二人の豪傑
髭の長い大男は、劉備の方を見て言った。
「拙者は長生。勇気ある御仁よ、そこの雑魚は、私にお任せあれ」
まさに劉備に飛びかかろうとしていた大男は、長生と名乗ったその男の方に向き直る。
「この張飛益徳さまに向かって、「雑魚」だあ?中々言うじゃねえかよ。」
「張飛!?」
簡雍は、思わず声に出していた。
「あ?知ってんのかてめえは。」
「いや、すまん。知り合いと同じ名前でさ・・・」
緊張感の全くない簡雍の返答に怒る気も失せたのか、張飛はすぐに長生に向き直った。
張飛。万人の敵とも言われ、後に曹操の大軍を己の身一つで押しとどめた化物である。
まだ若く、成長途中であるとはいえ、ここで劉備と戦わせれば危ない。
簡雍は、冷静に劉備に耳打ちをするのだった。
「玄さん、ここはあの長生って男に任せようや。」
「・・・それしかねえな。」
戦いに巻き込まれないよう、倒された仲間たちを連れて少し遠くに離れた。
鬚長の男は、張飛を見下すように笑うと、言葉を返した。
「ああ、言うさ。大いなる豪傑の素質を持ちながら、その力を強盗如きの為に浪費しているのだ。義なき力は暴であり、暴はやがて、より強き義によって打ち砕かれる。だから雑魚と言うのだ。」
「はっ、重ね重ね腹立つ男だ。訳の分からん理屈捏ねてる暇があったら、とっとと構えやがれ!」
「良かろう。」
長生は、腰を低くして構えを取った。
「おらあっ!」
対し、張飛はその男に凄まじい勢いで突進していった。
まさに張飛の拳が当たらんとする時、長生は右手を張飛の拳の前に出した。次の瞬間、張飛の拳は受け流され、張飛はその勢いのまま、長生の後ろにすっ転んだ。
長生は即座に身体を翻し、張飛の方を向いたが、追撃を加える様子はない。
「どうした、その程度か?」
張飛は下を向いていた。だが、
「くらいやがれ!」
「ぬうっ!」
張飛は、砂を関羽に投げたのだ。目に砂の入った長生は、視界を奪われた。咄嗟に防御姿勢を取るが、あまりにも隙だらけであった。
「おらあっ!」
「ぐっ!」
張飛の拳を真っ向から受け、長生は吹き飛んだ。
その距離は凄まじく、少し離れたところにいた簡雍を含む何人かの野次馬は、それに巻き込まれた。
「嘘だろっ!」
「憲和!」
「畜生、いくらなんでも強すぎるだろ・・・」
簡雍は意識が飛びかけたが、どうにか耐えた。
「・・・すまんな」
長生は一言謝罪すると直ぐに立ち上がり、張飛に向き合った。張飛は笑っていた。その形相は、獣が牙を剥いているようにも見えた。
「あれを受けてまだ立ち上がるのか。俺の渾身の一撃を受けて生きてたのは、お前が初めてだぜ。」
「暴に負ける私ではない。だが認めよう。貴様は強い。こちらも本気を出さねばなるまい・・・!」
長生は上着を脱いだ。均整のとれた見事な筋肉が姿を現した。
「まだ本気じゃなかったってか。おもしれえ、かかって来やがれ!」
「応!」
今度は長生が張飛に突進した。張飛も正面から受け止めた。
張飛は、立ったまま後ろにとんでいった。
「なっ・・・!」
「これが私の本気だ。」
「ここまで強いやつが世の中にいたとはな!」
張飛も長生も、お互いを殴っては吹き飛び、殴られては吹き飛ばしを繰り返していた。彼らが飛ぶ度に、野次馬は巻き込まれて行った。店もめちゃくちゃである。
劉備はそれを見て、「見てられねえな」とだけ呟いた。
どれほどの時間が過ぎたか、流石に二人も疲れて来たようで、吹き飛ばし合いは、ようやく殴り合いの体をなしていた。
「お前、すげえ、な・・・」
「貴様、こそ・・・」
二人ともボロボロで息切れも凄まじい。
「もう、あと一撃分しか残ってねえ・・・」
「私もだ。」
「決着、つけようか・・・!」
「よかろう・・・!」
「「うおおおおお!!」」
二人は最後の拳を繰り出した。と、そこに割り込むものがあった。
「だへっ!」
割り込んだ人物は、二人の拳に挟まれて今まで聞いたことの無いような悲鳴をあげた。
意識のハッキリしてきた簡雍がよく見ると、その男は劉備だった。
「二人とも。もうそこまでにしようや。」
直前で二人が力を緩めたようで、劉備は意識をたもっていた。
「誰かと思えば、さっきの奴か!俺達の勝負を邪魔するんじゃねえ!」
「そうだ!今、まさに決着がつこうと言う時に!」
気が立っていた二人は揃って劉備を殴るが、二人の力が弱まっていることもあり、中々倒れない。一撃分しか残っていないとはなんだったのか。
しばらく黙って攻撃を受けていた劉備だったが、一瞬のスキをついて、二人の手を捻りあげた。
「いてててててて!!」
「ぬううう!!」
疲労からか、明らかに力で劣る劉備に、二人はいいようにされていた。
