備であった。

驚いたのは簡雍だった。一見すると冷徹にも見える手を劉備が打っていたからだ。


「驚いたな。玄徳殿がそのような手を打っているとは」


「・・・弟が命賭けたんだ。俺だって、小せえ矜恃なんぞ捨てるさ」


「そうか。考えることは同じだな。」


違う。確かに結果は同じだ。だが、その裏にある想いは大きく違う。

曹操は勝利のために策を練った。だが劉備は、劉徳然の想いを殺さぬために、己を殺して最善と思える手を打ったのだ。



「玄徳殿。私の策に協力してもらえるか?」


「内容によるな。聞かせてくれ。」


「まあ、そこまで難しい策じゃないさ。潜り込ませた間者たちには、兵糧の場所を探らせている。判明次第、俺達はそこを襲う。兵糧に火をつけ、混乱した大将を討つ。その役は我らが軍の猛将たちに任せよう。」


「わかった。うちの間者にも連絡しよう。」


「頼む。」


「・・・基本的には賛成です。ですが、ただ奇襲し、火をかけるだけでは、黄巾軍には通じません。」


策が決まりかけたところで、田豫が割り込んだ。


「どういうことだ?」


曹操が訝しげに訪ねる。


「・・・焦る必要はない、ゆっくり話してくれ。」


劉備も、同じ表情だった。



「・・・信じてはいただけないかも知れませんが、敵に、妖術を使えるものがいます。殿の時、私たちは敵の足を止めるため火を放ちましたが、そのものに即座に消し止められました。」


「・・・妖術か、にわかには信じ難い事だが。」


曹操の声色が、途端に低くなった。合理的な思考の外にあるものを殊更嫌う曹操には、田豫の言うことが、錯乱したものの戯言のように聞こえるのだ。


「洛陽での事件、覚えてるか?」


劉備が口を開く。


「馬元義の件か」


「そうだ・・・その男も、不思議な力を使っていた。あれは、妖術と言う以外に表現のしようがないものだ。」


「そうか、玄徳殿らが捕らえたのだったな・・・田豫殿の言うこと、信じるしかあるまい。後々、間者からも報告があるであろう。敵は、何らかの力を使える、ということか。」


「その通りです。故に、作戦の成功のためには、その術者の目をいかに兵糧庫から逸らすか。つまり、前方の我らにかかり切りにさせるかが課題となります。」


既に田豫には策がある様子だった。


「戦った際の様子からして、恐らく術者は黄巾族の中でも相当の地位にあるものと思われます。故に、軍の統率者として、「勝機」を得れば、そこを突こうとするはずです。」


「確かにな。俺でもそうするだろう」


「そこを逆手に取ります。」


「逆手に?」


「はい。敵に「勝機」を与えるのです。」


「俺たちに、負けろと?」


「そうです。」


「ふざけんじゃねえ!!」


張飛が、田豫の首根っこを掴んだ。


「何が策だ!諦めてるだけじゃねえか!!」


「落ち着け翼徳!最後まで聞くんだ。」


関羽が張飛を止めた。田豫は、襟を正すと改めて話し始めた。


「そのように見せる、ということです。兵糧庫の場所がわかり次第、全軍で退却するように見せながら後退します。その直前に、曹操殿、夏侯淵殿は奇襲のため、別働隊を率いて離脱してください。残りの将軍方は、敵の目を欺くために、本軍に残ってください。」


「ふむ。」


関羽は、何かを考え込むように、顎髭を軽くつかみ、下を向いた。


「我々は先日、手痛い敗北を喫したばかりです。流れから言っても不自然さはありませんから、敵軍は必ず追撃してきます。」


「チッ、フリとは言え、敵に背を向けなきゃなんねえのか。」


張飛は不満そうである。


「フリとはいえ、後退中に追撃を受ければ、被害は免れません。そこで、殿軍を置きます。」


「それ、俺にやらせてくれ!」


張飛が勢いづく。田豫はそれを手で制した。


「・・・いえ、張飛殿、関羽殿には、兵糧庫襲撃後の反撃役をになって頂けなければいけません。それに、お二人は敵軍を完全に押しとどめてしまう可能性もあります。そうなれば、敵は策を講じ、お二人を討ち取ることのみに全力をあげるでしょう。そうなれば、いくらお二人でも無事ではすみません。」


