弟の部活動を見に行こう!
学校についてから、大樹くんにLINEの返信をしたらすぐ返事がきた
『霜柱踏む弟ありがたすぎる』
『男バレの練習今度見に行ってもいい?』
『姉に見にこられるの嫌なら断ってね』
『見にきてくれるの嬉しいよ』
『ねーちゃんが見にきたら頑張るよ』
『今日も放課後練習あるよ。』
大樹くんが、私の弟が、可愛すぎる。
私はるんるんで放課後までの時間を過ごした。
いざ放課後になって体育館に向かうと緊張してきた。
私は普段帰宅部なので、放課後の運動部の体育館に縁はないし、男バレにも大樹くん以外に知り合いもいない。
一応えみりん曰く、2階のギャラリーにたまに彼氏や友達を見にきたり待ってたりする人もいるらしいので、関係者ではない私が居ても悪目立ちすることはないはずだ。
ドキドキする胸を押さえつつ、体育館入り口脇のギャラリー向かう狭い階段を登って、重い鉄製のドアを開けてみる。
ガチャンと思ったより大きな金属音にビビりつつ急いで身体を滑り込ませて扉を閉じる。
2階は照明が近いせいか、暗い通路から急な明るさに目が眩む。キュッキュッと体育館特有の運動靴の擦れるゴムの音が聞こえる。
ドアから少し離れたところに立って、辺りを見回すと、確かに私の他にも2、3人見ている生徒が居た。
手すりに手をかけて階下の体育館を覗くと、ちょうど、ピィーー!と笛の音がして、数人がコートに入っていくところだった。
あ、大樹くんだ。
大樹くんはコートの後ろ中央で腰を落とした姿勢で構えている。
まだジャージ姿しか見たことなかったので、バレーの半袖短パンのユニフォームを着た大樹に違和感がある。
なぜかジャージの時より身体が大きく見えた。
なぜだ?ジャージより嵩が減ってて遠目なのに。
サーブの人がボールを打ち、大樹の向かいのコートの人がレシーブをする。
レシーブで上がったボールをセッターがトスをして、後ろから走り込んできた大柄な男子が強烈な音を立ててアタックをした。
ダァーーーン!!とボールがすごい速さで打ちち落とされたが、なんといつの間にかボールの下に入り込んでいた大樹がこれまたバァン!!と大きな破裂音を立ててボールをレシーブして打ち上げていた。
「わわわ…」
これが何度も繰り返される。
すごい音のアタック。気がつくとボールの落下地点に居て、それを打ち上げる大樹。
ピィーという笛の音とと「交代!」という声で大樹達は隅に移動していく。
たぶん時間としては10分もなかったと思うけれど、友花は胸の前で握っていた手が手汗でびっしょりと濡れていた。
慌ててスカートのポケットの中のタオルハンカチを出そうとしていると、上を見上げてキョロキョロしている大樹が見えた。
もしかして探してくれているかと思ってタオルを持ったまま小さく手を振ってみる。
すぐに気がついてくれて、大きく手を振りかえしてくれる。
すぐに隣のチームメイトらしき男子に話しかけられて何事か話し始めたので、手を下ろした。
なんだっけ、私。
弟、見にきたんだよね。
男バレの激しさに圧倒されて本来の目的が一瞬抜け落ちてしまったけど、普段見れないものが見れたし良かった良かったと、そのあとも時間が許す限り見学した。
しっかりと弟の部活動を堪能して、満足した気持ちで、さて帰ろうと靴を履き替えているとスマホが鳴った。
『もう帰っちゃった?』
電話越しの大樹くんは少し息が弾んでいる。走っているのかな?
