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決意

「・・・これが、あの時託された遺書です。どうか、御一読を。」


劉備が、あまりの悲しみに膝から崩れ落ち、とても書を受け取れる状態では無かったため、代わりに簡雍が受け取った。


「なんて書いてあるんだ」


張飛の問いに、彼は直ぐに答えた。


「今から読む。・・・『この書を読むのは誰でしょうか。玄徳兄か、憲和殿か、長生殿に張飛殿、曹操殿かもしれません。いずれにせよ、この書を私以外の人間が見ているということは、私は既にこの世にいないのでしょう。後のことは、田豫に託すつもりでいます。共にいてくれた、大切な友に、このような形で遺言を遺して逝くことをお許しください』」


劉備は慟哭を止め、簡雍が読む劉徳然の遺言に耳をそばだて始めた。


「『まずは、玄徳兄。山賊に襲われた村を救い、あなたの志を聞いた時、私は胸が踊りました。そんなことが本当にできるのか。できるなら、この人の創る世が見たいと。』」


「・・・見せてやりたかったよ」


「『私は、玄徳兄を本当の兄と思い、お仕えして参りました。玄徳兄の事です。おそらく、相当に御自分を責められるでしょう。でも、これは私が自分で決めた道です。中途に倒れたとて、悔いはありません。どうか、ご自身を責められませぬよう。志に向かって、走り続けてください。』」


劉備は、そのまま下を向き、唇を噛み締めた。

この時劉備は、復讐を決めていた。劉徳然の命を直接奪った黄巾軍に対してでは無い。劉徳然が戦わなければならない世を作り出した人間の闇に、復讐を誓ったのである。


「『長生殿、張飛殿。あなた達は、内気な私の良き友人でいてくれました。長生殿、あなたがいつも兵達の先頭に出、項羽の如き神武を振るうのは、自分が戦うことで、自らの後ろの兵を守るためだということ、よく知っています。あなたはどうか、そのままでいてください。そしていつか、民を守る堅牢な関となり、時に日差しを覆い隠し、人々を癒す雲となってください。』」


「・・・しかと、承ったぞ。徳然」


「『そして張飛殿。あなたの闊達で思い切りのいい性格は、これから先、何度も玄徳兄の迷いを振り切ってくれることでしょう。張飛殿、あなたは劉備玄徳がいつか太志の為に羽ばたく時、翼となって欲しいのです』」


「翼、ねぇ・・柄じゃねえや」


口では悪態をついていたが、張飛の目からは滂沱の如く涙が溢れていた。


「『最後に、憲和殿。あなたの武は張飛殿らに及ばず、知では私や玄徳殿に及びません』・・・ハッキリ言うなあ。」


簡雍と目には既に涙が溜まり、声にも悲痛が滲み出ていた。劉徳然との最後の別れに泣く訳にはいかないと堪えていたが、劉徳然「らしさ」を感じ、彼の死を深く自覚してしまった簡雍の理性は、もはや限界であった。


崩れ落ちた簡雍の手から劉徳然の遺書を取ったのは、劉備であった。


「『ですが、あなたには皆にないものがあります。人を見、支え、寄り添い、共に戦うことが出来る。それは、憲和殿にしかできません。どうか、玄徳兄を、皆を、最期まで支えてください。長生殿、張飛殿、憲和殿。あなた達がいれば、必ず玄徳兄の天下は実現できます。いつかまたお会いした時、沢山土産話を聞かせてくださいね。楽しみにしています。劉徳然』」


長い、長い沈黙が流れた。男達は、それぞれが友からの遺言を噛み締めていた。そして、生涯消えぬ志の焔が、己が胸に宿りつつある事を自覚していた。


「・・・玄徳殿」


沈黙を破ったのは長生であった。


「徳然殿の遺言に、従うことをお許しください。」


「どうするんだ」


「まずは、名を、改めたく存じます。友の心を忘れぬために。「関羽 雲長」と。」


「わかった。止めはしねえ。」


「兄貴。俺も、徳然のことは忘れたくねえ。だから、これから字を「翼徳」にすることを許してくれ。」


「おう」


「土産話、沢山持っていかないとね。」


「だな。」


劉備は、劉徳然の遺書を懐深くしまい込んだ。


まずは、眼前の敵を討ち果たさねば。かつてない決意を秘め、一同は曹操の待つ天幕へと向かったのだった。

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