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地底800マイル  作者: 悟飯 粒
赤き血潮の大悪党
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揺るがない意思

その欲望に火をつけたのは周りだった。

周り全てを踏み潰す彼を動かしたのは周りだった。

搾取のみの世界だと気づいたのは周りのせいだった。

しかし、だが、彼は周りを恨んでいない。どこまでも愚かな人間達は、彼の食料にしかなり得ないのだから。



「お、おお?これは驚いた。ずっと隠れてたのかな?」


喉元に刃を向けられているというのに、ヘカトンは余裕の声のまま姫子さんに話しかけた。


「そうよ!私はお前に不意打ちをかけることしか考えてなかったからね!」

「ふーん………良い考え方だ。奇遇にも私対策になっていたわけか。」


魔物や子供達が姫子さんを攻撃しようとしたが、ヘカトンが右手を挙げてそれを制止した。


「お前の魔力なんて関係ない!確実に殺せればそれでっ……!!」

「………なんで姫子さんはヘカトンに近づけたの?」


アドレナリンどばどば状態から落ち着き、疲労を感じ始めて肩で息をしながら、私はカイに尋ねた。


「………多分、[魔力の対象]に問題があったんじゃないでしょうか。ずっと隠れていたから、ヘカトンに認識されずに済んだ………とか。」

「つまり?」

「………[長時間対象を認識し続けること]が、魔力発動の条件なのかもしれません。」

「ふーん?なんかパッとしないね。」


でも確かにそれなら姫子さんが移動されなかった理由がわかる気がする。………まぁ、なぜその結論に1発で行ったのかは分からないけれど。


「大体、今は無くなってしまいましたが、さっきの山での戦い自体おかしかったんですよ。魔力充填の時間稼ぎ、イリナさんの疲弊。それらを狙ったとはいえ、彼にしては少しスマートじゃなかった。不死身とはいえ、何回も殺されたら本当に死んでしまう魔物を僕達にぶつけてきたんですから。僕なら彼らをもっと温存させます。………ヘカトンの[空間転移]の魔力の発動条件が別ならの話ですが。」


………確かに、そう言われてみればそうかも?…………うん、そうだ。[対象を長時間観察しなくちゃならない]から、絶対安全な場所で私達を観察しなくちゃいけなかったんだ。だから、苦肉の策で、彼らのヒットポイントを削ってまであの戦いを作ったのか。


「まぁ、もしそうなら僕達はもはやヘカトンを倒せない。倒せるのは森脇さんだけですよ。」

「……………」

「……………」

「………殺さないよね?」

「さぁ………殺しちゃうかもしれませんね。」


私は姫子さんとヘカトンの方を見つめた。

………首を完璧に固定されているから、ヘカトンは彼女の顔を見れないし、そもそもヘカトンが覚えているかどうかは知らないけれど、姫子さんはヘカトンを恨んでいる。それはもう、心の底から憎んでいる。家族をほとんど私怨も何も関係なく殺されたのだからその憎悪は当然なんだけれど………


「そんなことより!私のこと覚えているかしら!?」


ピチャッ……

首の薄皮に黒色の剣が切り込みをいれ、薄っすらと血が流れた。


「うーむ………それは難しいな。こう見えて私は人を踏み台にして生きてきた身だ。君のような被害者はごまんといるから判別が……ぐっっ」


剣の側面がヘカトンの顎を押し上げ、苦しそうな息を吐き出させた。


「森脇よ!!商売人の!!」

「森脇……森脇……ああ、あのつまらない家族か。公社の邪魔になるかもしれないと排除したのに、ビタ一銭にもならなかったあの。ああ、でも土地だけは良かったかな………」


ガンッ!!!

剣の柄頭がヘカトンのこめかみを捉えた。鈍い音が響く。


「………自分の罪に後悔とかはないの!?」

「ないね。私の行動を決めるのは私の意思だ。後悔などという無責任なことが出来るわけないだろう。」

「………救えないっ。」

「私を救うのは私自身だ。救わなくて結構。」


………なんか今の言葉ひっかかるな。………つっ!!まさか!?見えなくても、認識さえ出来れば能力は発動できるのか!?


「姫子さん!!さっさとそいつを!!」

「もう遅いぞバカどもが!!これで勝ち筋は消えた!!」

「くそぉぉおおお!!!」


私は思いっきり地団駄を踏んだ!


