宿命の出会い
曹操と言えば、劉備と並ぶ三国志の主役。「三国志」を知るものなら、知らない人間はいない英雄である。いきなりの曹操との対面に、簡雍は驚きのあまり箸を止めざるを得なかった。
実際に目の当たりにする曹操は、背は少し劉備より低いが、その端正な顔立ちからは知性が溢れ、なんとも言えぬ迫力を醸し出していた。
曹操が椅子に座ると、劉備が話を切り出した。
「何となく察しがついた。「北門の鬼」ってのはあんただな?」
「その通りだ。お前達は、先程北門を訪ねてきた者達だな?」
劉備の目が一瞬鋭くなったが、すぐに元に戻った。
「おう。知ってて話しかけたのかい?」
「そうだ。洛陽で起こったことや、北門付近で起こったことは委細、俺に報告するよう部下に命じてあるからな。」
つまるところ、この男の頭の中には、今この瞬間の「洛陽」がそのまま入っているのだ。
「凄いな。厳格に法を守るには、それだけの事をしなくちゃならないってことかい」
曹操は、ここに来て初めて笑みを浮かべた。
「分かるか。」
「全部じゃないがな。」
と
劉備も曹操も、お互い以外にまるで興味を失くしたかのように、二人の世界に入っている。
若干余裕が出てきた簡雍が周りを見回してみると、先程までの賑わいが嘘のように誰もいなくなっている。恐らく、客が外に出始めたのは曹操が名乗ってからだ。
(「曹操が来た」と言うだけで店から人がいなくなるほど、洛陽の民から恐れられているのか。)
「り、料理をお持ちしました。」
店員も凄まじく緊張している。この世の終わりのような声色の「料理をお持ちしました」は今後二度と聞かないだろうと、簡雍は哀れんだ。
「うむ。すまんな。」
「鬼もお礼を言うんだな」
「中々言うではないか。俺が鬼なら、玄徳は鬼退治に来た勇士かな?」
「勇士なんて柄じゃねえよ。せいぜいお供がやっとだな。」
「風情のないやつよ」
「粋と呼んで欲しいね」
曹操は、早速劉備を字で呼んでいる。
初対面のはずの二人だが、あっという間に打ち解け、まるで旧来の友のように話をしていた。
料理を食べながら話を進めていると、話は国家のことに及んだ。
「お前は不思議な男だな、玄徳。初めて会ったような気がせん。」
「それを言うならあんたもだよ、孟徳殿。」
「・・・なあ、玄徳。お前は、今のこの国をどう思う?」
「・・・」
劉備は黙り込んだ。自分の志を話すべきかどうか、迷っているように見えた。
「役人たる北部尉様に言っていいのかわからんが・・・あまり、良くはねえと思う。」
「やはりか。俺もそう思うのだ。今、朝廷はくだらぬ権力闘争にばかり明け暮れる宦官、外戚共が握っている。奴らはこの洛陽の民の生活には一切目を向けようとせん。玄徳、俺は能なき者共が権力を持ち、くだらぬ私欲に使っている現状が我慢ならんのだ。」
誰の目があるかわからないため小さな声ではあったが、確かな怒気を含んでいた。
「現在の漢王朝もそうだが、国家の衰退は、くだらぬ者共の跋扈に原因がある。俺は才ある者が、その才に見あった力を持ち、正しく行使する世を作りたいのだ」
「確かに、しょうもねえ人間が力を持つと、ろくな事がねえな。」
「そうだろう。だが、俺は自分が、先祖が愛したこの国が滅んでいくのを指をくわえてただ見ているだけなど我慢ならん。だから、力を手に入れる。そして、漢王朝を復興するのだ。その為なら、どんな事でもする。誰に、どれほど恐れられても構わん。」
曹操の声は、怒りを孕んだものから段々と決意を秘めたものに変わっていった。
簡雍は、話を聞きながら現代日本での記憶を辿っていた。彼が読んだ(読まされた)三国志の物語の大半は、曹操という人間を漢からの簒奪者として描いていた。だが、実際に目にする曹操の姿は、簒奪者と言うにはあまりに正義感に溢れていた。
「・・・つい話し込んでしまったな。玄徳、俺がもし立ち上がる時が来たら、お前にも力を貸して欲しい。同じ志を持つお前なら信用に足る。」
「ああ。もしその時がきたら、俺は全力であんたを助けよう。」
「期待している。」
ここまで話したところで、外からいくつかの足音が聞こえた。
「北部尉殿!こちらにいらっしゃいましたか!」
「すまんな。こちらの方と話をしていたら、つい時を忘れてしまった。」
側近らしき男は、顔を怒りで赤らめながら言った。
「あなたという人は、全く・・・どうかお立場をわきまえて頂きたい!執務中に抜け出すなど、鬼が聞いて呆れますぞ」
曹操は少しむっとした様子で言葉を返した。
「む、良いではないか。俺がどこで何をしていても、お前がこうして迎えに来てくれるのだから」
「なっ・・・あなたという人は・・・」
曹操の言葉で、側近は怒りをくじかれてしまったようだ。が、流石に慣れている。直ぐに気を取り直すと、曹操を促し、立ち上がらせた。
「ともかく、行きますよ。仕事がまだ山のように残っているのです」
「わかったわかった。玄徳、代金はここに置いておく。またいつか話そう。」
曹操はそういうと、劉備一行の食べた分まで払える額を置き、側近に連れられていった。
曹操が去ると、その場は静寂に包まれた。
その静寂を破ったのは、完全に蚊帳の外だった簡雍である。
「・・・嵐のような男だったなあ」
劉徳然が続けた。
「凄まじい迫力でした・・・私、一言も喋れませんでしたよ。」
劉備を見ると、滝のように汗を吹き出していた。
「・・・ありゃ、英雄の器だ。正直、飲み込まれかけた。」
会計を終え、三人は家に向かった。道中、言葉を発するものは一人としていなかった。
曹操孟徳と劉備玄徳。二人の英雄の運命が交わり始めた瞬間であった。




