勝敗の分かれ目
翌日から、盧植による講義が始まった。
簡雍がまだ現代で志朗と名乗っていた頃に父から聞いたことがあったが、当時の勉強は、一字一句漏らさず暗記する勉強法が一般的であった。日本の詰め込み教育みたいなものだな、と思いながら聞いていたことを、彼は記憶していた。。
だが、盧植の教え方は、伝え聞いていたそれとは違っていた。
時には全体を俯瞰するように、時には一つの事柄を徹底的に議論し、表面上の文字の暗記から一歩進んだ、その書や、偉人の精神を、全身でぶつかるようにして教えたのだ。
そんなある日、盧植の問いかけをきっかけに、「史記」の項羽と劉邦の人物論になった。
「項羽は、名家の出身であり、個人の武勇も、智略もずば抜けた一代の英雄である。その項羽は、庶民の出で武勇も智略も平凡な高祖・劉邦に、戦で何度も勝ちながら、最後に敗北した。それは、なぜだったと思うかね」
公孫瓚が即座に答えた。
「項羽の強さが足りなかったのではないでしょうか!もっと項羽が強ければ、最後の包囲も突破できたでしょう!」
頭まで筋肉で出来ていそうな答えだった。盧植は愉快そうに笑いながら、
「それもあるかもしれんの。だが、いくら個人が強くとも、限界がある。それだけでは高祖には勝てなかったじゃろうな」
今度は劉徳然が答えた。
「人望ではないでしょうか。高祖は自らよりも優れた配下に全権を預け、力を出させることができました。対し項羽は、たとえ親戚や古参であっても疑い、最終的には誰からも見放されました。」
「うむ、一理あるな。配下を信頼し、任せるのは為政者として大切な事じゃ。誰しも、一人で国は動かせんからの。されど、項羽にも、絶望的な状況の中で彼を見捨てず、死ぬとわかっていながらついてきた者達が、わずかながらいた。対し、高祖も傲慢な振る舞いを諌められたり、晩年はよく配下に対し疑心暗鬼に陥っていた。その疑心暗鬼により、韓信など多くの忠臣を失ってしまった。人望の差は大きな要因ではあるが、勝敗をわけた決定的な要素ではないとワシは考えておる。玄徳、どうじゃ?」
「・・・私は、項羽の敗因は、執念の差にあると思います。」
盧植は、劉備の答えを聞くと、目を見開いた。
「ほう、何故かね?」
「高祖は、何度戦に負けても、挫折を繰り返しても、最後まで諦めず、人材を用いて勝利を勝ち取りました。対する項羽は、最後の最後に江東に逃れることをせず、自害致しました。潔い死であると褒め称える者もいますが、私は、それこそ項羽の敗因であると思うのです。」
劉備は深く息を吸い、話を続けた。
「もし私が項羽であったなら、例え全てを失っても江東に逃れ、再度人材を集めて高祖に挑みます。」
盧植は、満足そうに微笑むと、
「よい答えじゃ。項羽と高祖の人望、人材の起用などの差も、先程述べたように大きな要因じゃが、その差異が生まれた根底となるのは、志成すための執念じゃ。故に、名将の家に生まれ、兵法を学び、武勇に優れた項羽に対して、平民であり、教養も何も無かった高祖が最後の勝利を勝ち取ることになったのじゃ」
簡雍は、ここまで彼らの議論を感心しながら聞いているだけだったが、初めて口を開いた。
「執念・・・ですか。」
「うむ。お主らにも、各々の夢があろう。その夢に、どれだけ本気であるのか、挫折を恐れぬ勇気と、執念を持っているのか・・・ワシらの人生の勝敗も、そこで分かれるのかもしれんの。」
「無論、ワシの言うことが完全に正しいとは思わぬ。お主らとまた数年後に議論をするなら、また違った結論が出るじゃろう。歴史を学ぶ時に大事なのは、ただ彼らの業績のみを必死になって覚えることではない。先人の生き方を、精神を学び、その身に刻み込むことじゃ。」
劉備が答えた。
「はい、先生。お言葉、忘れません。」
「うむ。今日はこれまでじゃ。」
そう言うと、盧植は自室に戻って行った。
門下生達は、帰途についても項羽、劉邦やその他歴史上の偉人達についての議論は尽きなかった。
こうして、盧植の実践的な指導を通して、劉備達は大きく成長していくことになる。天下に羽ばたくその時は、まだ遠い。