「………いや、イリナさん。よく見てください。」

「…………え?」


けれどカイの言葉を聞いて、私は顔を上げる。

……あれ?姫子さんが変わらずにヘカトンを拘束してる。いったい………あ、


ピチャン………ピチャン………

剣から血が滴り落ちる。薄皮切った程度じゃ済まないほど、大量に、流れ落ちていく。


「………言ったでしょ、お前の魔力なんて関係ないって。」


姫子さんの左腕を黒色の剣が貫通していた。皮を破り、骨を貫き、筋肉を破壊して………漆黒を伝う銀朱は止めどない。


「確実に殺せればそれでっ。」


フーフーフーっっ

姫子さんの鼻息がドンドン荒くなっていく。

うわ、やっば。完璧にスイッチ入ったんじゃないのこれ。


「尊厳も何もかも壊してやるっ!全部!全部だ!お前のその素晴らしい頭脳とやらもっ!あつらえた作戦もっ!全て!……全て!!!」


姫子さんの全てがドロドロの黒色に染まっていく。いや、むしろ清々しいほどサラサラとした感じかもしれない。長時間煮詰まったわけではなく、長い時間かけて濾過された、純粋な悪意のような………

姫子さんと対象的に、ヘカトンは涼しい顔をしている。姫子さんが狙った通り、[僅かな希望]を砕かれたはずなのに、焦っていない。


「………ふん、哀れだな。過去に囚われ、生産的な考えができずにいる。惨めだ……人として終わっているよ君は。」


スパッ!

ヘカトンの頰が切り裂かれた。

姫子さんの表情がどんどん険しくなっていく、地獄の階段を降りていくように、眉間のシワと目の充血が濃く、深く………


「私を殺したって君は過去から逃れられないだろう?君のやる行為は復讐ではなく、ただの殺人。決別ではなく、ただの殺人。何も生まれない。誰も前に進めない。……君の想いなどどこにもない。」


スパッ!!

今度はヘカトンの脇腹が切り裂かれた。

カタカタカタ………

怒りからか、震えた剣が骨に当たってカタカタと音を立てている。階段を駆け下りていく……


「さぁ、殺せば良い。本能の赴くままやれば良い。君が獣であることを自ら証明したまえ。

「ふーっふーっふーっふーっ!!!」


カタカタカタっ!

体が小刻みに揺れ、カッと見開かれた眼は焦点が合わなくなり始めている。もはやヘカトンは見えていない。もう何も見えていない。姫子の渦巻き、溢れかえろうとしている混沌とした思考だけが、感覚の全てを統べていた。


殺せる!腕を軽く動かせば!

殺せる!指を少し動かせば!

殺せる!私が全てを投げ出せば!

殺せる!!!たった1つの感情だけで!!

殺さなくては!!こいつは生きてちゃいけない!!どれほどの人間がこいつに殺されたか!!こいつが生きていたらこれから先どれだけの人が死んでしまうか!!………私の家族が殺されたように!!これ以上犠牲者を出しちゃダメなんだ!!


「ぁぁああああ!!!!」


ザクッ!!!

私はヘカトンの腹に力の限り剣を突き立てた!!


「………でもあんたの言葉通りになるのはシャクだ!ずっと生かしてやるわ!」


ガッと剣で少し肉を切った後、私は急いで立ち上がった。


「お前ら!こいつは生かして拘束してやる!だから私達を攻撃しようするんじゃないよ!お前らにこいつを奪還するチャンスをやろうっていうんだから当然でしょ!!もし今攻撃しようとしたら上半身と下半身を断ち切るからね!!」


殺したって意味がない!そうだ、死ぬよりももっと苦しめてやる!全身拘束して舌を噛み切らないように、口を開けっぱなしにして舌すらも拘束してやる!


「……………」


………うむ、計画通りだ。

姫子の声が遠ざかっていく中、ヘカトンは朦朧とした意識の中で思考を続けていた。

あのバカなら私の言葉と逆のことをするとは分かっていた。これで、私は死ぬことはない。………死ぬことさえなければ、私にはいくらでもチャンスがある。それを利用してやろうじゃないか。

………さっさと殺せば良いものを。私を生かしたら、私に認識され、私を倒せるものなどいなくなるというのに。これだから明確な自意識を持たない人間は嫌いなのだ。


ズキッ………

姫子に切られた傷口が痛む。

………挑発する為に少し攻撃を受けすぎたか。まぁ、必要経費だ。我慢するしかないだろう。

…………ああ、でも、怪我をしたのは久しぶりだ。子供の頃以来か……


……

………

…………


脳裏によぎる凄惨な光景。

普通の農民だった私は子供の頃、勇者というのは憧れの職業だと思っていた。特に聖騎士長、第一類勇者、第二類勇者………それはまるでヒーローのように、人々の羨望を集め、尊敬を抱かれる素晴らしい職業なのだと確信していた。実際、私が住んでいた村の住民は全員、勇者に対して常に敬語で貶すようなことは言っていたなかった。

そんなある日、私は崖から滑落した。慣れ親しんだ山だったから油断したのだ。脊椎を損傷してしまった私は下半身不随となり、寝たきりとなった。それだけでも十分に悲劇なのだが、そんなものなんとでもなる。十分に福祉制度は整っていたから、この世界では障害持ちでも仕事はできるのだ。これもまた勇者のおかげなのだが…………

………私は、あの滑落で、運悪く洗礼の儀式を完了させてしまった。そうして発現した力は………第一類勇者だった。私が憧れ、世界が尊敬する階級だ。………そのはずなのに、待遇が厚くなるかと思ったのに、私への迫害が始まった。

