風の刃
見張りを探る程度なら、町人を装って外から見るだけでよかったが、具体的な情報を得るには、どうしても家の中まで入らなければならない。
侵入するにあたって、簡雍らは黒装束に着替えた。元いた時代の忍者を模したものであり、これさえあれば宵闇に紛れて行動できる。実はちょっと着てみたかったのは内緒だ。
全員が剣を佩いているのを確認し、侵入を開始する。
山賊と戦っているうちに例の反動は来なくなったが、やはり可能なら命は奪いたくない。それに下手な騒ぎを起こすのは得策ではないので、基本不殺で行くことは伝えてある。
門番を気絶させ、仲間を回り込ませて侵入。随分と大きな家だが、信徒に富豪でもいるのだろうか。
一通り見張りを始末し、庭を通り抜けて廊下を歩き、人影のある部屋の前まで来た。
まだ何か話している。俺達は息を潜め、耳を済ました。
「・・・さて、この夜が明けたら決行だな。」
「そうだ。では最後に確認をするぞ。」
(決行は今日!?そこまで準備が進んでいたのか。)
「火計には、大賢良師様からいただいたこの札を使う。この家には火除けの術式を施してあるから安心してくれ。」
「わかってる。大賢良師様の力を疑うわけがないさ。」
「札を使う」と言った方が馬元義か。
「既に洛陽の東西南北には札を仕掛けた。あとは私が中央に行き、札を起動して中央部を焼き払う。洛陽に仕掛けた札とこの札は連動しているから、同時にほかの札も作動する。あとは私の風の奇跡を用いて火を回し、洛陽を火の海にする。」
「お前は大丈夫なのか?」
「大賢良師様はお優しい。私にも火除けの術式を掛けてくださっているから、なんの問題もないさ。ここにいない信徒達は、既に洛陽の外に避難している。」
(「お優しい」人間が、洛陽を火の海にする計画なんか立てるかよ。)
「そして、焼け跡には私の家と悲惨な光景、そして唐周の書いた赤文字の「蒼天已死」だけが残る。それを見た諸侯も民衆も恐れおののき、張角様にひれ伏すであろうよ」
(自分が何を言ってるかわかってんのか、この馬野郎は。にしても、夜が明けたら・・・って、もう空、白んでるじゃねえか!玄さんを待つ暇はねえ!)
後ろを振り向くと、仲間たちもこちらを見ていた。既に覚悟は決まっているようだ。
「よし、行くぞ!」
小声で仲間たちに支持を出し、馬元義が部屋から出てきた瞬間に切りつけることを決めた。
「では、お前達はここで待って・・・」
「覚悟っ!」
「!?」
簡雍が切りかかり、馬元義に渾身の一撃を加えたが、咄嗟に身を捻られたせいで致命傷には至らなかった。
「敵だ!朝廷の回し者か!」
「見張りは何してたんだ!」
「馬元義殿を守れ!」
他の信徒達が馬元義を後ろに引っ張り、立ち塞がる。
こうなれば仕方がない!
「乱戦だ!お前ら、壁を背にするか、仲間と背中をかばいあって戦え!目の前の敵だけを斬るんだ!不殺は撤回、全力で戦え!」
囲まれたとしても、後ろからさえ攻撃されなければある程度対処ができるはずだ。
敵が、三人同時に切りかかってくる。以前の俺であれば、ここで散っていただろう。だが。
「遅い!」
こっちは魂二人分な上、死ぬほど努力したんだよ。
敵の斬撃が届く前に、後ろに飛び退く。
「何っ!」
「残念だった・・・なっ!」
地面に着いた瞬間の反動を利用して飛びかかり、大きな隙を作った敵を切り裂いた。
(こんなの、玄さんの剣に、長生と張飛の槍に比べりゃ止まって見えるぜ。)
今度は槍使い。
穂先をかわして柄を切り落とし、そのまま切り上げて倒す。
その時、左から切りかかってきた敵の剣を受け止め、蹴り飛ばして相手が後ろに倒れ込んだところを突き刺した。
剣が鈍れば相手から奪う。
一瞬仲間の方を見ると、優勢に戦いを広げていた。
馬元義はというと、何やら傷口を抑えてブツブツ言っているようだ。気になるが、そちらに集中すれば命が危ない。
そのまま数分は戦っただろうか。数十人に対し、こちらは七人。さすがにジリジリと押されてきた。
「もういいぞ!退がれ。」
大きな声が響き、敵の動きが止まった。ふと見ると、その声は馬元義のものだった。
「残念だったな。大賢良師様の側近中の側近たるこの馬元義を殺したいなら、一撃で命を奪うことだ。」
斬られた後が、もう服にしか残っていない。馬鹿な。この短時間で傷を完治させたと言うのか。
「妖術か・・・」
簡雍の呟きに、馬元義は即座に反応した。
「違う。大賢良師様の奇跡だ。」
「ぬかせ。」
馬元義は、わざとらしく息を吸い込んだ。聖者のつもりらしい。
「貴様ら、中々の強さだ。どうだ、太平道に入らぬか?お主らほどの強さの人物なら、直ぐに方士になれよう」
「お断りだ。洛陽を焼くような教えなんざ、真っ平御免だね」
「聞いていたのか・・・ならば、尚更生かして返す訳にはいかなくなったな」
そういうと、馬元義は手を組んで口近くに持っていき、何やら唱えた。
馬元義の周りを緑の炎のようなものが包み込む。
簡雍は全身の鳥肌が立つのを感じた。すぐさま仲間に指示を出す。
「逃げろ!!」
即座に踵を返して逃げ出した。だが、既に遅かった。
「無駄だ。」
馬元義がそう呟いた瞬間、馬元義の後ろから風の刃が現れ、こちらに飛んできた。
「くっ!」
どうにかかわすが、仲間の一人がかわしきれずに食らってしまった。
「ちっ!」
「大丈夫か!」
「かすっただけだ。だがありゃまずい、凄まじい切れ味だ。直撃すれば確実に死ぬ!」
馬元義は満足そうに微笑むと、また大声を出した。
「敵は怯んだぞ!太平道の奇跡により、お前達に刃は当たらぬ!かかれえ!」
にわかに勢いを取り戻した敵が、再び俺達に襲いかかってきた。
敵が振り下ろした剣をかわしたと思えば、風の刃が待ち構えている。どうにか避けても、また敵の攻撃を受け止めなければならない。
簡雍だけはどうにか相手に反撃を加えられていたが、ほかの仲間達はかわすことで精一杯。
さっきまでの攻勢が嘘のように、劣勢に立たされることになったのである。
数分が経つ頃には、戦えるのは俺だけになっていた。
「随分と粘るではないか。風の刃をこれだけかわせたのは、貴様が初めてであるぞ。」
「俺も、お前みたいなエセ聖者、初めて見たよ。」
馬元義は「エセ」と言われたことに腹を立てたようだが、それでも聖者の演技を崩さなかった。
「よかろう。では敬意を表し、お前達をチリも残さず消し去ってやろう。」
そう言うと、馬元義は組んでいた両手を解き、右手を高らかに掲げた。すると、馬元義の周辺にまとわりついていた緑の炎が、馬元義の右手に集まっていく。
「喰らうといい・・・大風刃!」
身体ほどはあろうかという風の刃が迫ってくる。
体力も限界に近い。簡雍は目をつぶり、その刃が己を切り裂くのをただ待つことしかできなかった。




