思想と行動
劉備達が中華に羽ばたかんとする裏で、太平道は着々と勢力を広げていた。
洛陽にいた簡雍の耳にも、張角が不思議な水を用いて病気や怪我を治したり、死人をも甦らせたという話が頻繁に入ってくるようになった。
「蒼天已死」の落書きは洛陽城門から、果ては南の益州や荊州でも目撃されていることから朝廷も本格的に取り締まりに動き出していたが、腐敗した朝廷が録に動くはずもなく、成果はほとんど上がっていなかった。
洛陽の、いや中華全土の人々は、「蒼天已死 黄天当立」の文字から、漢王朝の終焉と、戦乱の予感に怯え始めていた。
事ここに至り、劉備は、徒党を全員招集した。
「お前ら、最近太平道の奴らが何やってるか、知ってるな!」
集まった若者達から、元気な返事が帰ってきた。
「へい!」「俺の母ちゃんも怯えてます!」「許せねえ!」「殺せ!」
全員の反応を見てから、劉備は再び語りはじめた。
「あんだけ派手に動くのは、なんの下準備もなしにできるもんじゃねえ。朝廷に太平道の信徒が入り込み、情報を流している可能性がある」
「何だと!」「それじゃあ、朝廷のやることは筒抜けじゃないか!」「殺せ!」
「朝廷がやれねえなら、俺達がやる。この洛陽中を探して、朝廷に入り込んでやがる太平道の信徒をとっ捕まえる。どうだお前ら!やれるか!」
「もちろんだ劉の兄貴!」「聞き込みなら任せろ!」「殺せ!」
(やけに殺意の高い奴が一人いないか?味方なのはわかるが、普通に怖い。)
簡雍は一人、戦慄した。
「よし!では、これから数隊に分かれ、数日に渡って洛陽を探索する!」
「洛陽東は長生、西は張飛、南は俺、北は簡雍と徳然に任せる!」
「おまかせあれ!」「おうよ!」「が、頑張ります!」
「俺もかい?責任重大だが頑張るよ。」
簡雍と劉徳然は、そのまま北に向かった。
闇雲に探しても仕方が無いので、洛陽周辺の民衆に、落書きがどれぐらいの周期で書かれているのかを聞いて回った。
すると、落書きが消されてから大体7日〜10日前後経つと、新たに落書きが書き直されているらしいことが分かった。
そして、今日がその7日目だった。
徳然と話し合い、夜に門周辺で張り込みをすることに決めた。
初日、は誰も来なかった。
だが2日目。ついに怪しい人影を見つけた。
ゆっくり忍び寄り、後ろから声をかけた。
「よう。あんた、こんな所で何やってるんだい?」
「私ですか?」
男が振り向いた。いかにも貼り付けたような笑顔だ。
「最近、この辺りで落書きをする奴がいてな。あんたもこの辺に住んでるなら知ってるだろ?俺達は「官軍」の要請で、この辺りの警備を強化してるんだ」
「官軍」を出したのは完全にハッタリであったが、その名が出た途端、男は表情を変え、急に背中を向けて走り出した。
だが、走った先には既に劉徳然の隊が回り込んでおり、その男はなすすべなく捕まった。
「さて、このまま門番に突き出してもいいが・・・」
それだと、朝廷に入り込んだ人物が働きかけ、釈放されて終わりになってしまう。
「ちょっと「話を聞かせて」もらおうかい。」
「あなた達に話すことなんて何もありません。」
「こっちは聞きたいことが山ほどあるんだよ。」
俺達は、男を洛陽東部の仲間の家まで連行した。
連れていく間、男は何も話さなかったが、名前に関する質問だけは「・・・唐周」と答えた。
「さて、あんたは太平道の信徒だな?」
無言。この場は嘘をつけば切り抜けられるが、そうすれば自分の信仰を否定する事になる。だから言えないのだと考えれば、これは肯定と見る事が出来る。
太平道への信仰厚い男であるようだ。
「肯定とみなす。じゃあこれが本題だ。太平道は、何をしようとしてるんだい?」
「ふん、そんなもの、天下の誰もが知っておろう。」
「漢王朝をひっくり返すのが目的だな?」
「そうだ。」
「張角とやらも、随分無茶な事を考えやがったな」
瞬間、男の眉毛が一瞬動いたのを俺は見逃さなかった。
「なんだと・・・?」
「そうだろう。不思議な水だの、死人が蘇っただの・・・くだらねえ。そんなモンで天下が救えるんだったら、今の惨状はねえんだよ。」
「くっ・・・貴様ら・・・」
よし、トドメだ。
「張角ごとき犬にも劣る畜生に率いられて、お前も可哀想にな」
「ふざけるな!!貴様らなど、馬元義様が・・・」
不味いことを口走ったと気付いて男は口を閉じるが、もう遅い。
「馬元義、ね。そいつが洛陽の太平道信徒の棟梁かい。教えろ。お前達はそいつと何をしようとしている?」
男は何も言わなかった。・・・仕方ない。周辺の仲間に命令を出した。
「この男を拷問にかけろ。何をしようとしてるのか、命に代えても聞きだせ。」
仲間が男を奥に連れていこうとする。
「ご、拷問だと・・・!やめろ!離せ!!!わかった、話す!話す!!」
それを聞いて、仲間は男を地面に投げ出した。
この男が精神的に脆いおかげで、手を汚さずに済んで良かった。
男は、後ろめたさからか時々言葉をつまらせながら、詳細に計画を語った。
「俺達の計画はこうだ。まず馬元義殿が、宦官らを抱き込んでいる間に準備を進め、準備が整った段階で・・・洛陽を焼き、混乱に乗じて天子を暗殺する。そうして混乱に陥った中華を、張角様が統一なさるのだ」
「焼き払うだと・・・!」
なんという事だ。太平道は、人々を救いたいのではないのか。この男も、その理想の元に集ったのではないのか。
彼は、今やろうとしている事が、中華全土を戦乱に巻き込む行為であることに気がついていないのか。
「お前らがやってることはなんだ?」
「決まっている。悪しき朝廷を倒し、人々を救うのだ」
次の瞬間、簡雍は唐周を殴り飛ばしていた。
劉徳然に羽交い締めで止められたが、構わず言葉を続けた。
「ふざけてんじゃねえ・・・そのために、洛陽の人々が死んでもいいってか!じゃあお前らは、誰を救うんだ!」
「・・・」
簡雍の脳裏には、山賊に襲われた村を救った時の劉備の姿がありありと浮かんでいた。目の前で苦しむ人を救おうと、己の命を投げ出した劉備。救うと言いながら、その実命を奪おうとする太平道。善悪は明白だった。
「覚えておけ唐周。行動の伴わねえ思想は、思想と呼ばれる価値すらねえ」
「・・・ふん」
その後、唐周から馬元義の本拠地を無理矢理聞き出した。
洛陽を焼かせるわけには行かない。劉徳然に劉備達への報告を任せ、簡雍は仲間を連れて馬元義の本拠地へ急行した。




