サムシングを超えたい
教室についてから、ロッカーに荷物をしまっていると
「おはよ〜」と眠た気なジャージ姿のえみりんが手をひらひら振っている。どうやら今日は女バレが朝練だったようだ。
私の近くまで来ると、急にカッと目を開き、警察犬の如く私の制服をクンクンと嗅ぎ出す。
「な、なんなの?!えみりん!」
「匂う。」
「は?!」
「めちゃ胡麻パウンドケーキの匂いがする!」
「え?!」
「今日あるの?!」
「な、ないよ!」
「えー?おかしいなぁ?鈍ったかなぁ」
と私の周囲を何度か嗅ぎ回ったあと、首を傾げながら教室に戻っていくえみりん。
私は放課後の大樹くんが心配になって背筋に悪寒がする。
食べ物に執着したえみりんの恐ろしさを大樹くんはたぶん知らない。
すぐにスマホで大樹くんにLINEをうつ
『そのパウンドケーキを持ったまま部活に行くのは危険だよ』
既読。
『え、時限爆弾いれてた?』
今そんなボケいらん!
『えみりんが私に残っていた残り香からパウンドケーキの存在を疑っている。』
『たぶん部活の時に持ってたら全部食べられる。』
既読。
『あいつ警察犬なの?』
『妖怪か?』
『とにかく危険だな。昼に一緒に食べない?』
『資料室の鍵、友達が貸してくれた。』
私は了承の返事をしてからスマホを伏せた。
何か午前の授業、集中できる気がしない。
昼になり、指定された資料室の前でお弁当を持って待っていると、すぐに大樹くんと、もう1人知らない男子が現れた。
「じゃあ、久世ありがとう。終わったらお前の机に入れとけばいい?」
「いや、施錠して直接返して。」
そのままどこか気怠げな感じで去って行こうとする背中に、大樹くんが話しかける。
「久世、お前弟居たっけ?」
「いや、妹。」
「妹かー。」
「なんで?」
「いや、弟とする楽しいことないかなぁと。」
「んー、耳かきとか?」
「なんで耳かきして楽しいんだよ。おまえに聞いたのが違ったわ。とにかくありがとう!」
2人は軽く雑談して、今度こそ久世くんは去って行った。
「仲良いの?」
「2年で同じクラスになって、あいつここで1人で歴史研究部してるから鍵管理してるんだって。」
「へえ!知らなかった。」
鍵を開けると中には長椅子と、小さいけれどテーブルもあるし、ドアの小さなガラスは磨りガラスになっていて外から見えないので安心感がある。
「よし、食べよう!美味そ〜!」
大樹くんは早速パウンドケーキを袋から出すと、どこからか入手したプラスチックのフォークで切り分ける。
私も自分のお弁当箱を出して布巾を広げる
「食べていい?!」
大きく切り分けたケーキの塊をフォークに刺して大樹くんが目をキラキラさせてこちらをみる
「どうぞどうぞ、食べて〜」
「いただきます。」
意外と大きな口でバクッと大きな塊を一口で入れると、2、3回咀嚼したと思ったらすぐに
「美味っ《うま》!!」
と叫んだ。
私は内心かなりドキドキしていたのでホッとする。良かった。美味しいのは散々えみりんの反応で分かってたけど、めっちゃ嬉しいな。
「なんだこれ、めっちゃ香ばしいっていうか、何だろうこの味。あ!分かった!月餅だ!」
「わかる!月餅の味するよね?!」
わかるわかる!と2人で盛り上がる。
その後は返却された期末テストの結果を話したりしながら、
なんと大樹くんはパウンドケーキを丸ごとペロリと食べ終わり、さらに自分のお弁当も綺麗に完食した。
えみりんと張れる胃袋ブラックホールだわ。
「ねぇ、他にまだしてない弟としたいことないの?」
唐突に話題が変わって、ん?と私はしばし考える。
「そうだなぁ。よく憧れてたのは、買い物してて後ろから着いてくる弟でしょ、あとは、友達が帰る時家の前にいて、走ってきて友達にギューってする弟でしょ、あとは膝で寝る弟でしょ。」
ゴロンと、隣に座っていた大樹くんの頭が私の膝の上に移動してきた。
ふわふわの癖毛がくすぐったい。
何が起こったんだ?!
