治世の能臣
「おお、玄徳。簡雍殿に劉徳然殿まで。よくぞいらした。」
三人が北門について最初に目にしたのは、平静を保ったまま執務を行っている曹操の姿だった。
劉備は、息も整えずに言葉を紡いだ。
「孟徳殿、聞いたぜ。蹇碩殿の叔父をやったんだって?」
曹操は、まるで大したことではないとでも言うように、何ら動揺を見せずに答えた。
「おう。立場をいいことに禁を破り、門を無理に突破しようとしたからな。法に則り、処罰をした。死ぬような刑では無かったのだが、死んでしまったものは仕方がないな。」
「あんたらしいな。・・・これから、どうなるんだい?」
劉備の表情には鬼気迫るものがあった。だが、曹操は一切表情を崩さない。
「心配するな。今、蹇碩の手の者が躍起になって俺の邸宅や政庁のあらゆる書類、俺が書いた朝廷へのこれまでの上奏文まで引っ張り出して粗を探しているようだが、無駄だ。奴らに見つけられるような粗など、この曹孟徳には存在せん。」
(ついこの間、仕事を全力でサボっていた気がするが・・・あれも上手く誤魔化しているんだろうな。)
簡雍は言葉を飲み込むのだった。
「確かにな。余計な心配だったか」
「俺自身は齢21のただの餓鬼だが、朝廷には俺の祖父や父もいて力を持っているし、直属の上司の司馬防殿も、質実剛健で悪を許さぬ。俺の命が奪われることは無いだろう。」
(確か曹操は、220年に66歳没だったはず。当時は数えだから、生まれた年を一歳としてカウントしていたはず。つまり曹操は現代で言う満20歳で、享年は満65歳。そこから逆算すると・・・今は西暦175年か。ようやく年がわかった。)
西暦など使われていないこの時代では、正確な時を把握する事は難しかったのだ。
「だが、何も無いってこともないんじゃねえか」
「だろうな。だが粗が無い上、こちらにも力がある。いくら奴でも大したことはできんさ。精々、なにか理由をつけて体良く洛陽から追い出される、といった所だろ」
「そりゃ大変だな。つっても、あんたならどこに行っても活躍できるだろうが」
「当然だ。だが、そのためには有能な人材が必要だ。追い出されたら追い出されたで、外でも人材を探すが、洛陽からも何人か連れていきたい。そこでだ、お前もついてこないか?玄徳」
「そうしたいとこだけど、やめとくよ。盧植先生やこいつらもいるし、何よりまだここでやりたい事があるんだ」
「やりたいこと?」
「おう。。。ま、おいおい話すさ」
「お預けか。まあ、楽しみに待っておこう。」
「おう。それまで死ぬんじゃねえぞ」
自分が生きるか死ぬかと言う時に、何故ここまで平然とできるのであろう。単なる打算だけであれば、不安は拭えないはずである。
曹操には、自分はここでは絶対に死なないという確信があるのだ。
「人間は、天より与えられた使命あるうちは死なん。俺には天下を平定し、漢王朝を再興するという使命がある。こんな所では、まかり間違っても死なんさ」
「曹孟徳。陛下がお呼びだ。」
突然、何者かが割り込んできた。色白で背は小さく、小太りで、化粧で隠しているが目の下には大きなクマがあり、その瞳孔は焦点が合っていないが、憎悪に満ちていた。一瞬死神を連想するほど不気味なこの男は、恐らく十常侍・蹇碩だ。
「かしこまりました。すぐ参りましょう。」
とだけ言って、曹操は蹇碩に連れられて行った。
残された三人は、そのまま帰路につくしかなかった。
「なあ玄徳、さっき言ってた「ここでやりたいこと」ってのは?」
「ああ。近頃、「太平道」って教団ができたのを知ってるか?」
「聞いたことがあります。なんでも、府水を飲ませて病を治癒してしまう教団だとか」
「それよ。人数自体は少ないが、中原中に信者がいて、この洛陽にもいるそうだ。」
太平道。後に黄色い頭巾を目印として蜂起し、「黄巾の乱」を引き起こす教団である。今が175年なので、黄巾の乱まではあと10年近くあったはずだが、もう水面下で動いてたのか。
「表向きは善良な教団だが、なーに狙ってやがんのか、どうもキナ臭くてな。ちょっと調べてみようと思ってよ。」
「玄さん、あんまり深入りはしない方がいいぞ。俺達はまだ餓鬼だし、下手すりゃ命が危ない。今は身体と頭を鍛えて、力を付ける時だ」
「・・・それもそうか。なら、今はやめとくとしようか。だが、いつか必ず調べはする。お前らも覚えといてくれ。」
「わかった。」
「わかりました。」
数日後、曹操から頓丘の県令に「栄転」することになったと連絡が来た。これまでの配下も、大半が任地について行くそうだ。
結局、十常侍は曹操の粗を見つけることができなかったらしい。そのため、憎い相手である曹操を「栄転」という形で遠ざけるしか道がなかったのだろう。
簡雍は、曹操あの海千山千の十常侍を相手どった政争に、わずか21歳にして勝利したことに何より驚いていた。
同時に、曹操はもし平穏な世であれば、様々な権力闘争を勝ち残り、伝説の宰相として名を残したのかもしれない、とも思った。
(曹操は「治世の能臣、乱世の奸雄」、劉備は仁君。では、俺は一体何者なのだろう。「簡雍」なのか、「志朗」なのか。それとも、どちらでもないのだろうか。
・・・やめよう、ウダウダと考えていたところで、道が見えてくる訳では無い。道は常に、前にしかないのだ。)
任地に赴く曹操を見送りながら、簡雍は独り、悶々と悩むのであった。




