んじゃ応えますか
「…………」
「…………」
「…………」
3人で頭上を見上げる。
月光を覆い隠し、そびえたつ巨体。背後から無限のように生える複腕の、そのあまりの高さに、空にかける影が空中に薄暗くフィルターをかけている。
芬芬とした血の臭いと、目の前を覆う巨体に、自然と顔が歪んだ。
「………やばい。」
誰かが言った。ポツリと。もしかしたら私かもしれないし、他の誰かだと思いたいのだが、ほとんど無意識のうちに誰かがポツリと言った。
そして、無意識に言葉が放たれた瞬間、身体もまた無意識で動いていた。言いようのない衝動に突き動かされて………
「…………」
夜空だった。次に目の前に映し出された光景は、星が瞬く空だった。
耳がキーンとして麻痺している。
あれ、なんで私は仰向けに倒れているんだろう。
そしてチラッと、自分の頭部を見るように目線だけを動かすと、ズングリとした巨体……
ッパァアンン!!!
もはや反射的に跳ね上がってい
グッッパァンンン!!!
跳ね上がり始めた私に、水平チョップが当たる!!!
そのまま地面に叩きつけられ、私の視界が白く歪んだ。
なんていう速さと威力なのさ……集中してギリギリ反応できるレベルだ。
私の身体能力を凌駕している……さっきはこれを食らってひっくり返っていたのか。
………私だから大丈夫だけど、もし他の人達にもあれが振り下ろされていたら……
「うっ………」
まだ漂白されていない視界の隅から周りを見ると、グチャっと何かが潰れていた。人型?10人ぐらいの何かが、まるで枯れかかった木の枝みたいに………
「ガフガフッ……ガハッ!!」
私の左側からカイの声が聞こえた。
「大丈夫!?」
「いや全然……脚一本やりました。」
戻り始めた視界には、上半身だけを起こしたカイの姿が映った。ひん曲がり、べっきりと折れた右脚を両手で押さえながら、血を吐き出している。
「…………」
「僕が使い物にならなくなったので、他と一緒に頑張ってください。」
「え?なにその無責任極まりない放り投げは。」
「いやー、だって事実ですし。」
「笑って言うことじゃないよね。あれを前にして逃げることを喜ぶのはダメじゃない?」
「僕は誰よりも自分に正直です。傷つきたくないし、黒星も増やしたくない。だから勝ち目のない戦いからはさっさと逃げるようにしてます。」
「………あんたさぁ、何様?」
「え?勇者様ですけど。」
ブン!!!
カイめがけて拳を振り下ろした瞬間、カイは自分の体を水に変化させて素早く逃げていった。
「イリナちゃーん!!わしが熱い抱擁で君を守っ」
「しね。」
どっかから(多分、私の死角に常にへばりついていたのだろう)、王様が私に向かって飛びかかって来やがったから、顔面部分に前蹴りを叩き込んでやった。そのうっさい口をふさぐ為に。
「………なんなのさあれは。」
そして、更に体をつんのめてジジイを遠くに吹っ飛ばし、私は疑問を口にした。
「いったー………うーん。合体しちゃったんじゃない?」
……軽すぎない?
「いや、私も合体する所は何度も見てきたんだよ。でもあれは……その、デカすぎるっていうか。」
なぜか活動を停止したヘカトンと思しきもの。高すぎて顔がとても小さく見える。100メートル……もっとあるのか?
「うーむなるほど。……素材にした魔物達の養分が豊富だったとか?身体能力だけ見たら第一類勇者クラスじゃったしなぁ。まぁ、魔力は聖騎士長クラスだったけど。」
……つまり、強いやつを吸収すればするほど、ああいう合体する存在はデカくなるっていうことか?
