徳然の策
「徳然の策なら、聞かない理由はねえな。」
「魯粛門下最優秀の貴公の策、是非ともおきかせ願いたい。」
二人は完全に同意し、徳然の方を見た。
「ありがとうございます。張宝は2つの崖によって阻まれた向こうにいます。このまま正面突破をすれば、張宝を討つどころか全滅しかねません。」
「手も足も出なかったしなあ。」
「正面からが無理なら、別の道を行けば良いのです。その別の道とは、すなわち崖です」
「崖・・・?詳しく聞かせてくれ。」
「はい。私達で正面に陣取って敵の気を引いている間に、長生殿に別働隊を率いてもらって、崖を登ってもらいます。」
「ふむ、つまり・・・こういうことだな?」
曹操は即座に、地図の上に駒を置いた。
「長生殿の別働隊が、崖の上から矢を射掛ける。その混乱をついて我らも谷を突破するという訳だな。」
「そうです。彼らは術の力を過信していて、私たちが崖を登ってくるとは思っていないでしょう。そこを突きます。」
「敵軍に張宝しか指揮官がいないのを利用した作戦だな。術で声を大きくしているとはいえ、どうしても対処が遅くなる。」
「その通りです。大軍の欠点を存分に突きます。相手が戦慣れしていないからこそ採れる策で、拙いものではありますが・・・」
徳然は、先程からちょくちょく俺の方を見ている。不安なのだろう。微笑み返す事しかできないが、俺もこの策は悪くないと思う。予想外のところから敵が出てきたら誰でも混乱するしな。
「敵の気を引くのは、張飛殿の大声に任せましょう。何やら対抗心を燃やしていたようですし。」
周辺の兵士に耳栓を渡さないとな。
「よし、その策で行くか。孟徳殿、憲和、結構は明後日にするからそれまでに策の伝達を済ませ、英気を養っておいてくれ」
「了解!」
俺達は各々の宿舎に戻った。
大体の伝達を終えた翌日の夜、俺の宿舎を訪ねるものがあった。
「憲和殿、私です。今よろしいですか?」
徳然であった。
「おお、徳然。もちろんいいよ、入りな。」
「ありがとうございます。」
俺達は、松明の灯りのもと、椅子に座って話を始めた。
「どうしたんだい?こんな夜更けに。」
「明日、いよいよ私の策が決行されます・・・憲和殿は、上手くいくと思いますか?」
「当たり前だよ。徳然の策だからな。」
「ありがとうございます。」
入ってきて以来、俺は徳然を注意深く見ていたが、どうも様子がおかしかった。徳然の性格上、無駄話をしに来たとも思えない。
「徳然の策がどうかしたのか?」
徳然は、しばらく押し黙ってから、小さな声で話し始めた。
「実は、嫌な予感がするんです。」
「嫌な予感?」
「私も、何故そんな気がするのかわかりません。でも、なんだかこの策は上手くいかないような気がして・・・」
「徳然、不安になるのはよくわかる。でも、それは杞憂さ。どんな策でも失敗する時は失敗するし、成功する時は成功する。天の時だよ。」
「・・・」
「万が一、策が上手くいかなくたって、俺も徳然も、玄さんも張飛も長生も、自分の身ぐらい自分で守れるさ。」
「そう、ですね・・・憲和殿、受け取って欲しいものがあります。」
「何だい?」
徳然は、懐から一つの巻物を取り出した。
「私にもしもの事があった時のために、皆に伝言を書き記しておきました。これを、憲和殿に持っていて欲しいのです。」
「何だって?」
「万が一、です。この戦いが無事に終われば焼いてください。念の為、憲和殿に持っていて欲しいんです。」
「断る」
「なぜですか」
「戦う前から死ぬ気でいてどうする。そんなんじゃ、勝てる戦も勝てないよ。」
「仰る通りです。」
「これは、返させてもらう。徳然、死のうなんて思うな。絶対に負けないと決めるんだ。根拠がなくてもね。」
「すみません、大事な戦の前に、弱気になっていたみたいですね。」
「いや、徳然が真剣だからさ。覚悟を決めているからこそ、色々と悩むんだろうよ。でも、今は命を捨てる時じゃない、と俺は思うよ」
「ありがとうございます。」
「いいってことさ。明日、全力でやろうぜ。」
「はい。ああそうだ、憲和殿。」
「ん?」
「田豫を、今だけ私の隊に貸していただけませんか?」
「わかった」
「ありがとうございます。彼の機転は、私にもないものです。彼を傍において、万が一に備えさせていただきます。」
「おうよ。・・・もう、今日は大丈夫かい?」
「はい、ありがとうございました。」
こうして、徳然は俺のもとを去っていった。いよいよ明日は張宝との本格的な戦いである。
徳然の不安を、俺の武働きで拭ってやろう。
そんなことを考えながら、俺は再び眠りにつくのであった。