大樹くんが私の膝の上から見上げてくる。
「こういうこと?おねーちゃん。」
確かに膝で寝る弟だ!なんという行動力。
私は恐る恐る、姉らしく頭撫でようかと、空で手を彷徨わせる。
「こ、これは無理だ…!なんか、恥ずかしさが、何かを超えてる!」
「え、何を?」
「超えちゃいけないサムシングだよ!」
私はこちらを見上げる視線に耐えきれなくなって両手で顔を覆う。
「…まぁ俺も実は恥ずかしいんだけどね。」
「じゃあなんでやるの〜」
「俺は、サムシングを超えたいからだよ。」
「なんなの、サムシングって。」
私にも分からないからサムシングなんだよ。
「そもそもなんで弟好きなの?」
「昔、毎週土曜の朝にホットケーキミックスをお姉ちゃんたちと買いに行ってて、そのスーパーでいつも居る姉弟が居たんだ。弟の子がいつも一生懸命お姉ちゃんのこと追いかけてて、ある日たぶん逸れちゃってさ、私その子と目が合ったんだけど、明らかに"違う"って物語ってて、そんで、お姉ちゃんを見つけた時の走ってく姿が可愛くて、いいなぁ、って。」
「分からんでもないなぁ。子供の時いいなぁって思った物って何か残るよね。」
「なんかある?」
「子供の時じゃないけどさ、今年の文化祭で、バレー部がモグラ叩きやってたじゃん。」
「ああー、私も行ったよ。えみりんになぜか金賞とれるまですごい何回も特訓されて。」
「それ、それ見てた。ていうかモグラだしてた人」
「?!」
私の膝に頭を乗せたまま腹を抱えて笑う大樹くんをギョッとして見る。
あの日、なぜか唐突にえみりんにモグラ叩きに連れてこられて、何度も何度もやり直しさせられて、いい歳して半泣きになりながら頑張ったモグラ叩きの思い出。
思い出の中で、中の人が応援してくれたことと、終わったあとぐったりしてたことは覚えている、確かに思い出せば大樹くんだった気がする。
「いや、石田はかなりマイペースだし強引だし、鹿野さんみたいなポワポワした子が、なぜか半泣きになるまでモグラ叩き指導されてるし。さすがにフォロー入ろうかなって思ったら、何か結構頑張るし、最終的に全クリしてたし。」
思い出し笑いをしながら話す大樹くんの声を聞きながら、私は再び顔を両手で覆う。
「最後に石田と手を取り合って、ものすごく嬉しそうにふにゃぁって、顔で笑って、可愛いなぁって。俺はそれが残ってた。それから鹿野さんのこと探したり、石田に聞いたりしたんだよ。」
心臓が痛いくらいにギュウってしてる。
大樹くんの頭が乗ってる太腿に全神経が集まってる気がする。
「そんで、石田とか、他の人に聞いたり、直接話したりしたら、なんか弟好きとか、他にもおかしなところあるし、テンパると逆ギレするし、でもやっぱり俺全部可愛く見えてて。」
あ。
私は話の流れから選択の時がきたことを悟る。
まだ、まだ選びたくないんだけどな
弟の大樹くんか、彼氏の大樹くんか。
分からない。
思わず耳を塞ぎたくなる手をギュッと握りしめる。
「弟もやるから、やっぱり付き合っても欲しいな。」
ん?
「え?弟も続けてくれるの?」
「うん、いいよ。正直俺身長小さいの気にしてたから、可愛い扱いされるの苦手だったんだけど、なんか鹿野さんに弟扱いされるのは結構好きだし、新しい扉が開いた?的な?」
「弟、兼、彼氏ってこと?」
「そう。だめ?」
そ、そんな私だけ最高なわがまま許されるのだろうか?
混乱して言葉がでない私に、大樹くんが探るように見上げてくる。
意外とまつ毛が長い!