「今帰ろうとして、下駄箱にいるけど。」
『よし!すぐ!1分で行くから待ってて!一緒に帰ろう!』
それだけ、言うと通話がプツッと切れて、本当に1分もしないで大樹くんが現れた。
「あれ?まだ練習あるんじゃないの?」
「いや、終わるとこだったんだ。今日は片付けの当番じゃないから、ダッシュできた。」
本当に急いできたのか、ジャージの上のウインドブレーカーや、マフラーがややぐちゃぐちゃで、顔も赤い。
私はその姿を見て、ハッとする。
今こそ姉として振る舞うチャンスだ。
私は息が上がってはぁはぁしている大樹くんに無言で近寄って、マフラーの乱れや、ウインドブレーカーのフードが裏返っているのを直してあげる。
「よし!」
上手に直せた姉としての達成感で、にっこり大樹くんを見ると、先ほどよりももっと顔が赤くなって静止していた。
私もその反応を見て、あれ?と自分の行いを振り返りちょっと恥ずかしくなる。
弟と、異性の距離感の塩梅が難しい…。
「…ごめん、嫌だった?」
「いや、全然。どんどんやってください。」
大樹くんはまだ少し顔が赤いままおかしな返事をした。
そのあとは帰りながら、いかに男バレの練習に驚いたかを話していた。
「ダァーーーン!ってミサイルみたいにボール飛んでくのに、なぜか必ず大樹くんボールのとこいるじゃん!あれなんで?!」
「なんでって、ちゃんと移動してんだよ。」
「私の方が上から見てるから分かるはずなのに、私がボール追いかけて見てても、気がつくと違う場所にいた大樹くんがボールの下にいるんだよ!」
「あはは!逆になんで見えないの?」
「あのミサイルボールどんくらい痛いの?私昔えみりんのアタック遊びで試しに受けた時腕が粉砕したかと思ったし。」
「え、石田のアタック受けたの?」
「こんなのは7割の力だって言ってた。」
「あいつ女子の中ではかなり強いよ。7割って絶対あいつにそんな微妙な調整出来ないんじゃ。」
「あ、えみりんと親しいんだっけ?」
そういえば私のこともえみりんに聞いたって言ってたしな。
「いや、全然。お互い2年のリーダーだから業務連絡くらいかな」
「あれ?えみりんに私のこと聞いたんじゃなかったっけ?あ、でもえみりんも親しくないって言ってたか…」
話してたらビュウと冷たい風が吹き荒ぶ。
コートから剥き出しの首が寒くて、亀のように首をすくめる。
「あれ?今日マフラーしてないの?」
縮こまる私を大樹くんが不思議そうに見る。
「朝遅刻しそうになって忘れたー。」
「あ、そうなんだ。」
「髪の毛があればなんぼかマシなのに、寝癖ひどかったら結ばざるを得なくて、今日のこの装備の弱さ!」
私は結ばれている短い尻尾のような髪をブンと振って無念をアピールする。
「それで、今日結んでたんだ!…結んでるの初めて見た。」
「夏はいつも結んでるよ。暑いから。冬は下ろしてるからね、寒いから。」
「そういう理由なの?女子ってもうちょい気分で変えるのかと思った。」
「どうかなー、そういう子も多いとは思うけど。」
結んでいる髪に興味が惹かれたのか、横で歩いている黒瀬くんが、首を傾けて、私のことを後ろから、前から、と観察している。
なんかそう改めて見られると恥ずかしいな。
「2階のギャラリー居た時も何か違うなって思ったけど、結んでるの似合うね、可愛い。」
「え?」
「ん?」
か、可愛い?
どう返事すればいいんだ?
「あ、ごめんごめん。友花ねーちゃんが結んでるの可愛いよ!」
わざわざ萌え袖にしてから、あざといにっこり顔で言い直してくれる大樹くん。
「あ、…ありがとう!お、おねえちゃん、ま、また寒くても結ぼうかな?!」
顔が熱ってる感覚がするから絶対赤面している。弟に可愛い言われて赤面とか不健全すぎるでしょ!
暗くてよかった。
「でも寒そうだし、これ貸したげるよ。」
大樹くんは自分がぐるぐるに巻いていた明るいグレーのマフラーを外すと、私の首にぐるっと巻いた。
大樹くんが巻いていた時よりさらに顔が埋もれて口と鼻も塞がれる。
すると、ふわっと、大樹くんのと思われる香りがする。お姉ちゃんとも友達とも違う、なんだか深い森みたいな匂い。
おかしい!想像の中の弟や、弟キャラはもっとミルクとかクッキー的な匂いだったはず。
でも弟のいる子はみんな、弟の匂いは酸っぱいとか学校の粘土の匂いとか言ってたし。
大樹くんだってリアル弟(他人の)なのに酸っぱくも粘土でもない。
「ごめん、汗臭かった?」
混乱のあまりマフラーに顔を埋めてスーハーしてしまった私を訝しんで、大樹くんが心配そうに声を掛ける。
「あ!ごめん!これはちがう!確認を!とても好きな匂いです!」
「え?好きなの?」
「あぁ!違う!違くないけど!今話しかけないでもらっていいですか?!」
謎に私が逆ギレしたことで、大樹くんはリクエスト通り黙って待っていて、2人の間に沈黙が流れて、私は冷静に戻っていく。
2人で静かに定期をタッチして改札を通る。
ホームに立って私から話の続きを切り出す。
「…急にキレてごめんなさい。マフラーありがとう。」
「いや、いいよ。おもろかったし。なんか話してみると鹿野さん結構イメージ変わったな。」
「あ、そう?」
「なんか、ホワホワしたイメージだったから。意外とよく喋るし。擬似弟を喜んじゃうし。」
「い、イメージダウンさせてごめん。」
「え?そんなことないけど?」
「?」
「今はーーー」
パパァーーンという大きな警告音を鳴らしながらガタンガタンとホームに入ってきた電車の音に声が遮られて、大樹くんが口を閉じて顔を顰める。
音が止んで、プシューっと電車のドアが開いたが、乗り込んでからは別の話題になり、大樹くんは先ほどの続きは話す気がないようだった。
私も続きを聞く気にはならなかった。
"今は《・》"って聞こえたな…。