まず始めに一般企業の私の雇用が消えた。次に、外にいる時に石を投げられるようになった。寝ている時には爆竹を投げられるのなんて当たり前で、全く寝れなくなった。

「勇者を痛めつけられる数少ないチャンスだれ」

私を攻撃する奴らの大半がこれと同じようなことを言っていた。

……どうやら勇者とは、尊敬ではなく羨望しか集めていなかったようだ。上に居続ける勇者が気に入らなくて、でも反抗できないから迎合するフリをし続けていたのだ。そうして溜まった鬱憤を、下に落ちてきた私に発散し続けたわけだ。

………だが、今思うとあれぐらいは生温かったのだ。ある事件を境に迫害は加速した。

人がいない夜を見計らって、私が村を出ようとした時、1人の男が後ろから私を襲った。………剣を持って。男は剣の素人だったようで、私の首の……頸椎で止まり、首の半分を切り裂き、私を二週間の闇の放浪に誘った。

このせいで住民の行為の枷が外れ、石投げでは済まず、襲われるようになった。


………痛みと不安と恐怖しかなかった時代だ。だが、私は彼らを恨んでいない。なぜなら私は彼らのお陰で学んだのだ。[人は自分より弱い人間しか攻撃できない]と。だから私は登り続けることを覚悟できた。人を人とも見ない彼らのお陰で、人を踏みしだくことに躊躇がなくなった。

獣じみた弱肉強食の世界は、常に弱者の世界で形作られている。………そんな、下の世界に私は入り浸れたのだから。



逆境など腐る程あった。だが私は常にそれを乗り越えてきたのだ。これからの拘束もなんだというのだ。必ず逃げ切ってみせる。


「ふふふっ、本当にそんなことができるのかい?」


不意に、別の声が入ってきた。

これは……あの青ローブの男か。テレパシーでも使っているのか?


「……出来るも何も、私はやるのだ。私は間違えない男だが、そんなの、私が選んだ選択の全てを正解にしてきたにすぎない。だから、私がやるといったらできるのだ。私は[正解に作り変える男]なのだから。」

「ふーん………それは難しいと思うよ。」

「……………」

「あの黒色の物体。あれは魔力を通さないんだ。きっと、君が拘束されたら、あれを魔力に植えつけられてしまう。そうなると君の空間転移の魔力はキャンセルしてしまうんだよ。そうなると………もし脱獄できたとしても、その後、イリナに勝てなくなる。」

「…………ふん、あれに負けるわけが……」

「勝てないよ。なぜなら、彼女そのものが正解だからね。君がどれほど間違った選択を正解に作りかえようとしても、彼女は変わることなく君を追い詰める。それが彼女の宿命だし、君の末路だ。………このままいけばね。」


…………確かにそう言われると否定ができない。あの女は他の勇者と違って何かが異常だ。他に凌駕する圧倒的何か………まるで世界に守られているかのような、そんな異様さがある。


「…………じゃあ、私に選択を変えろと言うのか?」

「そうさ。その選択は正解にならない。もっとちゃんとした、完璧な正解じゃないと彼女には立ち向かえない。」

「………………」

「心の中でこう唱えれば良い。[…………]ただそれだけ。」

「………………」

「間違えないことを祈るよ。間違えない男さん?」



「ほらほら!さっさと退きなさい!こいつに死なれちゃ困るでしょお前ら!!」


姫子はヘカトンの腹に剣を突き刺したまま、魔物の群れを突っ切っていく。


ガフッ……

そして、ヘカトンが血を吐き出した。

………ああ、まったく、あんな男の言葉を真に受けるとは、私も焼きが回ったか?………しかし、なぜかあの男の言葉を私は否定できないのだ。私の理解の範疇を超えた……超常的な何か。運命なんてものを私は信じていないが、あの男の話にはそれを感じずにはいられない。逆らえられない運命を押し付けられた気持ちになる。


腹が痛い……身体中が痛い……でも、こんなの慣れっこだ。私は地獄から這い上がってきた男。打開してやろうじゃないか。私の意思を貫き倒すのだ。

全てを踏みしだいてやる。全てを私の下に送ってやる。私を攻撃させないために、全ての頭を地面に叩きつけるのだ。無価値な人間どもにそれを自覚させてやるのだ!


「………[私を正解にしろ]」

「………喜んで。」


どこからか声が聞こえたかと思ったら、私の意識は途切れた。


ゴゴゴゴゴゴ!!!!

ヘカトンの言葉を皮切りに、魔物や子供達が吸い込まれ、ヘカトンに吸収されていく!!


「………また。」


そして、ヘカトンは三百の腕と、三つの顔を持つ巨大な化け物へと変貌した。

私の作品の悪役は、基本、[なんとなく]ということをしません。必ず自分の意思をねじ込みます。だから悪役というよりかは一般意志に逆らっているだけで、ある意味では自由を全うしているわけです。だから好きです。でも嫌いだったりします。

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