「しかしまぁ、ワシから言わせればデカさよりも反射神経と腕の多さ、腕の振りの速さの方が厄介だと思うがね。」
………たしかに。私の最高速度に近い飛び出しに合わせて攻撃してきたからね。あいつの攻撃の速さは甘く見れない。
「……それじゃあ、あいつはなんで今動こうとしないの?」
「うーん……それも推測だが、3つあるうちの中心の顔の眉間部分に剣が刺さってるじゃろ?」
私は目を凝らして言われた部分を見た。
……確かに、黒色の剣が突き刺さっている。
「きっと姫子ちゃんが、変身する直前に剣を突き刺したんじゃろうなぁ。そのおかげであの巨体の元になったヘカトンの本体が、あそこらへんに集中しているんだろ。魔力通さない剣じゃからな。そのせいで、あの巨体にはヘカトンの思考とはほとんど繋がってない………とか?カッカッカッ、もしそうなら姫子ちゃん大手柄じゃな。彼女の判断能力の高さに脱帽じゃ。」
「帽子なんて被ってないんだから、頭でも丸めれば良いじゃん。それが敬意の表し方ってもんじゃないの?」
あっ、そうだ!姫子さん!姫子さんだよ!あの魔物の攻撃を食らってなければ良いんだけど………
「いや、この歳でそんなことしたら一生坊主のままに………」
私はジジイの言葉を無視して姫子さんを探す。
全然見当たらない!一体どこに……!!
「すいませーん。こっちですー。」
物凄く弱々しい声が遠くから聞こえてきた。だから急いで聞こえてきた方に駆け寄ると、姫子さんがグッタリと倒れていた。
「大丈夫!?」
「はい……思いっきり体を打ち付けましたけど、なんとか。」
そう言って起き上がろうとする姫子さんだが、体に力が入らないのだろう。グッタリとしたまま震えている。
「ヘカトンの体が一気にあそこまで膨らみ、その衝撃を間近で受けたんだ。仕方ない。」
……気体などではなく、明確な体積のある爆発だ。襲いかかった衝撃は凄まじいものだったに違いない。
「大丈夫?勇者領に避難する?」
「………いえ、あいつの一部始終は見ないと……」
姫子さんはそう言って、動くのすらもままならない首をなんとか動かし、巨体を見上げた。
「こんなことになるなら殺しておけば良かった…………」
「……………」
やっぱり姫子さんは頭が良い。自分を捨てて公的利益を優先させることができる。公私を分けられる人だ。……でも、多分だから、こんなにも苦しんでいるんだろうな。感じる心が彼女には多すぎる。
「………分かった。私が倒してくる。」
私は姫子さんから離れた。ヘカトンを倒すために。
「しかし、だからといって、あれをどう倒せって言うの。援軍くるまで待つ?」
いまだ沈黙を続けるヘカトンを見上げながら、私はつぶやいた。
「援軍なんて役に立たんだろ。イリナちゃんの動きに対応できて、広範囲に攻撃が可能な魔物じゃからな。無駄死にが増えるだけよ。」
「じゃああんたがやれば良いでしょ。私よりも強いんでしょ。」
見上げすぎて首を痛めたのか、私の隣で首を回すジジイに言った。
「まぁ、頑張れば倒せるかもしれんが……私はそこまで干渉するつもりはないんじゃわ。イリナちゃんに頑張ってもらわないと。」
「なんでよ。自分だけは高みの見物?王様気取りしちゃって。」
「いや、王様だし……そうじゃなくてな、イリナちゃんにはもっと強くなってもらわないと困るんだわ。」
「………はぁ?」
「ワシ達に今必要なのは[誰にも負けない希望]なんじゃよ。……代々の言い伝えでも、それが世界を変えるとされている。だから、イリナちゃんにはそれになって欲しいんじゃ。」
………なんだそら。
「………まぁ、あれでしょ。期待しているってことでしょ。」
「まっ、そう言うこと。」
仕方ない、それならばやるしかないな。私は期待には応える女だ。……それに、期待されることに悪い気はしないからね。
バチバチっ……
私は雷を弾けさせた。
「んじゃ期待に応えないと。」