「やっぱまだ彼氏はダメ?」
「違う…そ、そんなことなくて。」
ゆっくり頭を起こして、隣に座り直した大樹くんは、混乱する私の手を握った。
「弟やってくれるの嬉しいのに、実は弟やってもらってる時もだいぶときめいちゃってて、このままじゃ、弟にドキドキする不健全な姉だよ!」
「えーっと、実弟どころか、義弟でもなく、他人の弟だから、問題ないんじゃない?」
「あと、本当は後悔してない?」
「なにを?」
「はじめに告白してくれたこと…。弟してくれるうちに、私の化けの皮の内側を見て、姉としてはセーフでも、じょ、女子として見れなくなったんじゃ…」
「え、姉として見てたこと1秒もないけど。」
ガーン。可愛い弟から1秒も姉として見られていなかったことに衝撃。
「好きな女の子としてしか見てないけど。」
「…な、なんで、そんな、すごいこと、普通に言えるの?」
「俺も恥ずかしいけど、言っていかないと、鹿野さんすぐ弟にしようとするから。でも…」
「?」
「ドキドキしてたんだ?」
悪い顔をして顔を覗き込んでくる大樹くん。
告白の時の小悪魔再び現る。
テンパった私は頭の中にあった不安をそのまま口にしてしまう。
「でも、大樹くんこないだ電車で、今はそんなことないようなこと言ってたから、」
「何の話?」
「イメージダウンさせてごめんって言ったら、今はって言いかけてやめたから、今はもう付き合いたいとかはなく、弟に専念する気持ちなのかと。」
「なんでそうなる!」
向き合っていた大樹くんが一瞬突っ込みながら白目をむいた。
私は慌てて釈明するように言葉を重ねる。
「私は大樹くんと話せるようになって楽しいけど…、これが弟的な仲良しなのか、す、好きな人にする仲良しなのか、弟も恋愛も経験値無いから分からなくて…」
大樹くんはしどろもどろ話す私に、時折相槌をうちながら姿勢を正して聞いてくれる。
なんだか姉と弟というより、兄と妹のようにもなってきたけど、今はそれがありがたい。
私の後に彼もゆっくりと口を開く。
「今はさ、鹿野さんが話してると楽しいこととか、テンパるとことか、もっと可愛いところ知って、もっと好きになったよ。」
「うぅ。」
「ねぇ、こっち向いて。」
顔が熱い。
「弟じゃない俺のこと好き?」
「…好き。」
「…やばい。ギュッてしてもいい?」
コンコンコンコン!
ノック音がして、2人ともギクっと固まる。
大樹くんが鍵を開けて、ドアを数センチ開けると非常に気まずい顔をした久世くんが立っていた。
「ーーーー」
「すまん!久世!今出る!」
どうやらチャイムがなるまであと数分らしく。やはり自分で施錠を確認しなければならなくなった久世くんが呼びにきたらしい。
大樹くんは教室まで送ってくれて、さらに別れ際に私の両手をギュッと握ったので、教室に入ってからも、チラチラと好奇心を含んだ目線を感じてまた顔が熱くなる。
「あいつ、ほんとガチ必死だな。」
とえみりんがすれ違いざまに呆れた顔で呟いた。
放課後ホームルームが終わる時スマホを確認するも通知がきていた
黒瀬大樹 ①
『今日放課後さっきの続き話したかったけど、俺部活あるからまた今度話そう。』
『ていうか、今度遊びにいきませんか?』
そっか。
さっき結局私返事ちゃんとしなくて途中だったんだよね。
遊びかー。男の子と遊びに行ったことないからどこに行ったらいいのか全然分からん。
『遊びに行くのいいね!』
『何して遊ぼうか?』
『私も考えとく!部活がんばー』
帰り道にたまたま一緒になった友達の中に、彼氏持ちの子が2人いたので、何気なくデートの場所を聞いてみた。
「うーん、最近は寒いし、カフェとか映画とかかなぁ。」
「うちは彼氏も私も漫画好きだから漫喫とか行く〜、あとはたまにうち。」
2人ともベテランカップルという感じで、参考になる。私が心の手帖にメモしていると、2人がワクワク顔で私に詰め寄る。
「ていうか、デートすんの男バレの人でしょ?昼に教室前まで来てイチャイチャしてたもんね?」
「え?!」
「してたしてた!もうめちゃくちゃあの人好きオーラだしてた!絶対わざと教室前でやったよね?!腹黒系?なんか体育祭でなんかめちゃくちゃレシーブしまくってるので見かけことある。」
「つーか、篠崎あれ見て、あからさまに動揺してたよね、友花ちゃん狙ってたし。」
そのあとなぜか私の知らない噂話で二人は盛り上がってしまい、私は1人恥ずかしさに震える。
イチャイチャして見えたんだ…。
そして、腹黒系か。
心優しい弟系だと思うけどな〜。
今回の話の中にでてくる、久世くんは『放課後、耳を貸す』のヒーロー?です。
耳かきしたい男子です。
よかったらこちらも読んでもらえると嬉しいです。