「二人とも、まずは落ち着いて俺の話を聞いてくれや。」
「わかった!聞く!聞くから話せ!」
「よし。」
劉備はそのまま手を離し、二人を落ち着かせると語り始めた。
「お前らは二人とも、強い。俺なんか相手にならないぐらいな。まさに天下一の豪傑と言っていいだろう」
「お前に言われなくても知ってるよ」
「然り。」
「だが、張飛殿は強盗、長生殿はそれを止めるためだけにその力を使った。勿体ねえとは思わないのか?その力は、大きな使い方が出来るはずだ。」
「なんだよそりゃあ。」
「天下だ。天下の民の為に、その力を使うんだよ。」
長生と張飛は、顔を見合わせた。そして笑いだした。
「俺達の力が天下のために使えるだあ?」
「凄まじい法螺だな!」
ここにいる者たちは、名家の生まれでもなんでもない。劉備の語る「天下」は、あまりにも現実味のない話に思えた。
「でもよ・・・」
「ああ・・・」
「もし本当にそうなら、おもしれえなあ」
「お前もそう思ったか。奇遇だな。」
だが、己の力を燻らせていた二人には、この上なく魅力的な提案に聞こえたのだった。
「ま、詳しいところは・・・決着を付けてから話そうぜ。」
「?」
二人が意味を理解しかねていると、劉備は大声で叫んだ。
「見てた奴ら!この二人の戦いはどうだった!」
一瞬の静寂の後、野次馬達が答え始めた。
「凄かったぞ!」
「名勝負だったじゃねえか!」
そして劉備は、先ほどよりも大きな声で叫んだ。
「今回の勝負!どっちの勝ちだい!!」
「長生だ!」
「いや、益德じゃないか!?」
野次馬達はにわかに盛り上がった。
「店主!あんたの店には酒はあるかい?」
「へっ!?あ、ありますぞ!」
「よし!店むちゃくちゃにしちまった分も合わせて、これで足りるかい?」
劉備は、再び懐から袋を取り出した。しっかりと金が詰まっているようだ。いつの間にそれだけの金を手にしていたのだろう。
「は、はい!足ります!」
「よし!今日は俺の奢りだ!!豚肉と豪傑達の戦いを肴に、飲もうぜ!」
「おお!!」
つい先刻までの大喧嘩と緊張感が嘘のように、人々は酒を飲み始めた。簡雍、劉徳然、劉備、長生、張飛は同じ机に座って飯を食べて酒を飲んだ。店主も安堵したような笑顔で酒を持ってきた。
「店主!すまなかったな。俺からもほれ、代金だ。」
張飛が懐から金を取り出した。
「あ、ありがとうございます。でも先程いただいたので・・・・」
「いいから取っとけ!詫び代だ詫び代!」
「は、はい!」
店主はそのまま金を受け取り、厨房へと下がっていった。
長生はその様子を見守りながら、不思議に思って聞いた。
「豚肉を買えるだけの金、持っているではないか。何故盗むような真似をした?」
「あー・・・まあ、あんだけ暴れたのには目的があったんだよ。」
張飛の話したところによると、彼は故郷で並ぶものがいないほど強いことに退屈し、もっと強い男に会うために洛陽に来たとの事だった。あの騒ぎを起こしたのは、ああやって騒げば腕に自信のある男が自分に挑んでくると思ったからだ、と。
「なんとも直情的な方法だな・・・で、私はまんまと釣られたわけか」
「そういうこった!でも本当に驚いたぜ。この世に、俺より強いやつがいたなんてよ」
「それはこちらも同じだ。」
戦いを経て、二人はお互いの実力を認め、敬意を払うようになっていた。
「そういや、俺だけ名乗ってなかったな。俺は劉備玄徳。中山靖王の末裔だ。」
「なんだと・・・!?」
「ちゅーざんせいおーって、一体なんだ?」
長生は驚き、張飛は不思議がっていた。
「ま、玄さんは皇帝の一族って事だよ」
簡雍も口を開いた。初めて会話に混じる事ができ、密かな感動を覚えた。
「そいつはすげえな!」
「すごいなんてものでは無いぞ。」
「まあ、俺の先祖は没落して、今はなんの地位もないただの侠客だがね。志だけはでっかく持ってるんだよ。」
「・・・劉備殿。私の話も聞いていただけますでしょうか。」
長生の話によると、とある事情で故郷を飛び出し、自分が仕えるべき主を探して洛陽まで流れてきたと言う。途中で塩商人の護衛をしたりしていたらここまで来ていたのだそうだ。
「先程の振る舞いやお持ちの志。あなたのすべてが、私の求めていた主君そのものなのです。どうか、この長生を配下に加えてはいただけないでしょうか」
「お、俺もだ!あんたに着いて行けば、俺の力が天下のために役立つんだろ?仲間にしてくれよ!」
「お前達ほどの人物が加わってくれるなら心強い。これから宜しくな。」
洛陽の街で起きた小さな騒動。その騒動の中で、劉備玄徳は長生と張飛という豪傑を得たのだった。