張飛も関羽も、人間である。そうである以上、反論のしようがなかった。


「敵将の目をこちらに釘付けにし、かつ目的を達成するには、勝ち過ぎず、負け過ぎない将が必要なのです。」


「そうなると、俺しかいない、か。」


冷静を装ったが、簡雍は、自分の中にこれほどの感情が潜んでいたのかと自分でも驚く程に、仇を討たんとする想いが沸々と湧き上がっていた。


「はい。危険ですが・・・最も勝ちに近い策は、これしかありません。」


曹操は、少々驚きながら、総括に入った。


「その策で行こう。異論はないな。」


「「「応」」」


軍議は解散となった。


その夜。簡雍は、劉備の幕舎を訪ねた。


「玄さん」


「おう、憲和。」


劉備は短く簡雍の声に応えた。声はいつもと変わらぬように聞こえたが、幕舎に散らかった書簡が、劉備がどのような想いで策をねったかを物語っていた。


「無理、してんだろ」


「いや?」


「嘘こけ。」


数秒の沈黙の後、劉備は表情を崩した。


「・・・チッ、憲和にゃ嘘はつけないか。」


「普段のあんたじゃ、絶対やらないことやってんだ。無理してねえ方がおかしいわな」


「あいつが命張ったんだ。憲和も、今まさに命張ってる。俺も、自分ぐらい殺さなきゃ申し訳ねえだろ。」


そう語る劉備の顔は、あまりに悲壮感に満ちていた。簡雍は、この顔をこの男にさせてはならないと強く思った。


「あんたの役目はそうじゃない。あんたが命張って、自分殺しちまったら、俺達は一体「誰に」ついてきゃいいんだ?」


「・・・」


「俺が、徳然が、今までの戦いで死んでった奴らが心底夢見たのは、あんたが作る平和な世の中だ。そのために、俺達はいくらでも、何度でも命張ってやる」


「お前達だけに、それを背負わせたくはねえんだよ」


二人の声は、いつしか激した調子になっていた。


「何も背負うなってことじゃねえ。俺達が張った命を、消えてった志を。あんたは繋いでいくんだ。繋いで、継いで、未来を開くのがあんたの役目だ。だからあんたは下手に死んじゃいけねえ。自分を殺してもいけねえ。心も身体も生きて、戦い続けるんだ。死ぬのより、生きる方がよっぽどしんどい。あんたはそれをやらなきゃならん。」


「・・・」


劉備は、押し黙った。何も言えない様子だった。簡雍も、自分自身からここまで饒舌に言葉が出ることに改めて驚いていた。


数分の沈黙が過ぎた。


「・・・わかった。これからは、自分自身を偽らねえ。殺さねえ。万一誰も俺の周りからいなくなっても、俺の中で、俺が作った未来の中で、全員が生き続けられるようにする。それが、俺の使命なんだな」


「多分、な。少なくとも、俺はそう思ってるよ」


「使命ってのは人との関わりの中で気付かされ、自分で決めてくもんだ。いつも、きっかけをくれるのはお前だけどな。」


「照れくせえこと言うなや。元気になったんならいい、俺は寝るぜ。」


簡雍は、そういうと立ち上がった。


「ありがとよ、憲和。・・・死ぬなよ。」


「おう」


そのまま、劉備の幕舎を後にした。ふと見上げると、名も知らぬ星が、輝きを増しているように見えた。


不思議と、その星の光が亡き友の面影と重なるのであった。

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